第31話 竜の女王の無双


「ああ、店員さん。悪いけど同じ料理をもう一式と、他にも適当にどんどん持ってきてくれよ?」


 カルマは自分も料理を食べながら、矢継ぎ早に追加注文をしていく。


「結構旨いな……オスカーも早く食えよ。無くなるからさ」


「ああ……そうみたいだな」


 オスカーが抱いていたアクシアのイメージが大きく変わったが、悪い方向にではなかった。女が豪快に食事をとる様子は気分が悪いどころか、爽快ですらある。尋常ではない食欲には特別な理由があるのだろうが、いちいち詮索するほど野暮ではなかった。


「おい、兄ちゃんたち? すげえ食いっぷりだが代金はちゃんと払えるんだろうな?」


 追加の料理を運んできた店員が初めて口を開く。


「金は持っているから心配するなよ。ここにいるのは、銀等級冒険者のオスカー・ロウだから。金払いが良いので有名だろう?」


 店員はオスカーのことを知っているのか、それ以上は追及しなかった。


「おい、勝手に俺の名前を使うな! 俺は特別気前が良い訳じゃないし、そもそもここはおまえの奢りって話だろうが!」


「ああ、勿論、俺が払うけどさ。ガキの俺の名前を出したって信用されないだろう?」


「……ったく。都合の良いときだけガキの振りをしやがって」


 オスカーは不機嫌な顔で料理にかぶりつく。料理が旨いのがせめてもの救いだった。


「ところで……さっきの話の続きだ。おまえの用事って、まさか、この店のメシのことじゃないよな?」


「ああ、当然だろう? さすがにメシのために、おまえを面倒な場所に付き合わせたりしないさ」


 面倒な場所だとは自覚しているんだなと、オスカーは呆れた顔をする。


「じゃあ、どんな用事があるんだよ?」


「それは……オスカー。ちょっと待ってくれよ」


 カルマは隣に座るアクシアの方へ向き直った。

 アクシアは今も変わらない速度で、どんどん料理を平らげている。


「アクシア。まだ食べ足りないなら、少しペースを上げろ? そろそろ食事の時間は終わりみたいだからさ」


「うむ、解ったぞ……」


 その瞬間、アクシアの咀嚼は加速した。テーブルに残っていた料理が吸い込まれるように消えていく。

 

「おい、どういうことだ? 食事を急かせる理由が何かあるのか?」


「まあ、すぐに解るよ……」


 オスカーが空気の変化に気づいたのは、その直後だった。


 彼は入口に背を向ける形で座っており、視界にいるのはカルマとアクシア、あとは店員と厨房に立つ料理人だけだった。

 勿論、警戒を怠ってはおらず、少し斜めに座りながら、他のテーブルに座る二組の客と、入口の刺青の男たちの様子も伺っていた。


 最初に変化したのは、入口に立つ刺青の男たちの様子だった。

 その空気の変化はすぐに伝わり、店員と厨房の料理人が動きを止めて入口に注目する。


「……邪魔するぜ!」


 野太い低い声が響いた直後に、バタバタと足音を響かせて男たちが店の中に入って来る。その数は二十人を超えており、全員が抜き身の剣やナイフで武装していた。


 オスカーは反射的に立ち上がり、いつでも剣を抜けるように手を掛ける。


「おい、メシの時間は終わりだ! 怪我したくないなら貧乏人は出ていけ!」


 他のテーブルにいた二組の客を追い立てながら、男たちはカルマたちのテーブルを取り囲むように陣取る。店員たちは緊張した顔で、まだ動くことができないでいた。


「ガルシアの旦那……いったい、どういう用件で?」


 店員が何とか言葉を口にすると、入り口付近に立っていた恰幅の良い中年男が品のない笑みを浮かべた。

 年齢は四十歳前後。派手な服を着ており、ベルトの左右に鞘に入った曲刀をぶら下げている。


「おう、ダイクだったな? 今からこの店は俺たちの貸し切りだ。後のことは全部うちの舎弟がやるから、店の連中を連れて暫く外で遊んでこいや」


「……解りました」


 店員たちが慌てた様子で出ていくと、ガルシアと呼ばれた男はゆっくりとした足取りでカルマたちのテーブルの方にやってきた。


「よう、あんたは冒険者のオスカー・ロウだよな? 名前くらいは知ってるぜ」


 身構えるオスカーを嘲笑うように、ガルシアは余裕たっぷりだった。


「ローガン・ファミリーのグレッグ・ガルシアだよな? 俺たちに何か用か?」


 オスカーもガルシアのこと知っていた。ラグナバルの犯罪組織の一つローガンの幹部で元傭兵。腕っぷしだけで裏社会を伸し上がってきたのは有名な話だった。


「オスカー、残念ながらあんたに用はないんだ。余計な暴力沙汰は俺も好みじゃないから、あんたは帰ってくれねえか? 俺が用があるのは、そっちの姉ちゃんだからよ」


 ガルシアは好色そうな目でアクシアを見る。

 この瞬間まで、アクシアは何事もなかったかのように食事を続ていた。その甲斐もあって、テーブルの上の料理は粗方片付いている。


 ガルシアの視線にアクシアが反応して睨み返す。


「なら、俺も余計に帰る訳にはいかないな……」


 周囲の男たちとの距離を測りながら、オスカーは互いの戦力を計算した。

 ガルシアの実力は一対一でもオスカーと良い勝負だろう。周りの男たちも武闘派ガルシアの舎弟らしく、いかにも場数を踏んでいる感じで隙がない。


 対してこちら側は――アクシアは何処で買ったのか、ごついポールアームを持っているが、魔術士の彼女が周りを囲まれた状態で役に立つかは怪しいものだ。仮に得物が伊達じゃないとしても、長物の武器は狭い店内では不利だ。


