第61話 霊獣憑き


 森の中の広場へと、獣人たちが雪崩れ込んでくる。彼らは瞬く間に距離を詰めてカルマたちの眼前に迫るが――襲撃者はそれだけではなかった。


 周囲から聞こえる音と気配から、別動隊が側面や背後に回り込もうとしているのは明らかだった。


「『聖弾ホーリーバレット』!」


 クリスタは多数の光の塊を出現させると、先頭を走る獣人たちに叩きつける――殺傷力の低い打撃系の魔法を敢えて選択したのは、可能な限り獣人を殺さないで欲しいというキースの思いに応えるためだった。


「キースお爺様。約束はできないわよ!」


 拳大の光を全身に受けた獣人たちが、もんどり打って倒れる。

 しかし、すぐに後続の獣人が、倒れた仲間を踏みつけて前に出て来た。


「……右から新手だ!」


 四人から程近い右手の森の中から、新たな獣人の集団が出現する。

 さらに、ほとんど間を空けずに左の森からも――


「『聖弾ホーリーバレット』!」


「『聖弾ホーリーバレット』!」


 クリスタは立て続けに魔法を発動させて左右の集団にぶつけるが、如何せん相手の数が多過ぎた。攻撃しているうちに、別の場所から新たな獣人が襲い掛かってくるのだ。

 五分と経たないうちに、視界を埋め尽くすほどの獣人に包囲されてしまう。


 それでも四人が持ち堪えているのは、キースが発動させた『聖域(サンクチュアリ)』の光の壁が、獣人たちを押し止めているからだ。


「これは神聖魔法様様だな!」


 『聖域』の内側で剣を構えながら、オスカーが口笛を吹く。獣人たちは武器を力任せに叩きつけるが、光の壁は微かに明滅するだけで、全ての攻撃を防いでいた。


「でも、いつまでも持たないわよ? 『聖域』は攻撃を無効化する訳じゃないから」


 『聖域』とは物理と魔法の両方を遮断する障壁を創り出す魔法だが、攻撃を受ける度に障壁は削られていく。術者がさらに魔力を注ぐことで修復することも可能だが、魔力自体が有限なのだ。


 事実、キースは額から汗を流しながら必死に魔力を注ぎ込んでいるが、四方からの絶え間ない攻撃によって、障壁は再生すると同時に削られているのだ。キースの魔力が尽きるのも時間の問題だった。


 クリスタは気遣わしげに祖父を見つめながら、カルマに叫ぶ。


「カミナギ――いつまで待たせるつもりよ! 貴方は獣人のことは任せろって言ったわよね? 今さら忘れたなんて言わせないから!」


「まあ、当然だよな。自分の言ったことの責任は取るよ――だけど、もう少しだけ待ってくれないか? キースさんの要望に応えるためのキーマンを、ここに誘導している最中だからさ」


