第69話 正教会の実行部隊


 村外れの空き地に、カルマたちは転位で出現した。

 僅か百メートルほどの距離に、ありふれた感じの民家が見える。


 先程までは森の中だったから気づかなかったが、すでに夕暮れ時に差し掛かっていた。山の裏側に太陽が沈んで、辺りは徐々に暗くなっていく。


「あのねえ、カミナギ……いきなり転位するなんて、どういうつもりよ?」


 不機嫌というよりも拗ねたような感じでクリスタが言う。自分では自覚していなかったが、カルマの突飛な行動に対してではなく、話をはぐらかされたことに怒っているのだ。


「いや、そろそろ良いタイミングかなって思ったからさ?」


 カルマは適当な感じで応えるが、話を逸らしたいのは見え見えだった。


(カミナギはズルいわよ……え? なんで私は、こんなことを考えているの!?)


 クリスタはモヤモヤした気持ちを振り払おうと激しく首を振る。

 そして、ジト目になって――


「……その話はもう良いわ。それよりも、随分と見晴らしの良い場所に転移したじゃない? 今誰かに見つかったら問題だけど……心配するだけ無駄なのよね? 今度はどんな仕掛けをしたのよ?」


 カルマのやり口に慣れたクリスタは平然と言う――どうせ何か対策をしているに決まっているわ。


「えーと……周囲の空間に幻覚を重ね掛けしたから、他の誰かに気づかれることはないと思うよ」


 反応の薄さに、少しだけ詰まらなそうな顔をするカルマを見て、クリスタは思わずほくそ笑んだ。


「それで……状況はどうなっているのよ? 正教会の実行部隊と、村の住民たちの様子は?」


 こうやって訊くのは丸投げしてるようで嫌だったが、実際のところクリスタは何も知らないから仕方ないし、カルマなら当然把握しているとも思っていた。


「今は正教会の奴らが住民を誘導して、村の中央にある教会の周りに集めているところかな? 奴らが儀式を始めるまでには、もう暫く掛かると思うよ?」 


 自分の扱いがぞんざいになった気がするが、カルマは空気を読んで文句を言わなかった。


「まだ時間があるのなら……村の住民を避難させるルートや場所を確認しておきたいところだね?」


 ここまでのカルマとクリスタのやり取りを、キースは複雑な表情で眺めていたが――話が本題に入ったので真剣な顔つきになって二人の会話に加わった。


「しかし……ここから下手に動けば、すぐにに気づかれてしまうだろうね? 生憎と私には身を隠して行動する技術はないが、音を消すくらいなら魔法で……」


 まだカルマという人間が解っていないキースは、真面目に作戦を考えるが――


「ねえ、キースお爺様? 私たちが何か考えても結局無駄になるわよ。どうせカミナギが、対策も用意しているでしょうから……そうよね?」


 アイスブルーの瞳に問い詰められて、カルマは強かに笑う。


「当然だろう? 俺は現場をって言ったからね」


「でも、それって……まさか全部自分がお膳立てするから、私とお爺様は黙って見てろってことじゃないわよね?」


 クリスタは訝し気に目を細める。


「クリスタさんが望むなら俺はそれでも構わないけど……違うよな?」


「ええ、勿論よ。これは私たちの問題だから!」


 毅然と言い放つクリスタに、カルマは何処か楽しそうな感じで頷いた。


「了解……それじゃ、さっきの話の続きだけど? 俺が知覚操作系の魔法を周囲に展開して移動するからさ、他の奴らに気づかれる心配はないよ」


 カルマは気楽な感じで言うが――移動する複数の人間を魔法で隠すなど、クリスタの常識ではあり得ななかった。


 しかし、他にも散々常識外れの魔法を見せられていたし、これからだって同じだろうから。この程度のことで驚いてなどいられなかった。それと――いちいち反応したら、カルマに敗けた気がするのだ。


「解ったわ……だったら色々と確認しておきたいことがあるし。時間もないから急ぎましょう」


 如何にも平然とした感じで、クリスタは笑った。


※ ※ ※ ※


 三人は村の中心部に向かって移動を始めた。


 薄闇に包まれる村の中を進んで行くと、疎らだった民家の数が徐々に増えていく。それでも町の密集度とは比べ物にならず、それぞれの家の距離は近い場所でも百メートル以上あった。


 そんな場所を部外者が歩けば嫌でも人目につきそうだが、幸い暗くなってきたおかげで、人を外見で見分けるのは難しそうだった。


 そのうちに辺りはすっかり暗くなったが、周囲の家に明かりが灯ることはなかった。

 村の住民は皆、教会に向かい出払ってしまったのだろうか――。


「これなら用心する必要もなかったわね。でも……問題はこの先よ?」

 

 闇に沈む民家とは対照的に、彼らの行く手は目映いばかりの光で溢れる――

 篝火などの暖色系の明かりではなく、魔法の白色の光によって教会は照らし出されていた。


 まるでライトアップされているかのように、下からの光によって夜の闇に浮かび上がる建物は、如何にも小さな村の教会らしい質素な造りだった。しかし溢れる光の効果によって、妙に神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「完全に狙ってやっているよな?」


 カルマは皮肉げに笑って鼻を鳴らす。


 光と闇の対比と視界を遮るものが少ないせいで、今居る場所からでも教会に集まる人々が見て取れた。村人たちに混じって、正教会の白い祭服を纏う者たちの姿が見える。少し離れた場所では、教会へと移動する疎らな人の姿があった。ら


「すでに大勢の人が集まっているようだね? 儀式が始まるのも間もなくだろう――これだけ周囲が開けていれば、避難ルートについては問題なさそうだが、誘導する先を決めておかないと混乱を招く可能性があるだろう? 私は教会周辺の建物を盾にして、その裏側に避難させようと思うのだが。問題ないだろうか?」


 現実的なキースの提案に、カルマはしたり顔で頷く。


「まあ、そんなところだろう? 暗い中で長距離を移動させると別のリスクもあるからね」


 普段ならキースの問いに真っ先に応えるのはクリスタだったが――彼女の目は教会の前に立つ一人の人物に釘付けになっていた。


「フェルト・オードレイ司祭……あの男が今回の件に関わっていたのね?」


 知覚強化魔法で強化したクリスタの視力は、その男の姿を鮮明に捉えていた。


 金糸で刺繍された高価な祭服と、眼鏡を掛けた神経質そうな顔――フェルト・オードレイは「深淵なる正義の学派」に所属する枢機卿グランチェスタの腹心だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る