 カルマの方は――実際に戦った現場はオスカーも見ていないが、短時間で盗賊団を蹂躙したことといい、死体に残っていた傷の切れ味といい、相当強いことは間違いない。しかし装備からして軽戦士だから、アクシアを庇いながら戦うのは厳しいだろう。


 つまり、このまま乱戦に入ればオスカーたちにはかなり不利な状況だった。唯一鎧を着ている自分が盾になる他はないが――相手の武器が剣とナイフだから何とかなるか? ……いや、何とかするしかないな。


 そんな風にオスカーが覚悟を決めたとき。


「……なあ、オスカー? 一応確認するけどさ、ラグナバルでも正当防衛は成り立つって認識で良いんだよな?」


 全く空気を読まない場違いな感じでカルマが質問した。

 

「ああ、そうだな……ただし、正当防衛でも殺人は徹底的に捜査されるから、後で面倒なことになるぞ」


「おい、それで俺たちを牽制しているつもりか?」

 

 ガルシアが馬鹿にするように笑った。


「オスカー・ロウとは言えど、所詮は冒険者か? ここに目撃者はいないんだ。死体さえ始末すればどうとでもなる!」


「まあ、その話はどうでも良いや……ところで、おまえはアクシアをどうするつもりなんだよ?」


 ガルシアに対しても、カルマはいつもの調子で問い掛ける。


「……ああ? てめえはその混血女の男か? ……クックックッ! 良いぜ、特別に教えてやるよ。その女は目立つからな、この町に来た瞬間から目を付けていたんだよ。なかなかの上玉だし、混血は足もつきにくいから、貴族に高く売れるんだよ。何の目的で奴らが買うかは、ガキでも想像できるだろう?」


 下卑た笑い声に、アクシアが憎悪を顕わにする。自分のことではなく、カルマを馬鹿にする態度が決して許せなかった。しかし、無暗に力を行使するなとカルマ本人に言われていたから、動くことができないのだ。


 そんなアクシアの心情を察して、カルマが強かに笑った。


「アクシア――こいつらに関しては我慢しないで好きに暴れて良いからさ」


「……カルマ、本当に良いのか?」


 アクシアは驚いて、カルマをまじまじと見た。


「ああ、構わない。だけど後が面倒だから殺すなよ? 武器はカバーしたまま、それに頭に当てるのは禁止だ。あとは力さえ加減すれば、どうにかなるだろう?」


「……なかなか、面白そうな話をしてるじゃねえか!」


 ガルシアは馬鹿にし切った感じで言った。


「おまえたちも冒険者だろう? ……クックックッ! 現実を知らない馬鹿が舐めた口を利くじゃねえか。せいぜい、血反吐を履いて足掻いてくれや!」


 二度目のカルマに対する暴言に、アクシアが叫んだ。


「……邪魔だ、オスカー!!! 床に伏せろ!!!」


 オスカーの反応を待たずに、アクシアは椅子に立て掛けておいたハルバードに手を伸ばした。

 そのまま強引に振り回すと、ハルバードは周囲で剣を構える男たちを巻き込みながら、ガルシアの身体を横に薙ぎ払う。


 アクシアの剛力による一閃は四人を一遍に凪ぎ倒し、さらに周囲を囲む男たちへと叩きつけた。


 人の姿となったアクシアは、本来の竜であるときに比べて力も魔力も制限を受ける。しかし、あくまでも比較の話であり、脆弱な人間と比べれば、人の姿でも遥かに強大な力を持っていた。


 塒に戻った際に、人の姿では扉を開けることすらできなかったのは、血を流しすぎて体力が失われていたことと、そもそも竜のために創られた扉が重すぎたからだ。体力が回復した今では、人の姿でも塒の扉くらい開けることができる。


「愚か者どもが!!! カルマに暴言を吐いた対価を支払わせてやる!!!」

 

 アクシアは怒りのままにハルバードを何度も振り回した。ただそれだけで、轟音を立てて空気を切り裂く凶器は、取り囲む男たちを蹂躙した。


 攻撃を受け止めようと剣やナイフを構える者もいたが、五十キロを超える金属の槍を力一杯振り回されては、刃など当たった瞬間に砕け、柄を持つ腕は本来あり得ない方向に捻じ曲げられるだけだった。


 吹き飛ばされた男たちに巻き込まれて、店内のテーブルと椅子が無残に破壊される。

 周囲に誰一人立っている者がいなくなるまでに、一分と掛からなかった。


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