 カルマが何を狙っているのか、クリスタには大体想像がついた。どんな手段を使っているのかまでは解らないが、仮にそれが可能なら、彼女も同じ選択をするだろう。


「でも、このまま持ち堪えるのは無理よ……仕方ないわね。死人を増やすことになるけど、いったん私が撃って出て、陣形を切り崩してくるわ!」


 今にも飛び出さんとするクリスタの腕を、カルマが掴む。


「クリスタさん、慌てるなよ? 壁のことなら大丈夫だからさ」


 クリスタは一瞬何を言っているのかと訝しそうな顔をするが、すぐに何かを悟ったようにフンと鼻を鳴らす。


「だったら、初めから教えなさいよ!」


「いや、頑張ってるキースさんに悪いと思って。なかなか言い出せなかったんだよ」


 二人がそんな会話をしている間に、ついにキースの魔力が限界に達しようとしていた。障壁は小刻みに明滅を繰り返ながら、獣人たちに押し負けるのように範囲を狭めていく。


「も、申し訳ない……そろそろ私では……」


「キースさん。じゃあ、交代しようか?」


 カルマの言葉に従って『聖域』の内側から、金色の光が半球状に膨れ上がった。

 今まさに『聖域』を押し潰さんと迫っていた獣人たちが、膨れ上がる金色の光に一斉に弾き飛ばされる。


 新たに出現した金色の半球体ドームは、カルマが発動した『力場(フォースフィールド)』という能力だった。物理的・魔法的に自身よりも劣る力を完全に無効化する。


「キースさんの後だと、二番煎じみたいで嫌だったんだけどさ。まあ、にもなるし。この状況じゃ、他に選択肢もないからね」


 獣人たちは怒り狂ったかように半球体を激しく攻撃する――しかし、当然ながら全く効果はなかった。


「......『聖域』じゃないのよね?」


 クリスタの問い掛けにカルマは頷くと、ポケットから煙草を取り出して火をつける。


「似たようなものだけど、『聖域』より少しだけ頑丈かな? 獣人の攻撃くらいなら、暫くは問題ないよ」


 ゆっくりと煙を吐き出すカルマを、クリスタは訝しそうに見た。何処まで本当のことを言っているのか怪しいものだ。


「それでカミナギは、貴方が言う『キーマン』を、どうやって誘い出したのよ? 余裕ができたんだから、説明する暇ぐらいあるわよね?」


 抜け目なく詰問するクリスタに、カルマは苦笑した。


「まあ、簡単に言えばさ――まずは幻術でこれ・・と同じような金色の壁を作って、奴らの行く手を塞いだんだ。それから、同じ金色の矢印で飛ばして揶揄って、こっちに誘導したんだよ」


 適当な感じの説明に、クリスタは呆れた顔をする。


「あからさまに怪しいじゃない? そんな単純な手口に獣人たちは引っ掛かったの?」


「……て言うより、他に方法がないって思ったんじゃないかな?」


 勿論、カルマが実際に用いたのは、もっと確実で、えげつない手段だった。


 幻術などではなく本物の『力場』によって、百五十近い獣人が周囲の空間ごと完全に閉じ込められた。彼らを囲む金色の半球体(ドーム)の大きさは直径四キロ――カルマたちが居る場所も、巨大な力場の内側だった。


 さらに『力場』は自在に形を変えることも、移動することも可能であり、植物など特定の物だけを素通りさせることもできた。

 だからカルマは、この性質を利用して『力場』ごと獣人たちを強制的に移動させたのだ。

 

 特定の場所へと続く道以外を完全に塞がれ、立ち止まれば、背後から迫る壁に弾き飛ばされる。

 獣人たちは怒り狂ったが、結局は進む以外の選択肢などなかった――。 


 唐突に、激しく暴れていた獣人たちが一斉に動きを止める――ようやく『キーマン』が到着したようだ。

 クリスタも彼ら・・の魔力を感じ取ったようで、すでに臨戦態勢に入っている。


「俺が責任を以て排除するって言った訳だからさ――二つとも任せて貰っても構わないけど? クリスタさんはどうしたいんだよ?」


「そんなの決まっているじゃない――」


 アイスブルーの双眼が好戦的に煌めく。


「獣人たちとの確執は、私たちの問題だってキースお爺様が言ったわよね? 私だってその通りだと思うから……他人任せにするつもりなんてないわよ!」


「なるほどね。それじゃあ――とりあえず奴らの実力を見せて貰おうか?」


 高らかな咆哮が森に響き渡ると、獣人たちは主を迎え入れる従者のように道を空けた。

 広場にできた一本道を――光の毛皮を纏った巨躯の獣人が、大地を踏みしめるようにゆっくりと進み出てくる。


 その身長は三メートルを優に超えており、鋼のように鍛え上げられた肉体は巨人を思わせる。しかし白い光を放つまるで鎧のような毛皮と、歪んだ口元から垣間見える犬歯のせいで、彼が巨人ではなく別の生き物であることを悟らせる。


「我が名はギラウ・ナッシェ! 熊の霊獣ギャラソーンの戦士なり!」


 その瞬間、光の毛皮が肥大化して巨大な熊の姿になった。

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