第63話 クリスタの実力


「き、貴様は……このギラウ・ナッシェを愚弄するのか!」


 ギラウは怒りに肩を震わせながら、再び魔力を迸らせる。光の熊の姿がさらに一回り大きくなった。


「当然だろう? 所詮は借り物の魔力で粋がってる馬鹿丸出しなんだから」


 カルマは鼻を鳴らすと、ゆっくりと煙草の煙を吐き出した。


「そもそもさ? 天使とか霊獣だとか、そんなものに頼っても底が知れてるから。俺の相手をするには役不足なんだよね」


「き、貴様だけは……絶対に許さん! その貧弱な身体を押し潰してやる!」


 ギラウは全力で突進した。光の熊の巨体が光の床を一瞬で駆け抜ける。


「おい……ただ突進するだけじゃないよな?」


 カルマはやる気がなさそうな感じで左腕を前に出すと、ギラウが突進して来る方向に掌を向けた。

 光の熊は無視して頭から突っ込むが――全体重を乗せた突進は、さらに巨大な力と正面衝突する結果となった。


 金色の壁のような反発する力ではない。力と力がぶつかり合って、グシャリと音を立てるように熊の頭が潰れる。


 まるで巨大な建造物に跳ね飛ばされたかのように、ギラウの身体は宙を舞って、金色の壁の内側に叩きつけられた。


「少しは学習しろって。光の壁を操る俺に、突進が通用する筈がないだろう?」


 ギラウが床に落ちるのを眺めながらカルマは呆れた顔をする。

 もう少し、適当にあしらうつもりだったが――馬鹿の一つ覚えのような攻撃に付き合う気が失せたのだ。


(憑代自体は破壊してないから、そのうち再生するだろうけど……少しやり過ぎたかな? まあ、今回はことが目的だから、問題はないけどね)


 頭が潰れたまま動かない巨大な熊を尻目に、カルマは咥え煙草で空を見上げた。


※ ※ ※ ※


 少しだけ時間を遡る――


 カルマが短距離転移で姿を消した直後。

 取り残されたクリスタは、至近距離で獣人の司祭ギルニスと対峙していた。


「どうやら、風向きが変わったようだな!」


 『狐の霊獣憑き』は即座に攻撃に転じた。二本の曲刀を素早く繰り出して、クリスタに斬撃を浴びせる。


 霊獣の光を帯びた二つの刃物が、それぞれ別の生き物のように襲い掛かる――しかしクリスタは剣を僅かに動かすだけで全てを弾いた。


「そうかしら? 私には何も変わっていないように見えるけど?」


「その余裕がいつまでも続くか見ものだな――今の攻撃で貴様にも解っただろう? 私の暫撃は生身の人間が受け止められるような代物ではない!」


 ギルニスの曲刀の一撃一撃は速いだけでなく、その見た目よりも遥かに重かった。霊獣の魔力を刀身に集めることで、その威力は剛腕を誇る『熊の霊獣憑き』ギラウすら遥かに凌駕している。


「身体強化魔法によって何とか耐えているようだがな? 所詮は人間に過ぎぬ貴様がどこまで持つのか……せいぜい楽しませて貰おうか!」


 ギルニスの意図を正確に理解して――クリスタは思わず苦笑する。どうやら、この男は何も解っていないようね。


「だったら……私が力尽きる前に。一つ質問に答えて貰えるかしら?」


 ギルニスの暫撃を弾き、また受け流しながらクリスタが問い掛ける。


「……良いだろう。どうせ何を知ろうとも死人に口なしだからな!」


 すでに勝った気でいるギルニスに、クリスタは外向きの爽やかな笑顔で応じた。


が霊獣を憑依させてまで成し遂げたいことは何? やっぱり、同胞の命と土地を奪った人間に対する復讐なの?」


 ギルニスは心底馬鹿にするように笑った。


「ハハハッ……やはり貴様ら人間は黴臭い考えに縛られているのだな! 同胞の復讐だと? 自分が脆弱なせいで死んだ者など知ったことか! 私は己と神だけのために力を行使し、目障りな天使と人間どもを殺すまでだ!」


「なるほどね。だったら――わ」


 冷ややかな笑みを浮かべながら、クリスタはギルニスの斬撃を弾くでも流すでもなく、受け止めた――

 眩いばかりの光を放つ十字の剣とぶつかって、ギルニスの曲刀の刀身にひびが入る――クリスタは今日初めて剣に魔力を通したのだ。


「復讐のために己を捧げるとか言われたら、さすがに躊躇したけど……あなたが屑だって解ったから、もう遠慮する必要はないわね?」


「……戯けたことを!」


 しかし、ギルニスは現実を思い知ることになる。


「余り時間を掛けて期待されても困るから。すぐ終わりにするわね?」


 その瞬間――加速したクリスタの突きが、ギルニスの二本の曲刀を諸共に粉砕した。


「……ば、馬鹿な!」


 驚愕の表情を浮かべるギルニスを、クリスタは何処までも冷ややかに見る。


「あなたは勘違いしているみたいだけど――暫撃を流すだけなら力なんて必要ないのよ? 身体能力任せの攻撃なんて、少し方向をずらせばそれで終わりだから」


 確かにクリスタは身体強化魔法を発動させてはいたが――それは戦いに万全を尽くす彼女とって習慣みたいなもので、元々ある能力を多少底上げする程度の効果しかない。仮に一切魔法を発動させていなかったとしても、ギルニスの攻撃を流すことなど容易かった。


 所詮は身体能力に頼って攻撃するギルニスと、早熟の天才と呼ばれながらも日々の研鑽を怠らず積んできたクリスタでは、剣士としての技量に雲泥の差があるのだ。


「剣に魔力を通せば武器ごと破壊するのは簡単だけど――あなたも被害者だったらどうしようかと、正直困っていたのよ。でも……もう、その必要はないわね?」


「……ま、待て!」


 実力の差を思い知ったギルニスが慌てて叫ぶが――


「駄目よ!」


 十字の柄を持つ細身の剣は、無慈悲にギルニスの首を跳ね飛ばした。


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