第29話 冒険者ギルドへようこそ


 冒険者ギルドの建物は、目抜き通りから西に延びる大きな通りの一つに面していた。

 二階建ての石造りの建物は砦を模した作りになっており、正面玄関の扉には、冒険者ギルドの紋章である六芒星を円で囲んだマークが描かれている。


 カルマたちが入口の扉を潜ると、一階に並べられたテーブルに陣取る者たちが、何気なさを装いながら視線を向けてきた。見知らぬ来訪者を値踏みしようという意図が、抜け目のない目つきから感じられる。


(……順当な反応だな)


 一人一人を観察しながら、カルマは何も気づいていない素振りで受付に向かった。


 受付に立つギルドの職員らしい女の一人が、カルマたちに気づいて事務的な笑顔を浮かべる。


「冒険者ギルト・ラグナバル支部へようこそ。今日は仕事の依頼――という訳ではないようですね?」


 ハルバードを片手で軽々と持つアクシアを見て、そう判断したようだ。


「ああ、そうだよ。オスカー・ロウの紹介で来たんだけど?」


「よう、カルマ! 待ってたぜ!」


 吹き抜けになっている二階のテーブルから、オスカーが立ち上がって声を掛ける。

 隻眼の冒険者は同席者に何か告げると、速足で階段を下りてきた。


「リリアさん。こいつが、さっき話したカルマだ」


 オスカーは気安い感じでカルマの肩を押して、職員の女に紹介する。アクシアが睨んむが、オスカーは気づかないふりをした。


「ああ、オスカーさんと同じ隊商で活躍したという――初めまして。私はリリア・ローウェル。このギルド支部の事務長をしております」


 藍色のストレートの髪を肩の長さで切り揃え、キレ長めの目をした知的な感じの女性。年齢は二十代半ばというところだろうか。


「俺はカルマ。こっちが連れのアクシアだ」


 フルネームで役職まで名乗ったリリアに対して、カルマの自己紹介は余りにも簡潔だった。しかし、冒険者には脛に傷を持つ者が多いことを承知している彼女は詮索などしないで、慣れた感じで受け流した。


「オスカーさんから話は聞いております。お二人は冒険者ギルドに加盟されたいということで、よろしいでしょうか?」


「ああ、その通りだよ。リリアさん、話が通っているなら、早速手続きを進めて貰えるかな?」


「ええ、承知しました。では、まずはこちらの用紙にお名前と生年月日を書いて頂けますか?」


 渡された羊皮紙に、カルマが羽ペンで二人分記入する――生年月日を書く状況は予め想定していたから、アクシアと事前に決めておいた架空の期日を書き込んだ。


 この世界にも一応戸籍に近い住民台帳というものが存在する。

 しかし、住民台帳はあくまでも税金を取るためのものであり、特定の場所に定住していないなどの理由から、台帳に記載されていない人間も多い。


 偽名を使う者も多く、生年月日を確認する手段は無いに等しい。それでも冒険者ギルドが生年月日を書かせる理由は、単純に同姓同名の登録者を区別するためだった。


「それでは、少々お待ち頂けますか?」


 リリアは記入済みの羊皮紙を持って、受付の奥にある扉の中に姿を消した。

 それから二十分ほど待つと、リリアが戻ってくる。


「お待たせしました。同名・同生年月日の登録者はおりませんでしたので、記入されたカルマさん、アクシアさんの名前で、そのまま登録させて頂きます。登録料としてお一人につき銀貨十枚が掛かりますが、よろしいでしょうか?」


「ああ、問題ないよ」


 カルマはポケットを探って、二十枚の銀貨をカウンターに置く。

 無造作に取り出した感じなのに、ちょうど二十枚の銀貨が出できたことにリリアは気づいていた。


「確かに代金を頂きました。それでは、もう少々お待ちください」


 リリアは再び奥の扉の中に消える。

 今度は十分ほどで、鎖に繋がれた二つのプレートを持って戻ってきた。


「こちらがギルドのメンバープレートです」


 リリアが渡したプレートは、オスカーに見せて貰ったプレートとは少し異なっている。プレートの下の部分に取り付けられている独立した金属片が銀ではなく青銅だった。


「以上で登録は完了です。ギルドが斡旋するに仕事ついては、あちらの掲示板の張り紙をご覧頂くか、私ども職員に希望される内容を教えて頂ければ、可能な範囲で希望に沿ったものをご紹介します」


 これだけで終わりなのか? あまりにも簡単な手続きにカルマは疑問を抱いた。


「リリアさん、質問しても良いかな?」


「ええ、どうぞ」


「自己申告の名前と生年月日を聞いただけで、冒険者ギルドは加入を認めるのか? こんなやり方だとメンバーの質が落ちると思うけど……とりあえず登録料で稼げるから問題ないとか?」


 不躾な質問に、リリアは笑顔で応えた。


「ええ、当然の疑問ですよね。勿論、本来であれば最低限の実力があるか、また性格的な問題がないか、加入して頂く前に試験を行うのですが。今回は銀等級のオスカーさんの推薦でしたので省略させて頂きました」


