第30話 竜の女王の昼食


 オスカーの案内で冒険者ギルドから出て通りを歩く。


 ラグナバルの表通りは石敷きで舗装されており、ゴミも少なく清潔感があった。道幅も馬車二台が擦れ違っても、その左右を人が並んで歩けるほど広々としており、行き交う人が多いのに閉塞感を感じなかった。


「おススメは……やっぱり肉料理だな。こってりした肉焼きとかどうだよ?」


 並んで歩くカルマとオスカーの少し後ろを、アクシアが不機嫌な顔で付いていく。

 二人の邪魔をしているようでオスカーは居心地が悪かったが、案内役の自分が後ろを歩く訳にもいかないと、アクシアの様子には気づかない振りをする。


「ああ、俺も肉が良いかな……でもさ、せっかくラグナバルでメシを食うなら、観光客向けの店や、高いだけの高級店は勘弁かな。もっと、地元の人間が通う安くて旨い店とか、そういうのが良いんだけど?」


「へえ、言うじゃないか……良いだろう。とっておきの店に連れて行ってやるよ」


 オスカーが案内したのは、表通りから一本奥に入った通り沿いの店だった。

 屋台に毛の生えたような狭い店内は客で溢れており、肉の焼ける良い匂いが漂っている。


「どうだ、こういう店はいかにも旨そうだろ? どれだけ旨いかは、実際に食べてみてくれよ!」


「……いや、ちょっと違うかな?」


 店に入ろうとするオスカーをカルマが止める。


「あ? 何だよ、気に入らないことでもあるのか?」


 オスカーは不満そうだが、カルマは譲らなかった。


「悪いな、オスカー。俺が行きたいのはこういう店じゃないんだ。例えばさあ……」


 そう言うなり、カルマは再び歩き出した。その後をアクシアが付いていく。

 オスカーは仕方なく、二人の後を追った。


 初めて訪れたラグナバルの街中を、カルマは躊躇せずに歩いていく。

 その進む先は表通りからどんどん離れていった。


 道幅は狭くなり、整備が行き届いていない捻じ曲がったもの変わる。舗装されていない剥き出しの砂利道で、周囲の建物も古びた物が多くなり、所々に破損したまま放置されているものがあった。


「おい、カルマ……ちょっと待てって! この辺りを余所者が歩くと面倒事になるから、止めておけよ!」


 周囲で見掛ける人々の様子も、明らかに先ほどまでと変わっていた。

 みすぼらしいというか薄汚い感じの格好をした者ばかりで、目つきも悪かった。


「そうか? 俺は別に気にならないけど――」


 カルマは何かを探している感じだった。擦れ違う嫌な感じの視線に気づいていないのか、オスカーの制止を無視してさらに奥へと歩いていく。


「おい……いい加減に!」


 オスカーは周囲を警戒しながら、速足でカルマに追いついた。

 肩を掴んで強引に振り向かせようとするが――


「ああ、そうそう。こんな感じの店かな」


 カルマは立ち止まって、目の前の建物を眺めた。

 隣に立つ形になったアクシアが、憮然とした顔でオスカーを睨んでいる。


 その建物は古びてはいたが、周囲と比較すればしっかりとした作りだった。

 外に看板が出ており、店内では食事をしている客がいたから食堂であるのは間違いないようだが、地元民が通う気安い感じの店という雰囲気ではない。

 

 まばらな客が着いているのは、あまり掃除をしているとは思えない傾いたテーブル。

 店の入口には肩に刺青を入れた二人の男が、抜き身の剣を手にして立っていた。


「よう、俺たちは腹が減っているんだ。何か食わせてくれよ」


 刺青の男たちに話し掛けて、カルマは店の中に入っていく。

 アクシアも躊躇うことなく後に続いた。


 まばらな客と、一応店員らしい男たちがあからさまな警戒心を向けて来るが、カルマとアクシアは全く気にせずに、一番奥のテーブルで並んで席に座った。

 こうなれば仕方ないかと、オスカーも諦めて二人の向かい側に座る。


「オスカー。さっき肉料理がおススメだって言っていたよな?」


「ああ、この店の話じゃないけどな……」


 オスカーが不機嫌に応える。それもそうだろう。


「……なあ、注文して良いか? 肉料理を適当に大皿で。あとは任せるから、とにかく腹にたまるものを出してくれよ」


 カルマは店員を呼び止めて、本当に適当な感じで注文をした。


 店員は顔をしかめると、何も言わずに厨房の方に歩いていく。

 オスカーは何気さを装って周囲を警戒する。ここはラグナバルで最も治安の悪い区画の一つなのだから――


 三重の外壁に囲まれた城塞都市ラグナバルは、二番目の外壁の内側までは非常に治安が良かった。外側の区画でも大通りに面した場所やその周囲では犯罪が少なかったが、裏通りに入っていくと次第に環境は悪化する。特に旧市街地であるこの辺りの区画には、裏家業に手を染める者たちが多く住んでいる。


 当然オスカーは、それを知っていたから、カルマを止めようとしたのだが。


「なあ、カルマ……いったい、どういうつもりなんだ?」


 オスカーは睨むが、カルマは意も介さずに屈託なく笑った。

 

「悪いな、オスカー。実はもう一つ用事があってさ。メシを食いながら、少しだけ付き合ってくれよ?」


「用事だって……こんなところにか? そんな話、聞いてないぞ!」


「そうだろう。今初めて言ったからな」


 悪びれる様子もなく告げる。オスカーは呆れる他はなかった。


「おい、カルマ……」


「ほら、メシが来たぜ……続きは食いながらってことで良いよな?」


 目つきの悪い店員が料理を運んでくる。大皿に乗った大量の焼き肉と野菜の炒め物に、蒸かした饅頭のようなもの。店の様子に反して、まともな料理が出てきた。


 店員は荒っぽくテーブルに料理を置くと、カルマたちを一睨みして立ち去っていく。


「とりあえず、食おうぜ……アクシア、今日は好きなだけ食べて良いからな」


「うむ……その男の前だが……本当に構わないのか?」


「ああ、オスカーだから問題ない……ということで、オスカー? 先に言っておくけど、驚くなよ?」


 カルマが何を言おうとしたのか、オスカーはすぐに悟ることになった。


 テーブルに並べられた大量の料理が、まるで消滅するかのように次々とアクシアの口の中に消えていく。

 目つきの悪い店員や、店の外に立つ刺青の男たちも、アクシアの喰いっぷりに思わず目を奪われた。


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