第13話 竜の女王の版図


 翌日、カルマは獲物を狩る以外の時間を、アクシアの版図に住む住人から情報を収集することに費やした。


 この世界に具現化した直後、アクシアの接近に気づいたように、カルマには『知覚領域』という魔力の持ち主を広域で識別する能力がある。


 だから、ある程度魔力の大きい者が密集する場所に目星さえ付ければ、炎の巨人の居場所を探し出すことは簡単だった。距離と移動時間など、短距離転移の連続発動が可能なカルマには問題にならない。


 その他にも、アクシアの大雑把な情報を元にして、版図に住む人や亜人の集落を探し出しては、様々な手段を使って彼らから情報を引き出した。


 しかし――今度の結果も上々とはいかなかった。


「アクシア。そう言えば、おまえの版図に名前はないのか?」


「そんなものは不要だ。我は竜族の王だぞ? 我がこの地を支配していることを知らぬ者など皆無だ!!!」


 この台詞が物語るように、アクシアは力で版図だと主張しているだけで、統治などしていなかった。

 赤竜族の王の力を恐れる者たちは、アクシアの版図に近づくことすら敬遠している。だから、あえてこの地に住む者たちは皆孤立して生活しており、世俗の情報に疎いのだ。


 それでも炎の巨人から巨人の文化を、人と亜人から種族に関する最低限の情報を得ることはできた。しかし、孤立した地域の常識が普遍的である筈もなく、カルマは彼ら得た情報を参考程度に捉えることにした。


 しかし、この二日間が無駄だった訳ではない。少なくともアクシアの版図での情報収集に大した意味がないことは解ったし、何よりもアクシアの体力が、たっぷりと食事と睡眠を取ることで、目に見えて回復したことは大きかった。


「カルマのおかげで、我の精力も随分と回復したようだ……これならば、あと一日もあれば元通りに動けると思う。どうだろう、カルマ? そろそろ出発しないか?」


 アクシアは身体のキレと感触を確かるように四肢を動かすと、カルマが用意した獲物の山を片づけ始めた。相変わらず豪快な食事の様子を眺めながら、カルマは少し考えごとをする。


「そうだな……アクシア、もう自分で獲物を取ることは問題ないよな?」


「うむ、勿論だ。感覚を確かめるためにも、そろそろ自分で狩りに行きたいぞ!!!」


「だったら、そっちは決まりだな。あとは……そうだ、アクシア? おまえが持っている硬貨を少し分けてくれないか?」


 大きな肉片を飲み込んでから、アクシアが答える。


「……うむ。我の全てはカルマのモノだ。硬貨など幾らでも持っていってくれ」


「いや、そんなには要らないからさ……それと、適当に剣を一本貰うぞ?」


「だから何でも好きに使ってくれ……それよりもカルマよ、何か企んでおるのか?」


 訝しそうな顔をするアクシアに、カルマは強かな笑みで応じる。


「人聞きが悪いことを言うなよ。行動を開始する前に、少し事前準備をしようと思ってね……おまえはあと一日で回復するって言ったけど、俺の方の準備はもう少し掛かるから、出発は早くても明後日かな? だからアクシアは、それまで狩りと食事と休息に専念して、身体を完璧な状態に仕上げてくれよ」


「ああ、それは構わないが……カルマは何を準備するのだ?」


「それは……仕掛けが上手くいったら説明するよ。今の時点では、どう転ぶか解らないからな」


 カルマは立ち上がると、寝室に積み上げられた財宝の中から一握りの硬貨と、硬貨の山に埋もれていた剣を一本、本当に適当に選んだ。

 鞘に納められたままの剣を刃も確認しないで無造作にベルトに差す。それから何処からか赤い石を取り出してアクシアに放った。


 アクシアは反射的に掴んでから、息を飲んでまじまじと見つめる。それは鶏の卵ほどのサイズのルビーだった。


「……これは?」


「硬貨と剣の代金だよ」


 カルマは事も無げに言うが、膨大な財宝を所有するアクシアでも、これほど大きなルビーを見るのは初めてだった。最低でも金貨数万枚の価値があり、カルマが受け取ったものの代価としては余りにも過剰だった。


「カルマよ……武器や貨幣が必要ならば、この宝石を街で売れば良いのではないのか? そうすれば、もっと多くの財を手に入れられるであろう?」


 これでは自分の方が遥かに得をしてしまうと、アクシアは本能でルビーに惹かれながら困った顔をする。


「別に良いよ。このレベルの宝石を買い取ることができる相手なんて限られるだろう? それに上手く見つけたとしても、換金したら馬鹿みたいに目立つ。欲塗れの連中に目を付けられると今後の活動にも支障が出るからさ」


「しかし、あまりにも不公平な取引だ……ならば、硬貨や剣の代金などいらぬ。この宝石はカルマが持っているべきだ」


 極上の財宝に垂涎する本能と葛藤しながら、アクシアは宝石から必死に目を背ける。

 そんな光景をニヤリと眺めてから、カルマはわざとつまらなそうに言った。


「おまえから一方的に貰うだけだと、俺の方が格好つかないだろう? そもそも宝石なんて俺には不要で興味もない。何かの役に立つかなと思って、元居た世界から持ってきただけだし……おまえが要らないなら、邪魔だから捨てるか?」


「……ま、待て!!! 待つのだ、カルマ!!!」


 アクシアの慌てぶりに、カルマは噴き出しそうになるのを堪えた。


「だったら……こうしないか? これから俺は、おまえの財宝をもっと活用させて貰うと思うから。その前払いってことなら問題ないだろう?」


「……うむ。確かに、それであれば……だが……しかし……」


 まだ続いている葛藤を強引に終わらせるために――アクシアがルビーを握る手に自分の両手を重ねると、包む込むように握った。


「な……」


 びっくりした顔をするアクシアを、カルマは真っすぐ見つめる。


「なあ、アクシア……おまえは俺の共犯者だろう? だったら余計な遠慮なんてするなよ。この俺がおまえにやるって言っているんだからさ、それで良いだろう?」


「……うむ。そうだな。ならば……ありがとう……」


 アクシアは顔を赤く染めて、どうにか言い切った。


「よし、決まりだ。それじゃあ、俺は出掛けて来るよ」


 ようやく話がついたと握っていた手を放して、カルマは快活な笑みを浮かべる。


「明日の夜には一旦戻るからさ。それまでに俺の準備が終わっていれば、明後日の朝に出発。手間取ったら臨機応変に日程を変更するということで良いよな?」


 アクシアは幸せそうにカルマと宝石を交互に眺める。


「ああ……我に異論はない……」


「じゃあ、行ってくるよ」


 その言葉を残して、カルマは姿を消した。


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