第28話 竜の女王の買い物
オスカーに紹介された正門に一番近い武器屋『スタンガル武器店』は、確かに悪くない感じだった。店内は決して広くなかったが、それぞれの武器は種別ごとにきちんと整理して並べられており、手入れも行き届いている。
この国の武器の一般的なレベルをカルマは知らないが、護衛たちに見せて貰ったものと比較しても、この店に並んでいる武器の品質は同等かそれ以上だった。
今日までに知ったこの世界の常識の範囲で考えれば値段は決して安くないが、高すぎるという程でもない。
「カルマよ……我の得物のカバーは、どれが良いだろうか? ……其方の意見を聞かせてくれぬか?」
さすがは大都市の店というところか、同じような形状の革製のカバーでも様々な色に染められており、刻印が刻まれていたり、刺繍が施されているなどデザインも複数あった――アクシアには買い物自体が楽しいようで、嬉々とした顔で話し掛けてくる。
「そうだな……おまえの得物には突起物が三ヶ所ついているから、その全てを覆うサイズで、引っ掛かりがなくて簡単に取り外しができるものが良いと思うけど?」
「いや、そのくらいは我も解っておるのだが……う、うむ。そ、そういう形状をした物の中で……ど、どれが我に一番似合うと……」
途中から声が小さくなって聞き取れない。
ここまできて、ようやくカルマもアクシアの意図に気づいた。
「……そうだな。赤い髪のおまえには、こういった白く染めた革の方が似合うと思うよ。デザインは――この大きな翼の刻印が良いんじゃないか?」
共犯者だと認めたアクシアに、いい加減なことを言う気はない。だから真剣に、一番似合うと思うものを選んだ。
「そ、そうか……ならば、我はそれが良い……」
心底嬉しそうに微笑むアクシアを眺めて、カルマは少しだけ罪悪感を覚えた。
カバーを選んだ後も、カルマは店内の武器を物色した。元々、武器を買う気などなかったが、棚に並ぶ武器を見て少しだけ興味を持ったのだ。
技術レベルは決して高くはないが、職人気質で丁寧に作られた短剣を一本手に取ると、白革のカバーと一緒にカウンターに持っていく。
「まいど……その短剣を選ぶあたり、お客さんの目もなかなかだな。うちの店は初めてみたいだけど、通りすがりに寄っただけかい? それとも誰かに紹介されたのか?」
顎髭を整えた三十前後の店員が気さくに話し掛けてくる。
「この店はお勧めだって、オスカー・ロウに聞いたんだよ」
店員は少し驚いたような顔をした。
「へえ、あのオスカーの知り合いなのか? それじゃあ、あんたも若く見えるけど腕利きなんだな? だったらサービスしとくから、うちのお得意様になってくれよ。強い奴の口コミほど、良い宣伝はないからな」
いつもなら軽口で受け流すところで、真面目に反応をするのも場違いかと思ったが。
一応オスカーの紹介だから、確認しておくことにする。
「サービスして貰う前に、先に言っておくけど。この店の武器は確かに悪くはないが――正直に言わせて貰えば、そこまで上等だとも思わないよ。だから、俺は過剰な宣伝をする気はないけど、それで構わないか?」
明け透け過ぎる言葉に、店員は目を細める。
「へえ……随分とはっきり言うじゃないか!」
空気が変わったことを察知して、アクシアが敵意を向けるが――
「だけど、そういう客は嫌いじゃないぜ。さすがはオスカーの紹介だな!」
ガハハという感じで、店員は豪快に笑った。
「そう言えば……自己紹介がまだだったな。俺はダニエル・スタンガル、この店の店主だ。あんたみたい目が利く客は、駆け引き無しで歓迎するぜ」
買い物を済ませて、スタンガル武器店を後にする。
アクシアは選んで貰ったカバーを抱えて、満足そうに歩いていた。
カルマは店で買った短剣をダニエルがサービスで付けた鞘に入れて、店を出る前に金色の剣の反対側に差している。うん、悪くないなと、カルマも新しい武器に満足していた。
そのまま冒険者ギルドに――向かわなかった。
