第32話 カルマのやり方


 店内に転がっているローガン・ファミリーの男たちは、砕かれた肋骨が内臓に突き刺さり、血反吐を履いている者が大多数。腕や足が捻じ曲がっている者も多かった。


 アクシアが意図的に狙ったガルシアは、咄嗟に出した腕ごと肋骨も背骨を砕かれて、白目を剥いて口から血をだらだらと垂れ流している。


 そんな動くこともできないガルシアの目の前に、ハルバードを手にしたアクシアが立った。その金色の目は文字通りゴミを見るような視線を床に転がる男に向ける。


「まあ、そのくらいで良いだろう? もう一撃入れたら多分死ぬぞ」


 いつの間にかカルマが、アクシアの隣に立っていた。


 ハルバードを最初に振り回す前に、アクシアはオスカーは伏せろと言ったが、隣に座っていたカルマには何も告げなかった。勿論、カルマに当たる筈がないと解っていたからであり、結果はその通りだった。


「……しかし、カルマよ。このゴミはカルマのことを……」


「それよりさ。よくオスカーのことにまで気が回ったな? さすが、アクシアだな。最悪、俺がカバーするしかないって思ってたんだけど」


「……当然であろう? 我はカルマが何をしたいのか理解しておるからな!!!」

 

 殺伐とした状況を無視して、アクシアは褒められたことが嬉しいのか、照れるように頬を赤く染める。


「おまえらなあ……危うく俺まで、アクシアに薙ぎ払われるとこだったんだぜ?」


 床に伏せて自分の頭を庇っていたオスカーが、立ち上がって服に付いた埃を払う。

 カルマとアクシアが盗賊を瞬殺したことを知らなければ、アクシアの言葉に瞬時に反応することなどできなかった。


「だから、伏せろと言ったであろう?」


「その直後に槍を振り回したけどな? 一秒でも反応が遅れていたら完全にヤバかった。アクシアの魔法は身体強化系の威力も半端ないな……」


 オスカーの抗議の視線を受けながら、アクシアは何を馬鹿なことを言っている、魔法など使っていないぞと訝しそうな顔をする。しかし、彼女の不機嫌な態度に慣れてしまったオスカーは、その表情の意味を深くは考えなかった。


「さてと……こいつらの始末をどうするかな? ……というか、かなり面倒なことになったな。俺たちは完全にローガンを敵に回したぜ?」


「オスカーには悪いけどさ。仕掛けてきたのは、こいつらの方だからな?」


 だから仕方がないだろうという感じで応えるカルマに、オスカーが顔をしかめる。


「……本当かよ? カルマ、おまえはローガンにアクシアが狙われていることを知っていたんだろ? だから、こいつらの縄張りにわざと足を踏み入れて襲撃してくるように誘ったんだよな?」


「へえ……オスカー、よく解ってるじゃないか?」


「何を、しゃあしゃあとよく言うよな? ここまで強引に連れてきた上に、いきなり用事があるとか言い出したんだぜ? 自分から言ったようなものじゃないか!」


 オスカーの突っ込みに、カルマは苦笑する。


「まあ、そうだよな……ローガンなんて名前は知らなかったけど、アクシアを狙っている頭の悪い視線に何度も気づいたからさ。馬鹿は早めに潰しておこうと思ったんだよ」


「だけど、何で俺を巻き込んだんだ?」


 オスカーは抗議ではなく、率直な疑問として訊いていた。


「やり過ぎるのは不味いと思ったけど、この国の常識とか基準にイマイチ自信がなかったからさ。迷ったらオスカーに聞こうって思ったんだよ」


「おまえ……そんな理由で、俺を巻き込んだのかよ?」


 オスカーは呆れて物が言えないという感じだった。


「おかげで俺は、ほとぼりが冷めるまでラグナバルから離れるしかなくなった訳だ。ホント、傍迷惑な話だぜ」


 ラグナバル有数の犯罪組織を敵に回したのだ。長生きをしようなどと思っている訳ではないが、この都市では穏やかな生活を送ること自体が難しくなった。


「いや、そのことならさ……多分心配いらないと思うけど」


 カルマはそう言うと、床に転がっているガルシアの方に歩いていく。


「今の話から、おまえも状況を理解したよな?」


 血を垂れ流すガルシアを漆黒の瞳が上から見下ろす。ガルシアに意識があることなど、カルマ最初から気づいていた。


「今回の件に関して、おまえが俺たちに復讐するのは逆恨みだとは思うけど……まあ、よくある話だ。そもそも、おまえに理屈や道理は通じないだろうし、まあ好きにしてくれとしか言いようはないが……」


 カルマの漆黒の瞳から感情が消える――


※ ※ ※ ※


 ガルシアは漆黒の闇が渦巻く場所に立っていた。

 いつの間にか傷は全て癒えている。周囲の闇がまるで生き物のように蠢いていた。


「なあ……もう一度だけ訊くけど、おまえは俺たちに復讐したいのか?」


 不意に、目の前に出現したカルマが問い掛ける。

 傷が癒えたことで、ガルシアの強気は復活していた。


「……当然だろうが、この糞餓鬼が!」


「だったら――もう良いや……」


 周囲の闇がガルシアの身体を侵食する。焼けるような激しい痛みが全身を襲った。生きながら強酸で溶かされる狂気の感覚の中で、ガルシアの自我が蝕まれていく――


※ ※ ※ ※


 気が付くとガルシアは、再び蠢く闇の中に居た。

 身体に一切の傷はなく、闇の中で普通に立っていることができる。


「なあ……もう一度だけ訊く聞くけど、おまえは俺たちに復讐したいのか?」


 カルマの感情のない声に――背筋に冷たいものを感じながら、ガルシアは裏社会の実力者のプライドで抗う。


「……当然だろうが、この糞餓鬼が舐めやがって!」


「だったら――もう良いや……」


 周囲の闇がガルシアの身体を再び侵食する。狂おしいほどの焼けるような痛みに襲われて、ガルシアの自我が壊れていく――


※ ※ ※ ※


 三度気が付いたときも、ガルシアは蠢く闇の中に居た。

 身体には傷一つ残っていないが、もはや立っていることすらできない。

 蝕まれた魂は……ぼやけた意識の中で恐怖におびえる。


「なあ……もう一度だけ訊くけど、おまえは俺たちに復讐したいのか?」


 一切の感情を感じさせない声に――ガルシアは耳を塞いで絶叫した。


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