第12話 竜の女王の寝室と浴室


「ああ。確かにここだが……今さらながら馬鹿げた量の魔力だな? 我や天使と戦った上に、再生魔法まで発動させた後であろう? これだけの回数、短距離転移を連続発動させても、其方の魔力はまだ尽きぬのか……いや、無意味な問い掛けだったな}


 呆れたというよりも、もはや諦めたという感じでアクシアが言う。


「あとは自分で移動するから、そろそろ放してくれぬか? 其方に魔力を分けて貰ったおかげで、空を飛ぶことくらいはできる」


 カルマが応じると、アクシアも首から腕を放して自ら移動を始めた。


「あの火山の中ほどに見えるのが我の塒の入口だ……カルマよ、ついて来てくれ」


 火山の中腹に穿たれた広大な洞窟の奥に、赤竜王アクシア・グランフォルンは居を構えていた。巨大なドームのような空間には所々に溶岩溜まりができており、硫黄臭が漂う温泉も湧いている。


 さらに奥に進むと、自然の洞窟とは明らかに違う場所に出た。一辺四十メートルほどの正方形の通路は、磨き上げられた石で造られている。


「へえ……悪くない趣味だけど。誰かに造らせたか、それとも強奪したのか?」


「もう八百年も昔のことになるがな。我の住処は版図に住む炎の巨人に造らせたのだ」


 別に大したことではないとアクシアが告げる。


「その巨人たちって、今は何処にいるんだよ?」


「今も我が版図に住んでいる筈だが……詳しくは知らぬ。邪魔だからと追い払ったら、それから姿を見せなくなった」


 絵に描いたような暴君ぶりだと思ったが、カルマはいちいち突っ込まなかった。


 通路の途中に幾つも扉があったが、アクシアは無視して進んでいく。

 十分ほど進むと、通路の行き止まりに巨大な両開きの扉があった。黒光りする金属製の扉は、巨大な通路とほぼ同じ大きさだった。


「ここが、我の寝室だ……」


 扉は手前に引く構造のようで、アクシアは通路の中ほどまで浮かび上がって、巨大な取っ手にしがみ付く。引っ張ろうとするが、全く動く様子がなかった。


 アクシアは扉を睨んで動きを止める。


「……おい。竜の姿に戻ろうって考えているだろう? でも、それは却下だな」


「何故だ、カルマよ? 我が本来の姿となることに、何の問題があるのだ?」


 不満そうな顔をするアクシアに、カルマは呆れた顔で応える。


「これから、おまえは俺と一緒に来るんだろう? だったら人間の姿で行動することに慣れて貰う必要がある。何かある度に竜に戻っていたら、それが癖になって、人間の姿のまま何とかしようと考えなくなるからな」


「うむ。そういうことであれば……しかし、それでは扉が……」


「まあ、今日のところは俺が開けてやるから。少し下がれよ」

 

 開いた扉に圧し潰されない位置までアクシアが後退すると、カルマは扉に触れることもなく魔力を通した。それだけで巨大な扉は音もなく開く。


 扉の奥は、通路よりも一際豪華な作りだった。永劫の魔法の光によって照らし出される部屋は、壁も床も天井も全て彫刻が施された白い石で造られており、全ての石が光沢を放つほど磨き上げられている。しかし――部屋に置かれている物のせいで、部屋の輝きなど霞んでしまっていた。