カルマは不意に角を曲がると、路地裏の方に歩いていく。冒険者ギルドがある通りとは逆の方向だった。アクシアは不思議に思ったが、カルマが間違える筈はないと疑問も挟まずに付いていく。
「少しくらい、文句を言っても良いんだからな?」
カルマは少し呆れたように言うと、周りに人がいないことを確認して――認識阻害領域を拡大させた。
五感どころか、第六感でも感知できない空間の隔たりを感じて、アクシアは今さらながら息を飲む。
「これで問題ないな――アクシア、
「ああ、そういうことか……承知したぞ!!!」
アクシアが収納庫から取り出したのは、金色に輝くハルバードだった。
二メートルを超える長さのポールアームの先端からは、鋭い槍の穂が伸びる。
先端から三十センチほどの位置には分厚い金属で造られた凶悪な斧が、その反対側からは牙のような形状のスパイクが突き出していた。
「何度見ても思うけど、これでもかってくらい攻撃的な武器だな……ホント、アクシアらしい選択だよ」
ハルバード自体はアクシアの宝物庫から持ってきたものだが、カルマは後付けで二つのギミックを仕込んでいた。
一つ目は、ポールアームの支柱の中間地点に埋め込まれた赤黒い水晶――その正体はカルマの世界の技術を用いた魔力増加装置だ。人の姿となることで制限されたアクシアの魔力を、武器を通して魔法を発動させることで補ってくれる。
本来であれば、カルマがアクシアに渡した巨大なルビー――正確に言えばルビーで創った中核結晶体を用いる予定だった。しかし、最悪の場合は武器を放棄する可能性を想定しているとカルマが説明したことから、その案は却下された。
代わりに埋め込んだのは、カルマが宝物庫の水晶から作った劣化版だったが、この世界の基準で言えば十分な性能を持っていた。
そして、もう一つ仕込んだギミックが――使用者の意思によって伸縮自在の柄だ。
ポールアームの欠点は狭い場所で取り回しが利かないことだが、このハルバードは魔力を注ぐことで柄の長さが変化し、柄を短くすれば戦斧として使うこともできる。まさに万能を絵に描いたような武器だった。
状況に応じで複数の武器を使い分けることも考えたが、このハルバードはアクシア自身が人間の姿での戦うことを真剣に考えた上での選択肢であり、狭い場所での戦闘においても、できれば戦斧が望ましいという答えを出していた。
その自主性を尊重して、カルマがハルバードに手を加えたのだ。
ここまでは理屈に基づいた話だが――もう一つ。理屈などよりも、もっと重要な理由からアクシアはこのハルバードを選んでいた。カルマも初めから気づいていたが、選択自体は間違っていないから黙認する外はなかったのだ。
金色はカルマとお揃い――それがアクシアにとって最大の関心事項だった。
さらにはカルマが手を加えたことで、もはやハルバード以外の選択肢はなくなった。
「さっそくカバーを付けてみるか?」
理屈以外の理由を、カルマは意識的に記憶から消した。
「うむ、そうだな……」
総重量五十キロを超えるハルバードを、アクシアは片手で軽々と持ち上げる。
槍と斧とスパイクの部分に全体を覆う白革のカバーを取り付けると、再び満足そうに頷いた。
「カルマが選んでくれたカバーも、本当に素晴らしいな……」
「その反応はさすがに大袈裟だろう……ハルバードのこともそうだけど、あくまでも武器とカバーなんだから。大事に扱い過ぎて戦えないのは論外だからな?」
「………………勿論だ。そのくらい我も解っておる」
応えるまでの間の長さに、釘を刺しておいて正解だったとカルマは確信する。
「それじゃあ。そろそろ冒険者ギルトに行くとするか」
「うむ……」
認識阻害領域の大きさを元に戻して、カルマは歩き出す。
そのすぐ後ろを、アクシアは浮かれた感じで付いていった。
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