第14話 竜の女王のドレス


【本文】


 そして翌日の夜も更けて、日付が変わろうとする頃にカルマは戻って来た。


「随分と遅いお帰りだな――カルマよ、今まで何処にいたのだ?」


「人間の街だよ。事前準備をするって言っただろう?」


 全裸のまま腕組みするアクシアを、カルマはまじまじと見る。


「……いい加減に言おうと思っていたけど。おまえも俺に同行するつもりなら、その恰好は不味いだろう? 人間の街で裸で歩いたら、頭がおかしい奴と思われるぞ?」


「なるほど、承知した……しかし、カルマの格好も大概だと思うぞ? 上半身が裸の男など『セイハンザイシャ』と言われるのでないか? まともな者なら相手にしないと思うが?」


 何で変な知識だけあるんだよと、カルマは鼻を鳴らす。


 カルマは上着だけは羽織っていたが、その下は裸でシャツすら着ていなかった。沿岸の町や漁村であれば、似たような格好で刺青を入れている輩も少なくないが。決してガラが良いとは言えない。


「俺はこれでも時と場所を弁えているからな……人間の街に行くときは、まあ大体こんな感じかな?」


 カルマの衣服が一瞬で変化した。襟付きシャツが出現して素肌を包み込み、ジャケットは伸びてコートの長さになる。靴も上の部分と踵が伸びてブーツと化した。


「……なんと!!! ものすごぐ便利な衣装だな。我も欲しい……その服を、どこで手に入れたのだ?」


「いや、これも俺の身体の一部みたいなものだから」」


 カルマにとって衣服は、外見を形作るパーツの一つに過ぎなかった。

 そもそも外見自体が、他人の認識を一定にするための道具に過ぎないのだ。望むなら見た目など幾らでも変えられる。

 

「なるほど……それならばカルマよ。我が纏う衣を選んで貰えぬか?」


「ああ、そのくらい構わないけど?」


 カルマは部屋に積み上げられた財宝の山を暫く観察すると、金貨と装飾品を魔力で動かして、その下から赤い布を引き出した。

 それは――アクシアの髪と同じような血のように赤い色をしたローブだった。天鵞絨のように滑らかに煌めく布地には、宝石よりも遥かに高い価値がある。


「なるほど……どれ、我の身に纏ってみようか?」


 アクシアは被るようにして赤いローブを纏った。首元まですっぽりと覆うローブの感触を確かめると、今一つ不満そうな顔をする。


「悪くはないが……これでは動きにくいな」


 見た目など端から考えていない発言だったが、カルマは突っ込まなかった。


「ああ、そうかもな……腕が出る位置とか裾の長さとか、少し邪魔だな?」


「ならば……カルマよ。一思いに切ってくれぬか?」


 乱暴な発言にも驚くことなく、とりあえず質問を返す。


「俺は構わないけど……良いのか? マジックアイテムとしての価値は下がるけど?」


「ああ、全く問題ない。我にとっては些細なことだ」

 

 竜族は本能から財宝を集めるが、換金することを目的にしている訳ではない。煌びやかな美しさや、醸し出される魔力に本能が惹かれるのだ。だからアクシアとっては、マジックアイテムの金銭的価値など大して関心のあることではなかった。


「まあ、おまえがそう言うなら……アクシア、一秒だけ動くなよ?」


「うむ、承知した!!!」


 一瞬の後――深紅のローブの袖が七分に、裾は膝下一センチの長さになった。


「このくらいでどうだ?」


「おう……」


 アクシアは感嘆の声を上げると、くるりと回転してローブの感触を確かめる。軽く動き易くなったことに満足げに頷くが、胸元の布地を旨んで動きを止めた。


「この辺りの布も邪魔だな。カルマよ、どうにかできぬか?」


「ああ、解ったよ」


 横向きの一閃が肩の下の位置から胸元の布を切り取る。


 はらりとローブの切れ端が落ちると、堂々と誇示するような胸元が露出する肩紐のないドレスのような衣服が完成した――ちなみに布地の切断面は、綻びることのないように魔力で加工されている。


「素晴らしい……これならば、我の動きを阻害することはない!!!」


 心底嬉しそうに笑顔を見せるアクシアだったが、カルマの反応は薄かった。いちいちオーバーアクションをする相手の反応に慣れてきたのだ。


「それで服の方は良いけど……あとは靴か。とりあえずは、これでどうだ?」


 ローブから切り取って余った布地に魔力を込めると、一足の赤いヒールが出来上がった。アクシアが履いてみると、サイズはぴったりだった。


「見事なものだな……カルマは何でも造れるのか?」


「まあ、材料があれば加工するくらい出来るけど、そんなに期待するなよ? そもそも無から物質を創造できる訳じゃないからな」


 ローブと靴を身に付けたアクシアは、一応それらしい格好になった。


 金色の瞳と縦長の瞳孔は明らかに人間とは異なるが、亜人には似たような目をした種族もいるから、混血だと言えば怪しまれることもないだろう――それよりも、見た目とは別の大きな問題があるのだが。


「まあ、とりあえず合格かな? 最後は武器だけど――こういうのは、どうだよ?」


 カルマは再び財宝の山を移動させて、銀色の物体を取り出した。

 長さ四十センチほどの銀製の錫杖だ。アクシアは受け取ると嬉しそうに笑みを返す。


「カルマが選んだ物あれば、それで構わぬ。どうせ飾りに過ぎぬだろう?」


 上機嫌に応えるアクシアを、カルマが冷たい目で見る。


「この前も言ったけどな。何かあれば竜の姿に戻れば良いとか、安易に考えるなよ? もし街中で竜に戻ったら――その瞬間から俺とおまえは永遠の他人だからな?

 人間の姿でいる間、おまえの能力は制限されるよな? だから、どんな武器を選択するかってのは結構重要なんだよ」


 アクシアはゴクリと唾を飲み込んで、ゆっくりと頷いた。


「ならば……カルマよ? 我に最適な武器を選んで貰えぬだろうか?」


 カルマは深い溜息をつく。


「だからさあ……戦うのはおまえ自身なんだから、自分で一番使いやすいモノを選べって言っているんだよ? もし魔法で戦うことを基本にするなら、その錫杖も悪くはないけど。武器として使うなら、短くて脆いだけの鈍器だぞ?」


「なるほど……確かに余りにも貧弱だな」


 カルマは財宝を一気に動かして、埋もれていた武器を次々に掘り起こす。

 一分と経たないうちに、アクシアの前に大量の武器が並べられた。


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