第60話 獣人の襲撃


 一瞬で周囲の景色が森に変わる――


 四人は木々に囲まれた広場のような場所に転移した。


「え……」


 オスカーは当然としても、キースも、そして自身も転移魔法を使うクリスタまでが驚きを隠せなかった。


「カミナギ……貴方は無詠唱で『転移魔法』を発動できるって言うの?」


 中級程度の魔法であれば、クリスタも無詠唱で発動することができる。しかし『転移魔法』は、類の魔法ではないのだ。『転移魔法』を使える者など、クロムウェル王国全体でも片手の指で数えられる程度しかいないのだ。


「それに――何処にも『転移門』がないじゃない!」


 自分が登録済みの『転移門』がある場所でなければ転移先に指定できない。これは転移魔法を発動する上で絶対条件の筈だ。


「『転移門』ならあるよ――ほら?」


 カルマの言葉に応えるように地面が白く輝いて、今まで見えなかった魔法陣が姿を現わす。しかし――それはクリスタが知っている『転移門』ではなかった。


 この世界の『転移門』とは、石板に刻んだ溝に銀粉を埋めて描く物理的な魔法陣だったが――目の前の『転移門』は、が凝固したかのように魔法陣を形作っていた。


「何よこれ……実体のない『転移門』なんてありえないわ! それに魔法で隠蔽したら『転移門』は機能しない筈よ!」


「いや、それは違うよ――」


 面倒臭い展開になったなと思いながら、カルマは説明する。


「『転移門』は転移先の座標を示す単なるマーカーだから、術者が認識できれば実体である必要はない。それと隠蔽云々の話も同じ理由で、本人さえ認識できれば問題にならないよ」


 クリスタと認識がズレているは当然解っていたが。森の中に物理的な『転移門』を作ってもどうせ不自然だからと、カルマは転移魔法を使ったのだ――カルマにとって『転移門』とは、なのだ。 


「クリスタ……あまり質問攻めにしたら、カルマ君も困ると思うがね?」


 キースに諭されて、クリスタは顔を赤く染める。


「そうね。私が悪かったわよ……でも、カミナギ? お願いだから、もっと詳しく説明してくれない?」


「ああ、勿論構わなけど――」


 クリスタに応えながら――カルマは内心でほくそ笑む。


 この世界にやってきてからの十数日で、カルマは確信した――破壊や殺戮という目に見える形でなければ、本当の力を隠すことは意外と簡単なのだ。


 例えば今回の転移魔法だが、クリスタが発動させた魔法も、カルマの能力も、結果として転移したこと自体は同じだ。しかし、発動前に使用した技術には大きな違いがある。


 クリスタが単純に『転移門』を使用して魔法を発動させたのに対して、カルマは『追尾型転移門』と『相対転移』いう複合技術を用いていた。


 カルマが『転移門』に指定したの場所ではなく獣人そのものであり、さらに『転移門』から一定距離内にある開けた場所を、転移先に指定したのだ。


 しかし、クリスタの魔法との目に見える違いは『転移門』だけだ。だから多少不審に思われることはあっても、本質的な違いに気づかれることはない。


「今度ゆっくり説明するからさ。今は我慢してくれないか?」


 それでも、もしクリスタが『本質的な違い』に気づいたら――本当のことを話して構わないかなとカルマは思う。


「……解ったわよ。だけど……絶対だからね!」


 クリスタのどうにも子供っぽい態度に、その理由に気づいているキースは、ついつい微笑んでしまう。


 立場や実力の関係から、常に年長者ばかりを相手にしてきたクリスタが、初めて同年代で対等以上の相手と巡り合ったのだ。多少はしゃいでしまっても仕方がないだろう。

 勿論、年齢だけが理由ではないことも承知している。


「――タイミングは悪くない。あと二十分くらいかな? 正面左手から来るから、一応警戒しておいてくれよ」


 二十分で移動できる距離を考えれば当然だが、まだ足音がする訳でも、葉や枝が擦れた音が聞こえる訳でもない。にも関わらずカルマは断言した。


「知覚強化系の魔法を使ったの? それとも使い魔?」


 カルマが言った方向からキースを庇うように移動しながら、クリスタも無詠唱で知覚強化を発動させる。


「ちょっと違うけど。知覚系魔法の方が近いかな?」


「ふーん……この件も後できっちり説明しなさいよ!」


 オスカーは姿勢を低く身構えてキースの後方に移動する。

 勿論、自分の身を守るためではない。背後からの襲撃に対してキースの壁になるためだ。その判断が間違っていない証拠に、カルマもクリスタも何も言わなかった。


 そのまま何事も起きず、静かな時間が流れる。


「あと五分だな。獣人は移動速度が速い上に音や気配を隠すから、突然飛び出してきても面喰らうなよ?」


 クリスタは戦闘用の各種強化魔法を発動させる。


「そのくらい解っているわよ……ロウ殿だって獣人との戦いに慣れてるんでしょ?」


「ああ、一応な……」


 オスカーは自分が戦い慣れしていると思っていたが、余りにも平然としている二人を見ていると自信がなくなる。それでも普通じゃない奴らと比べても仕方ないさと自分を納得させて、前方に意識を集中した。


「偉大なる光の神ヴァレリウスの加護を我らに――聖域サンクチュアリ!」


 キースが神聖魔法の結界を発動させると、光の壁が四人の周囲を囲むように展開した。

 単独で『聖域』を発動できるキースは、正教会でも有数の神聖魔法の使い手だった。


「カルマ君、邪魔になるようなら言ってくれるかね? すぐに解除するよ」


「いや、から構わないよ――それより俺も似たような力を発動させたからさ、こっちこそ邪魔したら悪いね」


 カルマが何を言ったのか、キースには理解できなかった。しかし、このタイミングで質問をするほど空気が読めない訳はない。


「そろそろ……来るわよ!」


 クリスタの呟きと同時に、木々の間から『獣』けものが飛び出した。


 『獣』――そう表現するのが今は正しいだろう。


 頭の上に耳があり、手足と背中が濃い体毛で覆われてはいるが、それ以外の外見は人間と大差がない。なめした革の鎧を纏い、ブーツを履き、武器を手にする姿は、未開地の地に住む蛮族よりも、よほど人間らしく見えた。しかし――


 森の中を気配を消しながら素早く駆け抜ける様子は、まさしく『獣』そのものだった。

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