第15話 神凪カルマ最大の過ち


「ほら、おまえが持っている武器はこれで全部だよ。何度も言うけどさ、人の姿で戦うときの戦闘スタイルも考慮して、一番使いやすいものを選べよ?」


「ならば、この剣だな……」


 アクシアは最も大きいサイズの大剣を選んだ。二メートル近い長さの両刃の剣を片手で軽々と持ち上げると――カルマが後頭部を殴りつける。


 苦悶する表情でアクシアは蹲った。


「い、いきなり、何をするのだ……」


 カルマは冷めきった目で応じる。


「あのさあ……使い易いかどうか、おまえは見た目だけで判断できるのか? ……もう、いいや。面倒臭いから全部持っていく。実際に使ってみてから、じっくり選べよ」


「全部試すのも吝かではないが……これだけの武器を、其方はどうやって運ぶつもりだ?」


「そのくらい収納庫ストレージに収納すれば……ああ、そうだったな?」


 自分が思い違いをしていることに気づいて頭を掻く。

 こちら側の世界では、カルマの感覚と常識はズレているのだ。


「これが収納庫ストレージだよ」


 カルマが左の掌を上に向けると指輪が出現する。鈍い輝きのスチールのような素材で、装飾など一切ない無骨な作りだった。


 指輪を嵌めると、嵌めた指を並べられた武器の方に向けた。


「少し待っていろ、音声認識に切り替えるからさ――保存(プリザーブ)」


 キーワードを言った瞬間、並べられていた武器の全てが消失した。

 唖然とするアクシアにカルマは続ける。


「おまえも塒を暫く離れるから、財宝を放置するのも問題だとは思っていたんだよ……なあ、アクシア? そっちも全部収納するけど問題ないよな?」


「ま、待ってくれ。カルマは一体何を……」


「保存(プリザーブ)」 


 戸惑うアクシアを放置してカルマがキーワードを発っすると、床を埋め尽くすように積み上げられていた膨大な財宝の全てが消失した。


「わ、我の財宝が……カルマから貰った宝石まで……」


 呆然自失となるアクシアに、カルマは意地悪く笑う。


「おい、慌てるなよ。全部、この中に入っているからさ」


 カルマは指輪を外して、アクシアに渡した。

 訳が解らないと戸惑うアクシアを宥めるように説明を続ける。


「いいから、その指輪を嵌めてみろよ? それで全部納得できるからさ――一応言っておくけど、指輪を嵌めたまま竜の姿に戻っても、指輪の方が勝手にサイズを調整するから問題ない。だからって街中で竜になったら、勿論、永遠に他人だからな?」


 カルマに言われるままに指輪を嵌めると――


「おお!!! 確かに我の財宝の全てが、この指輪の中にあるぞ!!!」


 収納されている財宝を実感してアクシアは歓喜する。


 それからカルマは指輪の使い方を説明した。とは言え、機能を発動させる僅かな種類のキーワードを教えたくらいで、一度指輪を嵌めてしまえば感覚的に操作が可能だった。


「それにしても……便利なものだな!!! カルマの居た世界では、皆このような指輪を持っておるのか?」


 言ってしまってから、アクシアは自分の失態に気づく――カルマの世界はすでに滅亡しているのだ。


「す、済まない、カルマ……我は何と無神経なことを……」


 申し訳なさそうなアクシアを、カルマは鼻で笑う。


「馬鹿、大げさな反応するなよ? 変な気を遣われると、居心地が悪いだけだから――過去のことなんて、今さら俺は気にしてない。もし、おまえが聞きたいって言うなら、今度色々と話してやるよ」


 本当に気にするなとカルマは嘯くが、アクシアも流石に鵜呑みにはしなかった。

 言葉を詰まらせていると、カルマの方から水を向ける。


収納指輪ストレージリングの話だったな? 誰でもってほどじゃないけど、それなりには普及はしていたよ」


 正確なことを言えば、カルマを創造した種族にとっては極一般的な道具だが、他種族には貴重品だった。しかし、細かい説明をすると話題を蒸し返すことになるから、適当な感じで話を終わらせたのだ。


「まあ、俺は指輪なんて無くても収納庫くらい使えるけどな? その収納指輪だって、俺自身の収納庫から取り出した訳だし」


 わざと自慢げに言って話題を摺り変える。

 アクシアも意図を理解して言葉尻に乗った。


「もう驚くことにすら飽きたが、カルマの能力は本当に無茶苦茶だな!!! ところで……話は変わるが、其方の事前準備というのはもう終わったのか?」


「当然だろう? だから、こうして支度をしているんじゃないか?」


 アクシアの察しの良さに関心しながら、カルマは屈託のない笑みで応じる。


「出発は明日の朝で良いよな? まずは、ここから南西にあるエルダという宿場町に向かうから」


「エルダ……?」


 名前から、アクシアは眉間に皺を寄せて必死に記憶を手繰る。

 その姿が余りにも必死過ぎて、カルマは思わず笑ってしまった。


「……カルマ?」


 アクシアは馬鹿にされたと思ったようで、憮然とした顔で黙ってしまう。


「いや、そうじゃなくてさ……名前のことは、もう良いんだ。アクシアには別のことで役に立って貰うからさ、そこは気にしないでくれよ?」


「……ああ、承知した」


 納得していない様子だったが、それも当然だろう。自分の失態を取り戻そうと必死に考えているところを笑われたのだ。


「なあ、アクシア……この前にも言ったけど、おまえのことを馬鹿にするとか、そういうのは一切ないんだ。何て言うかな……おまえが必死に考えている姿を見ていて……」


 カルマも悪いことをしたと思ったから、何とか誤解を解こうと、自分の正直な気持ちを伝えようとした。言葉を飾らずに、感情をストレートに表現する。それが最大の過ちであるとは気づかずに――


「……可愛いなって思ったんだよ」


「え……」


 赤竜王アクシアは、竜であるときと同じくらい真っ赤になった。


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