第34話 さすがに、それはないだろう?


 カルマはオスカーの視線に気づいて鼻を鳴らす。敬意を払うつもりなんてないが、相手に合わせた方が面倒じゃないことくらい解っている。口調や態度を変えるなんて安いものだ。


「エリオネスティ殿、お初にお目に掛かる。私はカルマ・カミナギ――身分や所属については事情がありまして、名乗れぬ無礼をお許しください」


 カルマの完璧な物腰を観察してクリスタは頷いた。


「カミナギ殿、解ったわ。だけど、貴方たちを拘束することに変わりはないわよ?」


「……理由は周りで倒れている者たちでしょうか? エリオネスティ殿は誤解しているようですが、我々は被害者です」


 カルマは悪びれる様子もなく言うが、通用しなかった。


「この店の惨状については後でじっくりと聞かせて貰うけれど、貴方たちを拘束する理由は別にあるわ――赤い髪の貴女! 光の神の信徒を守る立場として、貴女のように得体の知れない力を持つ者を野放しにする訳にはいかないのよ」


 アイスブルーの瞳は真っすぐにアクシアを見据える。

 標的だと宣言された当のアクシアは――真正面から向けられた敵意に、不敵な顔で睨み返した。


「エリオネスティ殿の目的は彼女――我が同伴者であるアクシアのようですが。貴方が言う『得体の知れない力』こそ、周りの者たちに怪我を負わせたことに関係があるのではないですか? ならば、やはりエリオネスティ殿は誤解しています」


 クリスタはアイスブルーの瞳で見透かすようにカルマを見つめると――少しだけ失望したような表情を浮かべた。


「……どうやら貴方は、彼女の力に気づいていないようね? それも仕方のないことだけど……カミナギ殿。貴方には想像もできない強大な力を彼女は持っているのよ」


「……強大な力? エリオネスティ殿は、アクシアが何者だと言うのですか?」


 訝しそうな顔をするカルマに、クリスタは首を振った。


「……今はまだ私にも正体までは解らないわ。でも……彼女の力が聖なるものでないことだけは確かよ。危険な存在ではないと解ればすぐに解放するから、素直に従ってくれるとありがたいわね」


 このくらいで十分だろう――カルマは内心でほくそ笑んだ。


 ガルシアたちが放っていた気持ちの悪い視線には、ラグナバルに来た瞬間から気づいていたが――クリスタの襲来は気づいていたというよりも予測していた。


 アクシアは人の姿となることで制限を受けているが、それでも他者と比べれは強大な魔力を一切隠そうとしない。だから、この世界の他の力ある者との衝突は時間の問題だった。


 一定以上強い魔力を持つ者は、他の存在そのものが持つ魔力を感知することができる。さらには魔力が強いほど、感知できる距離も精度も増すのだ。


 しかし人間や亜人の大半は、それなりに魔法が使える者でさえ、感知能力が使えるレベルに達していない。だから宿場町エルダでも、ダグラスの隊商と同行している最中も、実際に魔法を発動するまでアクシアの力に気づく者はいなかった。


 それでも魔力が強い者は少なからずいる訳で、人口が多い都市であればその人数も増える。だから魔力感知能力を持つ者と遭遇する確率も必然的に高くなるのだ。


 しかし、たとえ面倒事に巻き込まれる可能性が高くても、カルマはアクシアに魔力を隠せと強要するつもりはなかった。

 人の姿となった時点ですでに魔力を制限されているのだ。絶対的強者として生きてきた誇り高い竜族の王に対して、さらに弱者として振舞えと言うことは存在自体を否定することに等しい。


 勿論、本人が自分で考えた末に、自主的に隠すというなら歓迎する。しかし、他人が強要するものではないと思う。アクシアが魔力を晒すことで最悪の状況になっても、どうにかしてやるとカルマは覚悟を決めていた。


(……まあ、これも良い機会だから。アクシアには自分で答えを見つけて貰おうか?)


