第51話 獣人の脅威


「とりあえずは、オスカーも居ることだし。今回の件の概要から話をしようか?」


 カルマはクリスタとの交渉について、背景にある事件を含めて説明を始めた。


 クロムウェル王国各地で起きている住人の消失事件と、その背後にいる正教会上層部の人間。彼らは住人を犠牲にして天使の召喚を行っていると思われるが証拠がなかった。


 そこで、正教会が次に天使を召喚する場所を掴んだカルマは、クリスタに取引を持ち掛けた。天使を召喚する現場を押させてやるから、代わりにアクシアを開放しろと――

 

「どんな手段で情報を手に入れたのか、カミナギからは聞いていないけど……オスカー・ロウ殿。貴方も、この件に関わっているの?」


 オスカーの能力と為人ひととなりを探るために、クリスタが質問する。


「『光の天使の降臨事件』を含めて、白鷲聖騎士団がラグナバルで行った不審人物の追跡と捕縛に関する情報を調べて、カルマに伝えたのは俺だけど……住人消失の噂くらいは知っていたが、正教会の上層部が関わっていることは初耳だな!」


 どうせ面倒事に巻き込むなら、せめて先に説明くらいしろよとカルマを睨む。


「ああ、その件については悪かった。昨日までは、おまえを連れていく気がなかったんだよ。余計なことは知らない方が良いと思ってね」


 素直に謝るカルマを眺めて、クリスタは意外そうな顔をする。だったら私にも少しは……そんなことを考えて、思わずカルマを睨みつける。


「カミナギの気が変わった理由は、状況が動いたから?」


「ああ、その通りだよ……」


 察しが良いなと感心した感じで、カルマは応じた。


「……とは言ってもさ、そんなに大したことじゃないんだ――」


 いかにも全然大したことじゃないような感じで言う。


「――どうやらさ、獣人たちが正教会の動きを嗅ぎつけたみたいでね。現場となる村の近くまで、すでに迫っているんだよ」


「……何ですって!!!」


 何でもないように言うカルマの口調のせいで一瞬だけ反応が遅れてから、クリスタは叫んだ。


 クロムウェル王国で起きているもう一つの問題。貴族たちの惨殺事件の犯人と目されている獣人たちが、何故正教会の実行部隊を追っているのか――理由は考えられなくもないが。だとしたら、もう一つの勢力の関与も疑わなければならない。


「カミナギは何処まで把握しているのよ? 人数とか人員の構成は解っているの?」


 カルマは当然だろうという感じで応じた。


「数は全部で百五十くらいかな? 大半は戦闘要員だけど、司祭と修道士らしい連中も混じっている。それと――戦闘要員のうちの一人と、司祭と思われる奴は、天使クラスの魔力を持っているよ」


 カルマにとっては所詮その程度という戦力だったが、クリスタの受け止め方は勿論異なっている。

 厳しい表情で考え込むクリスタの顔をカルマは眺めながら―――まるでアクシアみたいな叫びっぷりだったなと場違いな感想を抱いていた。


 そんな視線を感じたクリスタは、考えを中断してカルマを睨む。


「カミナギ……今何を考えていたか、正直に言いなさい!」


「いや、別に……クリスタさんは美人だなあって思ったんだけど?」


 完全に棒読みの台詞に、クリスタは呆れ果てたという顔をする。


「あのねえ……いい加減にしないと、私も本気で怒るわよ?」


「クリスタさんが怒るようなことをした覚えはないけどな――それより、オスカーが困っているみたいだけど?」


 このとき。外に声が漏れないこと知らないオスカー一人が、意識を集中して外の気配を伺っていた。


 クリスタはなかなか優秀な男じゃないと感心しながらも、同時に騙しているようで申し訳なく思った。


「ねえ、ロウ殿? 魔法で音を遮断したから、もうカミナギが言ったことなんて無視して良いわ。他の人に聞かれる心配はないのよ」


 しかし、オスカーの意識を捉えていたのは、警戒心だけではなかった。


「カルマ……獣人の中に司祭が居るって言ったよな? もしかして、今回の件に『同族殺し』が絡んでいるのか?」


 真剣な表情で問い詰めるオスカーに、カルマは強かな笑みを返した。


「ああ。おまえから聞いていた特徴にピッタリの奴が居た――それも正教会の連中を狙う集団の中じゃなくて、仲間である筈の獣人たちを付け狙っていたから、たぶん間違いないだろうな? だから俺は、おまえを連れて行くことにしたんだよ」


 カルマの言葉に、オスカーは暫くの間、無言で何かを見据えた。

 そんな二人が共有する空気に気づいて、クリスタが躊躇いがちに声を掛ける。


「ねえ、カミナギ……私はいったん退室した方が良いんじゃない? 込み入った事情があるようだけど、私はいちいち詮索するつもりはないから」


 スマートに退場しようとするクリスタを、引き留めたのはオスカーだった。


「エリオネスティ殿。気を遣わせて済まない!」


 オスカーは心底申し訳なさそうに言った。


「だが、これから行動を共にするなら、俺の事情を知っておいて貰った方が良いと思う。エリオネスティ殿が迷惑でなければ、このまま話を聞いてくれないか?」


 クリスタは一秒で判断して、オスカーを正面から見た。


「私は構わないわよ? でもロウ殿、ごめんなさい――カミナギ? 時間の方は大丈夫なのよね? これからもう一人の同行者を迎えに行くことを、忘れていないわよね?」


 人を急かしておいて、間に合わなかったら承知しないわよと睨む。


「ああ、問題ない。オスカーと話す時間は折り込み済みだからさ。それよりも、いちいち話の腰を折ると、時間が余計に掛かると思うけど?」


 カルマの挑発にクリスタは苛立ちながら『後で憶えていなさいとよ』と言う言葉を何とか飲み込んだ。


「……そう言うことだから。ロウ殿、貴方の事情を聞かせて貰える?」


 クリスタに促されて、オスカーは話し始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る