第68話 オスカーの決意とカルマの失敗


 それまで呆然としていたオスカーが、まじまじとカルマを見ていた。


「カルマ、おまえ……だが、今さら……」


 煮え切らない態度に、カルマは苦笑する。


「おいおい、オスカー? このまま戦わずに帰る方が今さらだろう? 何も今すぐじゃなくたって構わない。正教会の奴らを片付けた後で、仕切り直しってのはどうだよ?」


「カミナギにしては悪くない考えじゃない? 期限は三日もあるんだし、ロウ殿が準備をするには十分でしょう?」


 まるでカルマを疑った事実など存在しないかのように、クリスタが澄ました顔で言う。


「クリスタさんは……俺が変なことを考えてるって、疑ってたんじゃないのか?」


「あら、今でも疑ってるわよ? 貴方はバツが悪くなって条件を変えたんじゃないの?」


「あのなあ……」


 カルマは文句を言い掛けて途中で止める。レジィの視線に気づいたからだ。


「そんな条件で良いのか? 俺の方は構わねえが……」


 レジィは、まだカルマのことを疑っていた。そんな条件では話が上手過ぎる。きっと裏がある筈だと警戒していると――カルマが意地悪く笑った。


「……嫌なら、条件を変えるけど?」


「嫌じゃねえよ! 俺は構わねえって言っただろうが!」


 カルマを睨みつけると、レジィは背中にクロスして括り付けていた二本の鞘を外した。

 通し紐を解いて鞘に折れた刃と柄を収めると、もう一本も同じようにして、しっかりと紐で結ぶ。


「やってやるよ……そいつと戦えば良いんだろう?」


 顔を上げて不機嫌そうにオスカーを見ると――不意にニヤリと笑った。


「ああ……思い出したぜ。鉄の靴底のアクロバットマンじゃねえか! てめえは左目の復讐のために、俺と戦いたいってことだな?」


 琥珀色の瞳が挑発するように煌めく――それを見てオスカーは、ようやく目が醒めた気がした。


 『同族殺し』が自分を歯牙にも掛けていないことは最初から解っていた筈だ。それでも……もう一度戦って、あのとき見逃した理由を本人の口から訊きたかったのだ。

 

 結局は、単なる気紛れだと言われるかも知れないが……それでも構わない。だったら、二度とそんなことを言わせないようにしてやるとオスカーは思う。


「……わざわざ時間を空けるまでもないみたいね?」


 解ったわという感じでクリスタが微笑む。


「ねえ、カミナギ……このまま二人を残して、私たちだけで目的地に向かうのはどう? ロウ殿のことは、後で迎えに来れば良いじゃない?」


 そう言うとクリスタは、横目でレジィを見た。


「本心を言えば、私はガロウナを同行させるのは反対だったのよ。彼女には悪いけど、あの性格じゃ黙って大人しく付いて来るとは思えないから」


「おい……聞こえてるぜ!」


 レジィが鋭い視線を向けるが、クリスタは悪びれなかった。


「別に隠すつもりはないわよ。だから『悪いけど』って前置きしたでしょう? 私たちの目的を果たすためには、あなたを同行させるのはリスクが高過ぎるわ」


「まあ、クリスタさんの言うことはもっともだけど。俺がいるんだから、レジィを連れて行っても、するけどさ?」


 カルマは適当な感じだったが、クリスタは疑わなかった。レジィを抑える自信がなければ、初めから同行させるなどと言わないだろう。


「そうだな……せっかくになったことだし。邪魔するのも悪いから、二人は放置して行くか?」


「てめえぇ! 厭な言いかたをするんじゃねえ! それじゃ、別の意味に聞こえるじゃねえか?」


 噛みつくレジィに、カルマは意地の悪い笑みを浮かべた。


「そういう訳だからさ……レジィ? オスカー? おまえたちは好きに殺し合ってくれよ」


 不穏な台詞に、クリスタが眉を顰める。


「カミナギ……どこまで本気で言ってるの?」


「何を言ってるんだよ、クリスタさん? 俺はいつも本気だから――」


 漆黒の瞳が真っ直ぐにオスカーを見る。


「そのくらいの覚悟、おまえなら当然持っているよな?」


「当たり前だろう……」


 オスカーはレジィを見詰めたまま即答する。先程の躊躇いが嘘のように、ただ目の前の相手だけに集中していた。


「おい、本当に良いんだな……舐めた口を叩いた奴を見逃すほど、俺は甘くないぜ?」


 ドスの利いた声を響かせて、レジィが犬歯を見せて笑う。


「ああ、是非そうしてくれ……中途半端に生き残るのはもう御免だ!」


「良い度胸じゃねえか……それだけは褒めてやるよ!」


 そうは言っても冷静さを取り戻したレジィが、三対一となる危険を冒す筈がない。だから戦いを始めるのは自分たちが去った後だと、カルマは確信していた。


「じゃあ、後は任せるとして――随分と待たせて悪かったね、キースさん?」


 途中からオスカー以上に空気になっていた老人に話し掛ける。


「いやいや、年寄りが口を挟むような状況ではなかったからね。それよりも、獣人から守ってくれたことと、色々と貴重な体験をさせて貰ったことにも、カルマ君には感謝しているよ」


 物分かりの良い台詞を聞いて、カルマは内心で苦笑する。半分くらいは本気で言っているかも知れないけど――黙って戦況を伺っていたキースが、時折鋭い目で自分を観察していたことにカルマは気づいていた。


 だからどうだと言うつもりはない。キースはカルマのことを見定めようとしているのだ。普通に考えて、危険過ぎる力を持つ相手を無防備に信じる方がどうかしている。


(……俺に気づかれることをやってるところが食えないけどね?)


 意図的に気づかせることで、カルマを牽制をしているのだ。


 も含めてキースという人間をカルマは評価していた。だから、上手く折り合いをつけたいと思っている。


「――そう言って貰えると助かるよ? キースさんの気分を悪くさせたら、色々と面倒臭いことになりそうだからね?」


「何よ、カミナギ! キースお爺様に失礼じゃない!」


 すかさず割って入るクリスタに、カルマは苦笑する。


「いやいや、俺が面倒臭いって言ったのはクリスタさんのことだから?」


「……私が面倒臭い? ふーん、そう……」


 アイスブルーの目で冷たく睨まれるが、カルマは何食わぬ顔で言う。


「ああ、ところがね――でも、嫌いじゃないよ」


 不意打ちの言葉に、クリスタの顔が一瞬で赤くなる。


「……カ、カミナギ! いきなり何を言い出すのよ!」


「何って……素直な気持ちだけど?」


 惚けた感じで応えたはしたが――カルマにとってもクリスタの反応は予想外のことだった。隣にいるキースの厳しい視線を感じながら、ちょっと失敗したかなと内心で思う。


 こういうときは――強引に話を逸らしてみるか?


「それじゃあ……今から目的地の村に向かうからさ?」


「え? ちょっと、待ちなさ……」


 クリスタが言い終える前に、転移魔法が発動した。

  

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