 漆黒の瞳でクリスタを見据えて、カルマは強かに笑う。

 クリスタが内在する魔力の量と性質をカルマは正確に計測していた。人間の基準で言えば――例外的と言えるほど強い魔力だ。だからクリスタはハッタリでも思い込みでもなく、アクシアの魔力を正確に感知している。


 ちなみにカルマは神々の追跡から逃れるために自身の魔力を完全に隠蔽していたが、情報収集を始めた段階から、本来の性質とは異なる微弱な魔力の持ち主を偽装している。魔法が使えるのに、魔力を一切感じさせないのは不自然だからだ。


 それをクリスタは感知して、魔力の弱いカルマはアクシアの力に気づいていないだろうと判断したのだ。


 状況が整理できた以上、あとは転がすだけだった。

 カルマは無力な貴族を装いながら、次の一手を打つ。


「エリオネスティ殿が言ったことを俄かに信じることはできませんが……一つだけ言えることがあります。貴方が拘束すべきなのは我々三人ではなく、アクシア一人と言うことですよね?」


 掌を反すような感じで言うカルマに、クリスタは呆れ果てたという顔をした。


「仮にも同伴者である彼女だけを差し出すと、貴方は本気で言っているの?」


「おい、カルマ。さすがにそれは……」


「良いから、オスカー。おまえは黙っていてくれないか?」


 言葉を遮ると、カルマは何食わぬ顔で続けた。


「ええ、そうですよ……三人とも拘束されるメリットなんてありませんから」


 クリスタの瞳が軽蔑の色に染まる。


「……解ったわ。良いでしょう、拘束するほどの価値が貴方にあるとは思えないから」

 

 やっぱり掛ったなと、カルマは表情には出さずに思った。


 単にアクシアの関係者だというだけで、カルマたちを拘束する理由には十分だろう。何もしなければ、三人とも拘束される可能性が高かった。だからカルマは、あえてクリスタを失望させるような態度をとって、自分を舞台から降ろすように仕向けたのだ。


「それでは、我々は失礼しますが……最後に、アクシアに言葉を掛けることを許して貰えますか?」


 二人が話をしている間、アクシアは憮然とした顔でクリスタを見据えていた。人間風情がカルマに対して失望や呆れといった悪感情を顕わにしていることが不快だった。


「……この状況を引き起こした原因は全部自分にあるって、さすがにおまえにも解るよな? これから何をすべきかを含めてじっくり考えてくれ……それからアクシア、暫くは抵抗しないで大人しくしていろよ? 今回だけは俺が必ず救い出してやるからさ」


 耳元で囁くと、アクシアは悔しさと嬉しさが入り混じるような複雑な表情を浮かべながら、頬を赤く染めて頷いた。


 カルマが何を言ったのかクリスタには聞こえなかったが、アクシアの反応を見て不快そうに眉を顰める。


「カミナギ殿……貴方がどういう人間かよく解ったわ」


 同じ女として、男に簡単に騙されているようにしか見えないアクシアも、彼女を弄んでいるカルマのことも許せなかった。


「現時刻を以て正教会は貴女を拘束します……それでは皆、お願いするわ」


 聖騎士たちはアクシアを取り囲むと、聖印が刻まれた銀の鎖で彼女の両手を縛った。

 そのまま連行しようとする彼らの前に、カルマが立ち塞がる。


「……あと少しだけ、待って貰えますか? アクシア、これを被っていけ」


 カルマはポケットから白い布を取り出して、アクシアの顔を隠すように被せた。


 紳士的な気遣いではあったが、彼女を見捨てた男が何をいまさらとクリスタは不快感を顕わにする――布で隠されたアクシアの金色の目がクリスタを激しく睨んだ。


 それでもアクシアはカルマとの約束を守って、一切抵抗しなかった。


 聖騎士たちが聖域(サンクチュアリ)を解除してアクシアを連れ去ると、入れ替わるように教会の関係者らしい祭服姿の男たちが現われて、倒れていたガルシアたちを運んでいった――カルマが床に置いた十枚の金貨はガルシアが必死に懐に隠した。


 破壊の跡が残る店内には、カルマとオスカーだけが残る形になった。


「カルマ……他に手段がなかったのは解るが、俺は納得はしていないぞ?」


 憮然とするオスカーに、カルマは鼻を鳴らした。


「アクシアのことは心配するなよ? 俺は引き下がるつもりなんてないからさ……奴らには、せいぜい今のうちだけ勘違いさせてやるよ」


 漆黒の瞳が強かに笑う。


「そうだな……」


 俺だって諦めた訳じゃないが状況は最悪だなと渋い顔をするオスカーに、カルマはいつもの調子で肩を叩く。


「とりあえずクリスタと聖騎士団について知っていることを洗いざらい全部教えてくれよ? アクシアのこともそうだけどさ……他にも色々と気になることがあるんだ」


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