第26話 冒険者になった理由
「それにしてもさ、こんなブレート一枚で信用するのか? 偽造なんて簡単だろう?」
プレートをまじまじと見て疑わしそうに言う。作りも決して精巧ではなく、金属細工をかじった程度で簡単に作れそうだった。
「いや、魔法で『承認紋』を付与しているから偽造は難しい。承認紋に反応するマジックアイテムをギルドが街に配布して、判別させる仕組みなんだよ」
「へえ、意外と手の込んだことをするんだな?」
「ああ。偽造されたらギルドも信用問題になるからな……ちなみに魔法で付与されているのは承認紋だけじゃないぜ? メンバーの登録情報と経歴も記録されているから、他人のプレートを使って成りすましをするのも難しい」
「……でもさ。所詮は魔法で記録しているだけだろう? 承認紋の偽造や、偽の経歴を書き込むことができない訳じゃないよな?」
逆に魔法なら術者の能力だけの問題であり、物理的な仕掛けよりもある意味容易い。
当然の疑問だったが、オスカーは否定した。
「勿論、力のある魔術士なら不可能じゃないが、やる馬鹿はいないぜ。同じ記録をギルド内部でも共有しているからすぐにバレるし、ギルドに喧嘩を売るような真似をすれば懸賞金を掛けられて永久追放だからな。それこそ本気でギルドを潰す気でもなけりゃ、やる価値はないと思うぜ」
そういことか。どうやら管理体制にも問題ないようだし、ギルドに入るのも悪くはないなとカルマは思った。
「ところで……オスカーは冒険者ギルドに入っているんだよな? 仕事柄傭兵ギルドの方が合ってある気もするけど、どうしてだよ?」
「俺も以前は、傭兵ギルドに所属していたんだがな……」
オスカーは少し懐かしむように語った。
「この辺りは貴族の小競り合いが多いから仕事には困らないが、紛争地帯でも毎日戦闘がある訳じゃないから、案外暇なんだよ。だったら、自分から動ける冒険者の方が面白いかなと思って転向したんだ」
なるほどねとカルマは頷く。宿場町エルダで出会ったからの一週間弱で、オスカーの性格は大よそ把握しいる。能力があるから部下を指揮することもできるが、どちらかというと自分で動きたいタイプだ。
「それで、実際のところはどうだったんだよ?」
「そうだな……冒険者ギルドの方が俺には合っていると思う。今回はおまえに仕事を取られた形だが、冒険者ギルドの仕事にも、それなりに戦う機会がある。傭兵と違って細々としたことも多いが、暇を持て余すことはないぜ。それに良い仕事にも巡り合えたからな――」
オスカーは声を落とした。
「カルマは嫌っているようだがな、俺はダグラスの旦那のことが結構気に入っているんだぜ? 女さえ絡まなければ尊敬できる男だし、ついて行けば程よいスリルのある生活を送ることができるからな」
「俺だって別に嫌ってるって訳じゃないさ――女さえ絡まなければね」
二人は腹から声を出して笑った。
「まあ……カルマは気楽そうに振舞ってはいるが、これまで苦労してきたのは何となく想像がつくぜ。それだけの腕を身につけたのだって、訳ありの理由からだろう?」
オスカーの視線に生暖かいものを感じて、カルマは内心で辟易する。
家柄や身分、あるいは種族的な問題から一族に反対されて、愛人と駆け落ちした異国の貴族の子弟――これが周囲の人間が思い描くカルマとアクシアの関係だった。
カルマ自身がそう考えるように誘導した訳だが――二人の実力を知ったことで、彼らの想像はよりヒロイックな方向に向かった。
禁断の魔術に手を染めた亜人の血を引く魔女と、恋人である彼女を守るために強くなった貴族の魔法剣士。血に染まる道を歩きながら、二人はこの地に流れてきた――完全に自業自得だと自覚しながら、カルマはもう勝手にしろよという気分だった。
「……とりあえずさ、その話は止めてくれないか? あまり人に話したい内容じゃないんでね」
「ああ、そうか……悪かったな」
オスカーが気遣いのできる男で本当に良かったと安堵して、カルマは列に並ぶ人々に視線を向けた。
肌や髪の色、服装や持ち物にも統一感がなく、実に様々な人々がいる。その多くは人間だったが、亜人や混血らしい者も少なくなかった。
アクシアのように縦長の瞳孔を持つ者も複数見掛けたから、彼女の外見だけが異質という訳ではないようだ。
オスカーと長話をしているときも、アクシアは当然のようにカルマの隣にいた。
隊商と行動を共にしている間は、彼らからの情報収集を優先することに納得しているようで、相変わらず黙って会話に耳を傾けながらカルマを見つめている。
「アクシアも……あれだけの魔法が使えるんだ。もし冒険者ギルドに入れば、実際に仕事を受けるかどうかは別にして、それこそ引く手数多だろうな」
オスカーはアクシア本人にではなく、カルマに言った。彼女を無視する気などなかったが、どうせ本人に話し掛けても無駄だとは思っていた。
「だろうな……オスカー、ギルドの話はよく解ったよ。メリットはあるみたいだし、俺も街に入ったら冒険者ギルドに行ってみるよ」
「おお、そうか! おまえなら大歓迎だぜ!」
「だけどその前に……まずは武器屋に行きたい。アクシアの護身用に何か調達したいんだけど、良い店を知らないか?」
カルマはアクシアの方に視線を促す。確かに、武器の類は一切持っていないように見える。いくら力のある魔術士だといっても、護身用の短剣くらいは必要だろうとオスカーは頷いた。
「高級品を扱う店じゃなくても構わないなら、幾つか心当たりはあるぜ? 街の正門から近い場所にあるのが一軒と、あとは……」
オスカーは三ヶ所の武器屋の名前と場所を簡潔に説明した。
「ありがとう、助かるよ……じゃあ、俺たちは武器屋に寄ってから冒険者ギルドに行くけど、オスカーはどうするんだ?」
「この隊商の護衛もギルドに斡旋された仕事だからな、報告と報酬を受け取るためにギルドに行く必要がある。おまえたちが来るなら、俺は先にギルドに行って話を通しておいてやるよ」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
それからも彼らは街に入るまで一時間近く待たされることになった。
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