第35話 白鷲聖騎士団


 内容が内容だけに、オスカーは話をする場所を選んだ。

 行きつけの『笑うアヒル亭』という名の酒場の二階にある個室。この店の店主とは懇意にしており、口の堅さは折り紙つきらしい。


「この辺じゃ、単に『教会』と言ったら正教会のことを指すんだ」


 エールの入ったコップを口にしながら、オスカーが説明した。


 クロムウェル王国を初めとするグランテリオ諸国連合において、正教会は最大の勢力を誇る宗教組織だ。絶対神である光の神ヴァレリウスを信仰し、身分を問わず広く信仰されている。その教義は人の愛と正義を謳うものだが、解釈は派閥によって別れており、公然と異教徒を弾圧する過激な宗派もある。


「聖公女が率いる白鷲聖騎士団は、他の派閥から独立した中道派というところだな。政治力で主流派の後ろ楯を得ながら、派閥争いからは一歩引いた独自の道を歩いている。それでも武力という点だけで言えば、正教会における最大派閥と言えるな」


 この世界の教会は神聖皇国など一部の例外を除けば、形の上では国家権力と切り離されている。彼らは形の上では国に所属しながら、治外法権的に独自の武力を持っていた。

 とはいえ、教会の主な戦力は修道士であり、平常時から武装している訳ではない。少数の聖騎士だけが『この世界を邪なるものから守護する』という名目で、常に武装することを許されていた。


 クロムウェル王国正教会に所属する聖騎士の数は約二百名。六つの聖騎士団から成り、その半数が王都バーミリオンにある本部に置かれている。

 白鷲聖騎士団はラグナバルと周辺地域を担当しており、所属員は五十人ほど。数としては全体の四分の一に過ぎないが、一つの聖騎士団としては最大の規模であり、個々の騎士の練度も高い。


「クリスタ・エリオネスティは教会上層部の人間である前に、大貴族であるエリオネスティ公爵家の第一公女だからな。聖公女に仕えるために聖騎士に鞍替えした騎士も少なくない」


「だから『聖公女』ね……公爵家ってことは王家の血縁だよな? なるほどね。権力志向の強い奴らを上手く取り込んでいるってことか」


 形式的に国家から切り離されているからといって、教会が権力とは無縁と考えるのは間違いだ。王から直接干渉を受けない独自の力を持っているのだから、むしろ権力争いに積極的に絡んでいると考える方が妥当だろう。


「確かにその通りなんだが……白鷲聖騎士団が教会の最大戦力だと言われている理由は他にある。カルマも『竜殺しのクリスタ』って聞いたことないか?」


 オスカー曰く、当時若干十四歳のクリスタが単独で竜を仕留めたのは有名な話らしい。勿論、これは噂が尾ひれを広げたという類いのものではなく、クリスタが仕留めた額に穴が開いた竜の頭蓋骨は、今も正教会本部に飾られているそうだ。


「竜を仕留めたねえ? 公女が竜と戦う状況自体がありえないだろう?」


「まあな。だけど聖公女は普通じゃないんだって。生まれたときから『神の奇跡』と呼ばれるほどの魔力の持ち主で、早熟な天才って奴かな? 大人を言い負かすほど頭も切れたから、エリオネスティ公爵も手に余ったらしく、地方の荘園に引き籠らせていたら……近くの村が竜に襲われて、聖公女は臣下を振り切って討伐に向かったって話だぜ」


「へえ……昔から元気が良かったんだな」


 カルマは茶化すように言った。こんな話を聞いたらアクシアが気を悪くするかも知れないが、先ほど感知したクリスタの魔力を考えれば、並の竜であれば仕留めたとしても不思議ではない。あくまでも『並』であればという話だが。


