第25話 オスカー・ロウは良い奴だ


 盗賊の襲撃を受けた後、周囲の人間の態度が明らかに変わった。


 使用人たちは二人を見掛けると畏怖するように頭を下げる。護衛たちもカルマに一目を置いたのか、馴れ馴れしい態度を取らなくなった。

 百人近い盗賊を瞬殺したのだから、距離を置かれるのも仕方がないことだろう。


 それでも、あからさまに怖がる者がいないのは、盗賊が彼らの宿敵だからだ。隊商のメンバーの大半が盗賊との戦闘を一度は経験しており、仲間や家族を殺された者も少なくないのだ。


 しかし、カルマの方は周囲の変化などお構い無しだった。


「おいおい、いきなり態度を変えるなよ、傷つくなあ。俺のことを何でも力で解決する脳筋とか思ってるだろう?」


「いや、そんなことは……だけど、あんたほどの実力者に対して、失礼な態度は取れないだろう?」


「あのさあ……俺は仲間が傷つくのを見たくないから頑張ったんだよ? なのに、いきなり他人行儀になるとか酷くない?」


 遠慮されようが、敬遠されようが、相手の懐にグイグイ踏み込んでいく。

 相変わらずの調子に周りも次第に絆されていき、その日の野営をする頃には、彼らの関係は元のように戻っていた。


 そして、盗賊との戦闘から二日後――

 隊商は予定通りにクロムウェル王国南部の都市ラグナバルに到着した。




 三重の城壁に囲まれた城塞都市ラグナバルは十万人以上の人口を抱えていた。この世界の基準でいえば地方の主要都市という規模だ。


 カルマたちが通ってきた南側の街道の他、北と東と北西へ、計四つの街道がラグナバルから伸びていた。

 北の街道はクロムウェル王国の王都バーミリオンへ……東は港湾都市カザルフへ……北西の街道は自由都市イスタバルでさらに分岐して、グランテリオ諸国連合に加盟する他の国々へと繋がっていた。


「なあ、カルマ……おまえって傭兵ギルドにも、冒険者ギルドにも所属していないんだよな?」


 都市に入るための手続きを待つ長蛇の列に並びながら、衛兵隊長のオスカーが何気ない感じで訊いてくる。


「ああ、そうだけど……ギルドに所属していないと何か不都合でもあるのか?」


「いや、そうじゃない。おまえくらい腕が立つなら、ギルドに入れば相当稼げると思ってな」


 この世界に存在する二つのギルドについては、これまでの情報収集から把握している。

 傭兵ギルドも冒険者ギルドも腕っぷしで金を稼ぐ者たちを束ねる組織だが、扱う仕事の内容と運営スタイルの違いによって棲み分けを行っていた。


 傭兵ギルドが請け負う仕事は、主に町や砦などの拠点の防衛や、戦時における兵力の派遣だ。仕事の規模が比較的大きいこともあって、傭兵を個別に派遣することはなく、ギルドが部隊を組織して送り込む。さらには、傭兵たちが集団戦で機能するように、ギルドは自らの予算で訓練を施していた。


 ギルドが請け負った任務の何れに参加するかは、募集人数やスキルによる制限はあるが、傭兵自らが選ぶことができる。つまり傭兵ギルドは、自らの責任で一定規模の仕事を請け負う組織なのだ。


 それに対して冒険者ギルドは自ら仕事を請けるのではなく、あくまでも個々の冒険者に斡旋するスタイルを取っている。

 取り扱う仕事は多岐に渡り、護衛やモンスターの討伐から、人や物の捜索、身辺調査や単純な肉体労働まで――要するに法や風俗的な問題に抵触しないもの全てだった。


 これだけ聞けば、冒険者ギルドが杜撰な運営をしているように思えるが、実際はそうではない。斡旋する仕事が法や風俗的に問題のないものか、また冒険者の報酬が仕事の内容に見合ったものかを、ギルドは自ら情報収集を行って精査している。


 節操がないほど多岐に渡る仕事を扱う理由も、ギルドに所属する冒険者の実力や性質が幅広いことに起因していた。あらゆる種類の冒険者に適切な仕事を斡旋するには、ラインナップを広げる必要がある――

 つまり、冒険者ギルドも斡旋というスタイルに適した組織運営をしているのだ。


 ちなみに、今回のような隊商の護衛は、どちらのギルドも取り扱っている。護衛部隊と契約したいなら傭兵ギルドに、護衛を個別に雇いたいなら冒険者ギルドに仕事を依頼すれば良い。


「……そんな話をされてもさ。金に困ってないから興味ないんだけど?」


「いや、そうじゃないんだ……俺の言い方が悪かったな」


 オスカーはばつが悪そうに応えた。


「報酬の話は二の次なんだ――他人の事情を詮索する気はないが、おまえも訳ありで祖国を出てきたんだろう? 他に伝がないなら、ギルドに入った方が動き易いと思うぜ」


 ギルドには様々な情報が集まるから、この辺りの事情に疎い者には便利だ。そして何よりも大きいのは、ギルドがメンバーの身分を保証してくれる点だった。


「通行証や紹介状を持たない人間を入れない街も多いが、ギルドが発行するメンバープレートさえあれば拒否されることはない。それに、揉め事に巻き込まれたときも、自分の方が被害者なら後ろ盾として使えるからな。だから、クロムウェルで旅をするなら、ギルドに入っておいて損はないと思う」


 オスカーは胸元から鎖に繋がれた小さな金属片を取り出して見せた。

 無骨な長方形のプレートには、上の部分にギルドの紋章らしきものとオスカー・ロウの名前が刻まれており、下の部分は刳り貫かれて、独立した銀色の金属がネジ止めされていた。


「なるほどね。つまり、おまえは俺のことを心配してくれているんだよな? だったら最初から……」


 カルマは意地の悪い顔をするが、すぐに思い直した。


「……いや、違うか。今回は素直に礼を言うべきだよな、ありがとう」


 屈託のない笑みに、オスカーは居心地が悪そうな顔をする。


「お、おい、何だよ気持ち悪い。礼を言うほどのことじゃないだろう……それにな、おまえの腕が勿体ないと思ったのも本当だからな」


 誤魔化そうしているのは見え見えだったが、カルマは追求したりはしなかった。



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