第75話 カルマの覚悟


 アッサリと否定されて唖然とするクリスタに、カルマは追い打ちを掛ける。


「こいつら全員を連れて転移することくらい簡単だけど――キースさんの部屋に転移したら、さすがに入り切らないよな? 転移先として適当な場所を教えてくれれば、俺がいったん王都に転移して、転移門を創ってくるけど?」


 すでにカルマは、自分の能力を隠す気を無くしていた。さすがに本当のことを教えたら相当引かれるだろうが――それが全部悪い方向に転がるとも思えない。


「カミナギ……貴方ねえ……」


 呆れ果てたという感じでクリスタは溜息をつくが――こういう奴なのよねと諦め気味に笑みを浮かべた。


「解ったわよ。この人数で転移しても問題ない場所を教えるから……でもその前に、そろそろお爺様を開放してくれないかしら?」


 カルマが創り出した金色の半球体ドームの中に、いまだキースは居た。すでに攻撃を受ける可能性が消えた今では、閉じ込められているとも言える。


「ああ、そうだったな、クリスタさん――」


 本当のことを言えば――クリスタと話をしている内容を、キースに聞かれたくなかったのだ。さっきの話をキースに知られたら、何と言われるか解ったものじゃない。


 カルマが金色の力場フォースフィールドを解除すると――キースと二百人余りの村人が中から出てきた。

 村人たちの顔に、先ほどまでの熱に浮かされたような感じは消えていた。オードレイが廃人と化したことで魔法は解けたようだ。


「クリスタ……それにカルマ君。どうやら、今回の事件については解決したようだね?」


 半球体ドームの中から、キースは外の状況を観察していたが、途中でオードレイの魔法から解放された人々を落ち着かせることに忙しくなり、他のことに感けている余裕はなかった。それでも――孫娘に起きたことを見逃したりはしなかった。


「カルマ君、一つ質問させてくれるかな? どういう訳か、途中から外の声が聞こえなくなったのだが……何か心当たりはないかね?」


 ちょうどカルマとクリスタが話を始めた辺りから――半球体の外の音が全く聞こえなくなった。


「さあ……気のせいじゃなか?」


 カルマは惚けるが――もちろん嘘だった。

 クリスタに対しては、自分がやり過ぎたことに罪悪感を感じたから本気で謝ったが、をキースに聞かせて、さらに話をややこしくする気はなかったのだ。


 もっとも――あまり効果はなかったようだが。


「そうか……まあ、些細なことではあるがね? 声など聞こえなくても、大よその状況は察しているよ」


 キースはクリスタの顔を横目で見て、その表情が柔らかくなっていることを確かめた。

 そんな優しく見守るような目に気づいて――クリスタは恥ずかしそうに視線を逸らす。


「えーと……お爺様。さっきの話だけど……」


 クリスタは真剣な顔になって、キースに視線を戻した。


「オードレイのことは……予定とは違うけれど、一応解決したとわ」


 カルマの方を気にしながらゆっくりと言う――カルマがオードレイを壊した理由をどう説明したものかと気を揉んでいるのだ。

 そんなクリスタの想いを理解した上で――『それは俺の役目だから』とカルマは視線を重ねた。


「悪いな、キースさん。俺がオードレイを廃人にしたから、あいつの口からグランチェスタが黒幕だって証言させるのは難しくなった。それについては謝るし、代りの手段は俺が責任を持って用意するよ」


 カルマは真っ直ぐにキースの目を見る――そこに嘘も誤魔化しもないことをキースは悟った。


「カルマ君がそう言うなら……問題はないのだろうね? オードレイのことについて、私はとやかく言うつもりはないよ。君以外の誰かが彼を説得できたとも思えないからね」


 オードレイはキースや村人を守ろうと盾になったクリスタを何の躊躇いもなく、いや、むしろその状況を利用して殺そうとしたのだ。そんな冷酷な計算をする相手を説き伏せるには、相当な利益か暴力が必要だろう――


 グランチェスタ以上の対価を自分が用意できるなどと、キースは思っていなかった。


「それで……これからのことだが。どのように進めるつもりなのか、教えて貰えるかね?」


 カルマは転移魔法で全員を王都に連れて行くことを説明する。

 キースも驚きはしたが、特に異論は挟まなかった。


「村の人たちについては特に怪我人もいないし、オードレイの魔法の影響も残っていないようだが。それでも、もう少し落ちつくまで……少なくとも今夜は、我々がここに留まっていた方が良いように思うのだが、どうだろうか?」


 キースは如何にも聖職者らしい気遣いを見せる。


「ああ、さすがに時間も時間だしね。キースさんたちが今日中に戻る必要がないなら、俺は構わないけど?」


 魔法の光のせいで周囲は明るかったが、時間としては八時頃だった。


「これから枢機卿の元を訪れる訳にもいかないからね。それに今日は書斎に籠ると言っておいたから、王都の修道士が私を探し回ることもないだろう」


「私の方も問題はないわよ? 二、三日は戻らないって部下に言っておいたから」


 幾ら何でもこれ程短時間で事件が解決するとは思っていなかったから、二人は今日戻らなくても不審に思われない状況を用意していた。


「だったら、そういうことで。村の人のことはキースさんに任せるよ。俺の方は一旦王都に行って<転移門を仕掛けて来るけど……その前に。そろそろオスカーを回収しに行くかな?」


 オスカーとレジィを二人だけ残して放置してから、すでに二時間近く経っていた。

 何かしらの決着をつけるには、十分な時間だろう。


「待って、カミナギ! 私も心配だから一緒に行くわ」


 オスカーとは今日会ったばかりで特に親しい訳でもないが――思うところはあるが、悪い人間とは思っていなかった。

 最悪の状況まで想定して――神聖魔法が使える自分なら多少は役に立つだろうとクリスタは思う。


「幾ら心配したって……もうオスカーは死んでいるかも知れないけどね?」


 クリスタも想像していたが敢えて言わなかった台詞を、カルマはアッサリと言う。


「……カミナギ! 貴方ねえ!」


「あ、悪い悪い。冗談だよ……たぶん、オスカーは生きてるからさ?」


 これは予想ではない――カルマの広大な知覚領域は、今でもオスカーの魔力を捉えている。


「それじゃあ、クリスタさん。オスカーがどんな顔をしてるか見に行こうか?」


 何処まで冗談なのか怪しかったが――

 少なくともカルマがオスカーを信じていることだけは、クリスタにも解っていた。


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