第62話 戦闘開始
『熊の霊獣憑き』ギラウ・ナッシェは光の塊となって金色の壁へと突進する。
「金色の壁により我らを妨げる者に、鉄槌を食らわさん!」
巨躯の獣人が放つ膨大な魔力をクリスタは感知した――『聖域』で防げるレベルとは桁が違う。
「カミナギ!」
しかし、カルマは全く動こうとしなかった。
「貴方も感じている筈よね……このくらいじゃ、問題にならないって言うの?」
「そうだよ。まあ、見てなって?」
ギラウは全体重を掛けて金色の壁に激突した。
強大な力によって強引に壁を破壊するつもりだったが――当たった瞬間に、自身と同じだけの力で跳ね飛ばされる。
バク宙するような形で地面に着地したギラウは、信じられないものを見たような顔で無傷の壁を凝視する。
そして――驚愕したのはクリスタも同じだった。
「防いだってレベルじゃないわよね? 何なのよ、この結界は?」
だから、初めから問題ないって言っただろうと、カルマは意地の悪い笑みを浮かべる。
「そんなことより――キースさんは安全だって解っただろう? これで、もう何の憂いもなく戦えるよな?」
クリスタの内心にカルマは気づいていた。仮に一人で獣人たちと対峙していたら、とうの昔に仕掛けている。
「貴方に気を遣われたのは心外だけど――とりあえず、お礼は言っておくわ……ありがとう」
意外なほど素直な言葉に、カルマは煙草を消滅させて不適な笑みを返す。
「それじゃ、そろそろ始めようか? もう一人の方も到着したみたいだしね」
獣人たちが創った一本道に、もう一人の巨大な魔力を持つ者が歩み出る。
今度の獣人は、『猛き者の教会』の司祭を現わす頭付きの毛皮を纏っていた。
狐の毛皮を纏う獣人は身長百七十センチほどと、先ほどの熊の獣人と比べれずっと小柄だった。しかし――その身体に纏う魔力の密度は、身体の大きさが
狐の獣人は二本の曲刀を抜き放つと、狡猾な視線をクリスタに向けた。
「竜殺しのクリスタが相手とは――なかなか面白い余興じゃないか? ギラウ・ナッシェよ。この獲物は私に譲れ!」
「導師ギルニス・ドレイク……」
熊の獣人の背中が震えているのを、クリスタは見逃さなかった。
「さすがに――この二人だけは仕留めないと話にならない。殺すなとか言われても、無理なものは無理だからな?」
カルマはキースを横目に見ながら、念押しするように言う。
老人が首肯すると、今度はクリスタの方に向き直った。
「熊と狐、どっちを選ぶ? 狐の方はクリスタさんをご指名みたいだけど?」
「私の相手は狐よ」
クリスタは即答した。金色の壁の外側にいる小柄な司祭を静かに見据える。
このとき――突然カルマが、クリスタの左手を握った。
「……い、いきなり、何をするのよ?」
戸惑いながら頬を染めるクリスタに、カルマは意地の悪い顔で応える。
「何って、結界の外に出るんだろう? 俺と一緒じゃないと壁を越えられないからね」
「……だったら、先にそう言いなさいよ!」
クリスタが不機嫌な顔で文句を言った瞬間。二人の姿が掻き消える――
転移した先は、獣人の司祭ギルニスの後方だった。互いに背を向けた格好で、距離は僅か二メートル。
「な……!」
ギルニスとクリスタが同時に反応して、臨戦態勢で振り向く。
そのときには、カルマが新たな『
もう一つの金色のドームが、三人を包み込んで外側に一気に広がる。周囲に居た獣人たちは、光の壁に強引に弾き飛ばされた。
「貴様――本当に面白い余興を見せてくれるな!」
言葉とは裏腹にギルニスに余裕はない。竜殺しのクリスタ以外に、目の前の男から感じる強大な魔力――さすがに分が悪いことは解っていたから迂闊には動けなかった。
「少し狭いかなあ? まあ、一対一で
そんなギルニスを完全に無視して、カルマはクリスタに囁く。
「カミナギ……貴方ねえ……」
「まあまあ、文句は後で聞くからさ――それじゃ、後はよろしく」
カルマは再び短距離転移を発動させた――
『熊の霊獣憑き』ギラウ・ナッシェは、二つのドームに挟まれる格好になった。
「……導師!」
ギラウは全身から魔力を迸らせて、金色の壁を破るための力を溜めていた。光の毛皮が膨れ上がり、熊の身体が二回りほど大きくなる。
「へえ。まだ全力って訳じゃなかったんだな? まあ、大差ないけどね」
突然聞こえた背後からの声に、ギラウは咄嗟に振り向こうとするが――全身が金縛りにあったかのように動かなかった。
カルマはギラウの直ぐ後ろ、巨大な熊の身長に合わせて宙に浮かんでいた。
「そんなに慌てるなよ? おまえの相手は俺がしてやるからさ――」
熊の肩を掴むと、巨体を引っ張り上げるように上昇する。
周囲の獣人たちが驚きの表情で見つめる中。十メートルほどの高さまで引き上げると、ギラウの足元に金色の床を出現させた。
光の床は円形に広がって、その上を覆うように第三のドームが出来上がる――その大きさは、他の二つのドームと比べて二倍ほどあった。
唐突に金縛りが解けて、ギラウが慌てて振り向く。しかし背後には誰もいなかった。
「間抜けだなあ。俺はこっちだよ?」
ギラウとは離れた場所。円形の床の中心を挟んで、ちょうど反対側となる地点にカルマは立っていた。
いまだ剣を抜くこともなく、二本目の煙草を咥えて煙を燻らせている。
「十分に距離がないと、おまえの突進が活きないだろう? まあ――せいぜい全力でぶつかって来てくれよ?」
漆黒の双眼は揶揄うようにギラウを眺めていた。
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