第27話 隊商との別れ


 ようやく門も間近に迫り、カルマたちの順番がやってきた。


 先頭の馬車に乗るダグラスは衛兵に荷物と同行者のリストを見せながら、何か説明をしている――リストに隠して衛兵に銀貨を手渡す瞬間をカルマは見逃さなかった。


 それから僅か数分後に、隊商は都市に入ることを許可された。後に続く十一台の馬車は一度も止められることなく、門を潜り抜ける。


 正門から続く広い目抜き通りを抜けて、小さな広場のような場所に差し掛かると、隊商の馬車の列は再び停止した。どうやら、ここで解散のようだ。


 先頭の馬車からダグラスが下りてきて、カルマたちの方にやってくる。


「やあ、カルマ君。そろそろ君たちとの楽しい旅路も終わりを告げる。我々は悲しむべき別れのときを迎えることになった訳だが……」


 アクシアに睨まれても、ダグラスは動じなかった。

 彼にとっての最上は女性の美しさだが、それに匹敵する価値を持つものに対しては、商売人としての強かに対処することもできるのだ。


「ここで一つ、君たちに提案がある……僕の隊商に留まる気はないかね? 君たちほどの実力者を単なる護衛として雇うことは難しいだろうが、僕のビジネスのパートナーとしてなら、話は別だと思うんだ? 君たちは力で、僕は商才を用いて互いに協力し合うというのは、悪くない提案だと思うが如何だろうか?」


 使用人たちが驚愕するほどの好条件をダグラスは提示していた。プライドの高い彼が対等のパートナーとなることを提案するなど初めてのことだろう。


 カルマは屈託のない笑みを浮かべて即答する。


「評価してくれるのはありがたいけど――この話は断らせて貰うよ。理由は言わなくても解るだろう? 俺たちは訳ありなんでね」


 互いが相手の反応を予測していたから、あっさりと話は終わった。ダグラスも断られることを承知した上で、今後の友好関係を築くために誘ったのだ。


「そうか、僕としては大変残念なことではあるが……それも仕方あるまい。それではカルマ君。何か困ったことがあれば、いつでも僕のことを頼ってくれたまえ」


 ここで終わっていれば、最上の締め括りだった。しかし――それはダグラス・レイモンドという男の生き方ではないのだ。


「麗しのアクシア嬢――貴女の愛を最後に勝ち取るのは、この僕だということを覚えておいてくれたまえ」


 ダグラスは緩やかな動作で大きく腕を振ると、美姫の前に膝まづく騎士のようなポーズでアクシアを見上げた。


 アクシアは憮然とするが、ダグラスは気にも留めていない。

 颯爽と立ち上がって爽やかな笑みを浮かべる姿に、こいつの女好きは筋金入りだなと、カルマは思わず噴き出してしまった。


「カルマよ……其方は何が可笑しいのだ?」


 不満そうなアクシアに、カルマは必死に笑いを堪える。


「……いや、ホント、別に深い意味はないんだよ。いかにもダグラスらいしなって、思っただけだから」


 アクシアはカルマの考えの全て理解できる訳ではないが――その瞳の奥を疑う気など一切なかった。だから、カルマがそう言うのであればとすぐに機嫌を直す。


「ならばカルマよ。我らも行こうではないか!!!」


 馬車の列が広場から移動を始めるのを合図に、カルマと護衛たちも解散という流れになった。もっとも、オスカーを含む護衛の大半は、ダグラスがラグナバルでの商談を終える一週間後には、再び隊商の護衛として雇われることになっている。


「それじゃあ、オスカー。また後でな」


「ああ、ギルドで気長に待っているから、ゆっくり買い物して来いよ」


 気遣いのできるオスカーは、女性の買い物を急かしたりしなかった。


※ ※ ※ ※


 広場で護衛たちと別れた後。カルマたちはオスカーに教えられた武器屋へと真っすぐに向かった。


「この都市に来るのは我も初めてだ!!! もっと狭苦しい場所かと想像しておったが、意外と広いようだな!!!」


 二人きりになり、もう情報収集の邪魔になると遠慮する必要もなくなったので、アクシアは道すがら、しきりとカルマに話し掛ける。


「ああ、区画整理をしているからだろう? 同じような規模でも無計画に拡大した街だと雑然としていて、もっと狭苦しく感じると思うよ」


 カルマが知っている人間の都市の多くが、正にそんな感じだった。


「なるほど、そういうことか!!! 我の版図に近い人間の都市は、確かにもっと狭くて息苦しい感じだったな。広く感じる場所の方が、我の好みだぞ!!! ……なあ、カルマよ!!! 向こうに見える白く大きな建物は、人間の城なのか? あれくらい大きければ、我が竜の姿になっても入ることができるな!!!」


 嬉々として喋り続けるアクシアに、カルマは苦笑する。


「たぶん、そうだな……なあ、アクシア? おまえも喋るのが好きみたいだから、そろそろ人間とも話をしてみたらどうだよ? あいつらの話も結構面白いし、知識として役に立つことも多いと思うけど?」


「うむ……カルマが、そう言うのであれば……」


 アクシアが乗り気でないことは一目瞭然だった。誰かと話したいのではなく、カルマと話をしたいのだ。

 そのくらいはカルマも察していたが、黙認する気はなかった。急かすつもりはないが、アクシアにも人間を理解できるようになって欲しい。人間たちは神々の計略に深く関わっており、計略を阻止するために彼らを無視することはできないのだから。


「ところで、カルマよ……先ほど我の武器を買うと言っていたが、その話は先日解決したのではないのか?」


 人の姿でいるときの武器の重要性を説き、そのまま保留となっていたアクシアの武器の選択については、隊商との五日の旅路の間にすでに答えを出していた。

 それでも、今もアクシアが武器を身に纏っていないのは、単純な理由からだった。


「さっきのは、収納庫ストレージのことを詮索されないためのブラフだよ」


 魔法に精通しているアクシアですら知らなかったのだ。この世界に収納庫が認知されている可能性は低い。

 だからカルマは、収納庫の存在を現時点で他者に教える気はなかった。


「あの派手な見た目じゃ苦しい言い訳になるけど……一応、どこかの店で買ったって思わせておきたいんだよ。あとは、街中で刃を剥き出しで持ち運ぶとトラブルの元だから、武器のカバーくらいは調達しようと思ってね」


 都市でも武器を携帯することが禁じられてはいないことは確認済みだった。しかし、派手に武器を持ち歩けば、衛兵や裏の人間に目をつけられるリスクはある。


 そんなことをしなくても、別の理由ですでに目立っているのだから――街に入った瞬間から感じている視線に、カルマは鼻を鳴らす。


(おまえたちが勘違いして痛い目を見るのは勝手だけど……俺を巻き込むなよな?)


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