「それにしても……オスカーは随分と聖公女のことに詳しいんだな? ああいうのが、おまえの好みなのか?」


「あのなあ……俺は怖い女は苦手なんだよ」


 オスカーは呆れた顔をする。


「聖公女は王国屈指の有名人なんだよ。このくらいの話なら、多少でも目端の利く奴は知ってるぜ」


 なるほどねと、カルマは揶揄うように笑った。


「確かにおまえは、アクシアのことも苦手みたいだからな」


「ああ、そうだよ……ところでカルマ、これからどうするつもりだよ?」


 オスカーは顔をしかめながら話題を変えた。


「今説明したように聖公女は貴族としても教会勢力の中でもかなりの実力者だ。それに、カルマも流石に力づくで解決する気はないみたいだが、聖公女は実力でも破格の存在だし、配下の聖騎士たちも強力な神聖魔法を使う手練れ揃いだ。簡単に手出しできる相手じゃないぜ?」


「まあ、そうだろうね……」


 カルマは他人事のように気のない感じで応じる。

 オスカーは苛立った。


「さっきは俺もアクシアだけ捕まることに文句を言ったが……今になって考えれば、カルマの選択は正しかったって思う。三人とも捕まったら、それこそお手上げからな。だが……いや、だからこそ、おまえは何か仕掛けるつもりなんだろう?」


 真剣な眼差しでカルマを射抜く。ラグナバルの事情を知っている自分が一緒にいながらアクシアを連れていかれたことにオスカーは責任を感じていた。最悪の状況だからこそ、何とかしたいと思っている。


「さっきも思ったけどさ……オスカー、おまえって良い奴だよな?」


「……おい、カルマ。ふざけているのか?」


 また茶化されたと思って睨みつける。


「いや、悪かったよ。そうじゃなくてさ……おまえは損得勘定を度外視して協力してくれるつもりみたいだけど、そこまでしなくて良いからさ」


「どういう意味だ?」


 疑わしそうな顔をするオスカーに、カルマは屈託のない笑みを返す。


「決まっているだろう? 俺が何とかするからだよ」


「何とかって……おまえは俺の話を聞いていたのか?」


 オスカーは呆れ果てたという顔で捲し立てる。


「おまえの実力は確かに認めるが、まさか本気で力で解決しようとか思っていないよな? そんなことをすれば完全に犯罪者だ! もし、それでも構わないと考えているとしてもだ……相手は、あの聖公女と聖騎士だぞ? 幾ら何でも一人で勝てるなんて思うのは、己惚れ過ぎだぞ!」


「いや、オスカーも協力する気だったんだろう? 他に手段がないなら、力ずくで行く覚悟をしてたんじゃないのか……つまり、俺一人じゃ無理でも、二人なら勝てるって?」


「そうじゃない! 勝てるなんて己惚れちゃいないが、やるしかなだろう?」


「覚悟自体は否定しないんだな。ホント、おまえは良い奴だよ……ありがとう」


 カルマの本気にオスカーは気づいた。


「カルマ……まさか、おまえ……」


「いや、玉砕する気なんてないから。それに力づくなんて、馬鹿っぽいことをやる気もない――細かいことは企業秘密だから言えないけどさ、他の手段でアクシアを解放してやるよ」


「どうやって……いや、それは言えないんだな?」


 半信半疑という感じのオスカーに、カルマはゆっくりと頷く。


「そのために、おまえにもう少し聞きたいことがあるんだ……なあ、オスカー? 聖公女や聖騎士団が誰かを拘束しようとしたのは、今回が初めてじゃないだろう?」


 聖騎士たちが事前に魔法を発動させて登場したことからの推測だ。強い魔力を持つ者の対処に慣れていなければ不自然に思うほど的確な対応だった。


「その通りだが……今回のことと何か関係があるのか?」


「アクシアを解放するための材料として、その辺りの情報を知りたいんだよ。これまで聖騎士団が拘束した、もしくは拘束しようとして逃げられた相手に関して、詳しい情報を調べることはできるか?」


 オスカーは真剣な顔で考える。


「そうだな。知り合いに頼めば、それなりには調べられると思うぜ?」


「だったら頼むよ――それじゃ今夜、またこの店で落ち合うってので良いか?」


「ああ、構わないが……その間、おまえは何をするつもりだよ?」


 心配するようにオスカーが言う。


「悪いな、それも企業秘密だ……まあ、俺のことは気にするなよ。無茶はしないから」


 本当だろうなと訝しむオスカーに、カルマは強かな笑みを返した。


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