第52話 オスカー・ロウと同族殺し


 カルマの依頼で、ラグナバルで起きた白鷲聖騎士団に関わる事件を調べていたとき、オスカーは獣人による貴族の惨殺事件についても詳しい状況を知ることになった。


 正教会にとって『天使の降臨事件』が消し去りたい醜聞であるのと同様に、都市の中心部で起きた獣人による殺人事件は、ラグナバルの太守にとって決して広めたくない不名誉だった。

 従って、体制側に立つ二つの権力が互いに協力し、事件の揉み消しを謀るのは当然の流れだった。


 それでも、『天使の降臨事件』には不特定多数の目撃者がおり、完全に噂を消すことはできなかったが、惨殺事件の方は貴族の邸宅内という第三者の目に触れない場所で起きたため、噂を掻き消すことは容易だった。


 その後、さらに第二、第三の惨殺事件が起きたが、ラグナバル太守は同様の手口で事件を揉み消したから、オスカーは今回の調査を始めるまで、惨殺事件については、ほとんど何も知らなかったのだ。


「調査をしているうちに、事件の犯人が『猛き者の教会』に属する獣人だって解って、俺は奴らと敵対する別の獣人のことを思い出したんだ――『同族殺し』と呼ばれるその獣人は俺の命の恩人であると同時に、俺の左目を奪った宿敵でもあるんだよ」


 オスカーが『同族殺し』に会ったの、十ヶ月ほど前のことだった。

 時期としては、世界中の聖人たちが『神の声を聞いた』と言い始めてから数ヶ月後、獣人による貴族の惨殺事件が起きるよりも数ヶ月前になる。


 その頃、ダグラス・レイモンドがある都市での商売に掛かり切りとなり、オスカーは一ヶ月ほど暇を持て余していた。

 その間も護衛としての給金は貰える筈だったが、仕事もしていないのに金を貰うのは性に合わなかったので、ダグラスに暇を貰って、郊外の別荘に行くという貴族の護衛を引き受けた。


 その別荘がある地域は、元々獣人たちの生息地テリトリーに近く、地域の人間と獣人との諍いが度々起きていた。しかし、人間との勢力争いに敗れ、土地を追われた獣人たちが我が物顔で活動できる筈もなく、人間側に被害が出る頻度は、森で熊に襲われる程度のものだった。


 しかし、オスカーが護衛として雇われた時期には、獣人の活動は以前よりも活発になっており、人間側の死傷者の数も徐々に増えていた。だから、貴族は自分の家族と使用人十人に対して、同じ数の護衛を雇い、その護衛たちも大半が実戦経験の豊富なベテラン揃いというという顔ぶれだった。


 途中の行程で一度、彼らは数人の獣人に襲われたが、ほぼ無傷で撃退した。


 貴族の別荘は、生垣に囲まれた広い庭のある屋敷だった。

 郊外の屋敷にしては堅固な塀もなく、オスカーは無用心だと

思ったが、木を伐採して周囲を策で囲む提案は、景観を損ねると

いう貴族の一言で却下された。


 到着してから数日の間にも、獣人たちを目撃することは何度かあったが、彼らは護衛が守備を固める屋敷を遠巻きに眺めるだけで、近づこうとはしなかった。


 わざわざ警備の厚い場所に獣人たちも踏み込んでは来ないだろうと、護衛たちの警戒心が緩んでいたのは事実だった。

 オスカーは気を抜くなと何度も文句を言ったが、同格以上のベテランたちには響かなかった。


 このまま何も起こらずに、自分たちの仕事は退屈なまま終わるに決まっていると、護衛たちは高を括っていた。しかし――


 ちょうど一週間目となるに日に、彼らは獣人たちの襲撃を受けた。


「我ら獣人の同胞を殺し、土地を奪った人間どもに、ガルーディア神の聖なる裁きを!」


 ヒグマの毛皮を纏う司祭らしい男の声に従って、二十人近い獣人が一斉に襲い掛かってきた。


 技術的には護衛たちの方が上だったが、身体能力では獣人の方が圧倒的に勝っていた。

 戦闘が始まってから最初の十分で、オスカーは三人の獣人を仕留めたが、その間に護衛たちの半数以上が殺されてしまう。


 その時点で生き残っていたのは、オスカーを含む護衛四人に対して、獣人側は十三人。三倍以上の数に囲まれて退路もなく、オスカーも覚悟を決めた。

 

 そのとき――突然二人の獣人の首が飛んだ。

 そして驚愕する獣人たちを余所に、さらに二つ首が飛ぶ。


「おい、馬鹿面を晒してる場合か? 『猛き者の教会きょうかい』に踊らされたクソ獣人ども!」 


 月光に照らし出されて姿を現わしたのは、銀色の獣人だった。


 頭の上にある耳も髪の毛も、肩から背中、両の手足を覆う体毛までも全て銀色。露出している肌の部分は、よく日に焼けた褐色だった。


 銀色の獣人の足元には、ヒグマの毛皮を纏う首なしの死体が転がっている。


獣人の神ガルーディアに縋るてめえらは、獲物を狩る側じゃねえ……『同族殺し』様に狩られるんだよ!」


 琥珀色の双眼で獣人たちを嘲笑い、『同族殺し』は躍り掛かった。


「ほら、まだ九対一だろ? いっぺんに掛かってきて良いんだぜ、腐れ○○○野郎ども!」


 血と肉片まみれの二本の大剣を、銀色の獣人は軽々と振り回した。剣が振られる度に、新たな肉片が増えていく。


 最後の獣人が断末魔の叫びを上げるまでに、ほんの数分しか掛からなかった。


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