「なるほどね。ところで、等級って……」


「ああ、そこは俺が説明するぜ」


 退屈していたオスカーが口を挟んでくる。


「冒険者ギルドのメンバーには等級があってな、等級によって斡旋される仕事のレべルが決まるんだ。等級は上から金・銀・黒鉄・青銅・無印。ほら、おまえたちのプレートには青銅の等級章ランクエッジが付いているだろう? それが青銅等級の証だぜ」


 青銅等級だから青銅製、オスカーは銀等級だから銀製の等級章か。非常にシンプルな区別の仕方だなと思った。


「最初は無印じゃなくて、いきなり青銅等級からで良いのか?」


「ああ、普通は無印からだが。さすがに、おまえたちの実力で新人扱いはどうかと思ってな、俺が無理矢理押し込んだんだよ……青銅でも不満なら、等級試験を受ければ黒鉄等級からでも始められるが、どうする?」


「いや、別に等級に不満はないけど……」


 それよりも推薦だけで試験をパスして、さらに等級まで上げる適当なやり方に不安を感じる。


「カルマさんが何を言いたいのか、だいたい解りますよ。私たち管理が良い加減過ぎるって、思ってますよね?」


 カルマの疑念を言い当てて、リリアはにこやかに笑った。


「ですが、そもそも試験で人を測ること自体に無理があると思いませんか? 短期間かつ画一的な方法で、実力や性格を正確に測る方法なんて存在しませんから。試験の方法が解れば対策も打てますし、だから結果なんて参考くらいにしか考えていませんよ。

 むしろ私たち冒険者ギルドは、人伝てによる信頼と信用を第一に考えています。特に相手がギルドのメンバーや利害関係者であれば、何か問題が発生した場合は 直接本人にも影響が及びますからね」


 リリアの台詞は、周りの冒険者たちにも聞こえていた。

 だから、自分たちは信頼されているのだなと甘い勘違いをする者がいないように、笑顔のまま視線を巡らせて念押しする。


「勿論、私は皆さんを信用していますよ。だって信用を裏切ったら貴方たちも困ることになりますから――」


「おいおい、リリアさん。今日は一段と迫力があるというか……明け透けだな? 何か厭なことでもあったのか? そのくらいのこと、言わなくても皆解っているだろう?」


 空気を察して、オスカーが周りをフォローするように口を挟むが、リリアは引下がらなかった。


「いいえ、解っていない方が最近増えていまして、私たち職員も困っていたところなんですよ。だからカルマさんが理に叶った質問をされたので、こちらも良い機会だと思ったまでてして――物事を鵜呑みにするのではなく、仕組みを理解しようとされる方を、私たちは歓迎しますよ」


 さすがに事務長をやっているだけはあるかなと、カルマは少し感心した。

 だから、さらに突っ込んだ質問をすることにする。


「もう一つ聞いても良いかな? リリアさんの説明は理解したけど。結局、能力や性格に問題があるメンバーがトラブルを起こすこともあるだろう? そういう奴は懸賞金を掛けた上で永久追放にするってオスカーに聞いたけどさ。ギルドが被った被害はそのまま残る訳だし、捕まえても、懸賞金の分だけさらに損害が増えるだけじゃないのか?」


「そこは問題ありませんよ――ギルドが被った被害は賠償請求をして本人に清算して貰います。払えなければ本人を隷落ちにして売却して、不足分は紹介した方に負担して貰いますから。何処に逃げようとも、ギルドの情報網で確実に炙り出します――我々職員もメンバーの方も自分たちの信用にも関わることですから、最優先で対処して貰いますよ」


 リリアは笑顔のままだったが目は笑っていなかった。

 そんなリリアを、カルマの後ろからアクシアが睨んでいたが、リリアは平然と笑顔で受け止める。


「ありがとう、リリアさん。おかげで良く理解できたよ。正直なところ、仕事を受ける機会はそんなにはないと思うけど、追放者を追い詰めるときは俺も協力するから」


「ええ。仕事の方も気が向いたら、是非お願いしますね」


 カルマとリリアのやり取りを、オスカーは呆気に取られて眺めていたが、勝手に話が終わってしまったので、肩を竦めて苦笑する。


「何だかなあ……俺がいなくても問題なかったみたいだな?」


「そんなことないさ。オスカーの紹介がなかったら、色々と面倒だったと思うよ」


 リリアのことをまだ睨んでいるアクシアに視線を流して、カルマは苦笑する。


「ところでさ。ギルドを紹介してくれた礼にメシを奢るから、旨いメシ屋を知っていたら教えてくれないか?」


「ああ、ちょうど俺も腹も空いてきたところだし、そいつは悪くない話だな。この通り沿いにも何件か良い店があるから、適当なところに行こうか……じゃあ、リリアさん。そうゆうことで、また今度な!」


 リリアに挨拶をして、三人はギルドを後にした。


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