第50話 オスカー・ロウの苦悩
「アクシアを助け出す準備ができたらさ。おまえも一枚噛まないか?」
突然宿屋にやってきたカルマは、そう言ってオスカーを誘った。
「ああ、勿論だ。俺にも手伝わせてくれ!」
アクシアが囚われたことに責任を感じていたから、二つ返事で承諾する。
それから別の要件を済ませてくると言って出掛けたカルマを、オスカーは宿屋の部屋で待つことになった。
カルマは『力ずくじゃない他の手段』を使うと言っていたから、おそらく不要になるだろうが、何が起きても問題ように装備を点検しておく。しかし、剣も鎧もオスカー日頃から手入れをしているから、大した時間は掛からなかった。
暫く時間を持て余していると、ようやくカルマが帰ってきた。
「オスカー、悪い。待たせたな」
カルマはフードを目深に被った人物を連れていた。
相手が挨拶すらせずに無言でいることに、オスカーは違和感を憶えるが、カルマの作戦のために必要な人物なのだろうと、黙って二人を部屋に招き入れた。
部屋の扉を閉めると、オスカーは懸案事項に対する応えを求めた。
「なあ、カルマ……こちらの方を紹介してくれないか?」
カルマは何気ない感じで、フードの人物の方に振り返る。
「あのさ。もう顔を隠す必要はないと思うけど?」
「確かにそうね……」
フードを取った人物がクリスタであることを知った瞬間――オスカーは思わず叫んでいた。
「どうして、俺の部屋に聖公女を連れてくるんだよ!」
カルマは意地の悪い顔で笑う。
「おいおい……いきなり『聖公女』とか叫ぶなって? 他の奴らに聞かれたら、面倒なことになるだろう?」
本当のことを言えば――オスカーの部屋に入った瞬間に認識阻害領域を展開させているし、クリスタも無詠唱で『防音』と『不可視』を発動済みだから、声が外に漏れる筈がないのだが。
「確かにそうだな……済まなかった」
本心から申し訳なさそうに謝るオスカーを尻目に、クリスタは、どうせカルマも何か対策済みのくせにと白い目で見る。しかし、そんなことよりも――もっと気になることがあった。
「カミナギ……もしかして、彼も連れて行くの?」
「そうだけど?」
平然と言うカルマに、クリスタは憮然とする。
「……私は聞いていないわよ?」
「だろうね? 俺は今初めて伝えたからさ――まあ、その辺のことも含めて詳しい説明をするから、問題ないだろう?」
抜け抜けと言い放つカルマを見据えて、クリスタは肩を震わせた。
「なあ、カルマ? さすがに場所を変えないか?」
オスカーの部屋は寝るためだけと割り切って選んだ一人部屋だから、当然ながら狭かった。当勿論、応接セットなどある筈もない。
「他って言ってもさ、俺は部屋を取っていないからな。信用できるかどうかに関係なく、他の奴に見られる訳にいかないから、完全な個室が必要なんだよ」
「そうね……まさかグリミア聖堂にある私の部屋に、貴方たちを連れて行く訳にもいかないし。宿屋というのは、無難な所じゃないかしら?」
細かいことなら幾らでも言いたいことはあったが、クリスタもカルマの態度にいい加減にうんざりしていたので、細かいことは黙認する。
「じゃあ、そういうことで……」
カルマは気楽な感じでベッドに腰掛けるが、クリスタにそんなことができる訳もなく、オスカーもクリスタに気を遣っていたから、二人はは立ったまま話を聞くことになった。
「ああ、そうだな。話を始める前に……クリスタ・エリオネスティ殿。先日の件といい、先程といい、大変失礼した。俺は王国冒険者ギルド所属の銀等級冒険者、オスカー・ロウだ」
少し畏まってはいたが、オスカーは堂々とした態度でクリスタに頭を下げる。
クリスタはニッコリと外向きの笑顔で応えた。
「ロウ殿ね……よろしく、クリスタ・エオネスティよ。『聖公女』と言われるのは余り好きじゃないけど、大抵の人がそう呼ぶから諦めているわ。だから、そこまで気にすることじゃないわよ――特に今回の件は、全面的にカミナギが悪いんだから」
「まあまあ、これから一緒に行動するんだからさ。
しれっと話を纏めようとするカルマに、クリスタは苛立ちを覚えるが、今文句を言っても話が進まないだけだと、何とか自重する。
そんな二人のやり取りを眺めながら、オスカーは状況を全く理解できずにいた。
(それにしても……いったい、どうなってるんだよ?)
アクシアを捉えた当人であるクリスタが、何故この場いるのか?
どうして当たり前のように、カルマと話をしているのか?
訊きたいことは山積みだったが、オスカーは空気を読んで、クリスタの前で場違いな質問をしないように努めていた。
「最初に言っておくけど、オスカー・ロウになら何を話しても問題ない。こいつが信用できることは、俺が保証するからさ」
そう前置きしてから、カルマは説明を始めた。
何を勝手に保証しているんだよとオスカーは思ったが、やはり空気を読んで文句は言わなかった。
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