 巨大な部屋の床一面には、黄金とプラチナと宝石を埋め込んだ装飾品と、ルーン文字が刻まれたマジックアイテムが、文字通り山のように積み上げられていたのだ。


「どうだ……これが竜族の王たる我の財宝だ……」


 ここはアクシアの寝室であり、同時に宝物庫だった。貴金属や宝石に本能で魅せたる竜族は、財宝の上に寝転ぶことを好むのだ。


「ああ、解ったから。それより、扉を何度も開けるのは面倒だからさ、開けた状態で固定しておくけど構わないよな?」


 アクシアは自慢げな台詞を、カルマは完全に無視スルーした。


「さてと。あとは寝る前に風呂でも入ったらどうだ? その方が回復が早いだろう?」


 アクシアは肩透かしを食らって呆然としている。


「……うむ、そうだな。それでは申し訳ないが、カルマの言葉に甘えさせて貰おう」


 通路の途中にあった扉の奥に、竜の姿のまま入ることができるほど巨大な風呂があった。カルマに再び扉を固定して貰って、アクシアは中に入る。


 やはり炎の巨人に造らせた円形の浴槽には、洞窟に沸いている温泉から湯が引かれて、掛け流しの状態になっていた。


 温泉の湯はほとんど沸騰しているような温度だったが、アクシアには適温だった。湯につかりながら周囲の熱を吸収して、僅かでも身体を回復させようとする。


「カルマは本当に財宝には興味がないようだな。それにしても……全く以て、遅々とした回復が歯がゆい。カルマの許しがなければ時間を浪費するなど、この身を引き裂いて懺悔しているところだ」


 物騒というよりも凄惨な状況を回避したことを、カルマが知ることはなかった。




 アクシアが風呂から上がって寝室に戻ると――

 血生臭い匂いとともにカルマが出迎えた。寝室の床には仕留めてきたばかりの獣の山が並べられている。


「……カルマよ。我のために獲物まで取ってきてくれたのか!!!」


 素直に感激されて、カルマは頬を掻く。


「そんなに大したことじゃないだろう……ああ、最初に言っておくけどさ。俺も食事をするけど、食べ物が必要という訳じゃない。食べても何の効果もないし、食べなくても飢餓感を感じないんだよ。だから、この獲物は全部アクシアが食べろよな?」


「解った。カルマの心遣いに感謝する――それでは、我は命を頂くとしようか」


 獲物の肉片と骨を一切無駄にすることなく、アクシアは全てを咀嚼して飲み込む。血の滴る肉を美女が喰らい尽くす光景は、なかなか凄惨なものだったが――多くの生命を吸収したことで、アクシアの体力は順調に回復していった。


 魔力だけであればカルマが分け与えれば事足りるが、体力の回復には、やはり食事と休息が必要だった。魔術による体力の回復も不可能ではないが、それでは一時的に回復するだけで、後から猛烈な反動がくるから意味がないのだ。


「それにしても、想像していた以上によく食うよな。こうなると、人間の街に行くときは何か対策を立てる必要があるか……まあ、いいや。とりあえず今は、全力で食べて回復することだけを考えてくれ」


 その日のうちに、カルマはさらに二度獲物を狩りに行った。

 一度に大量に仕留める方が簡単だったが、竜が体力を回復するためには、殺したての獲物の方が効率が良いのだ。


「なあ、アクシア。早速だけど、こっちの世界のことについて教えてくれないか?」


 アクシアが食事をしている間に、カルマは話を訊いた。


 まずは、この世界の成り立ちと各地の概況。それからアクシアの版図と周辺地域に生息するものと、人間と亜人の国や町について……しかしカルマが想像していた以上に、結果は芳しいものではなかった。


「ええと……おまえは一番近くにある街の名前も知らないのか?」


 呆れた顔をするカルマに、アクシアは肩を竦める。


「うむ、申し訳ない……何度か訪れたことはあるが、人間がつけた名前などに興味がなくてな……後ほど、我が版図に住む人間を捕まえてくるから其奴に……」


「名前の方はいいから。人間や亜人の文化とか風習、制度については教えてくれ――ああ、そっちも無理そうだな?」


 君には期待しないよとカルマは諦めた顔をすると、アクシアは慌てた。


「……そ、そんなことはないぞ!!! 街にいる人間は皆服を着ており、建物の中で食事を……」

 

「はいはい、もういいよ……この辺りのことについては、狩りのついでに勝手に調べるから。それよりも世界規模の情報に関して、知りたいことを纏めておくからさ。自慢の竜王の情報網というやつで、調べて欲しいんだけど?」


 アクシアは相当落ち込んでいたが……一晩寝ると、翌日には全て忘れたかのように復活していた。


 この調子では、今後もアクシアの情報が役に立つ筈はないなとカルマは悟ったが、いちいち文句ほど愚かではなかった。


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