第11話 竜の女王の居城へ


「なあ、カルマよ? 先ほど、神々が其方の居場所を感知できると言っていたが……つまりは、これからも天使に突然襲撃されるということか?」


 全裸の美女の姿でアクシアが警戒心を顕わにする。竜である彼女には、裸でいることに対する羞恥心はなかった。


 万全の状態であれば上級天使に後れを取ることはないが、不意打ちされるのは厄介だし、さらに数で来られたら……悔しいが勝算があるとは言い難かった。


「いや、そんな心配はいらないよ。居場所を知られることが解っていながら、何の対策も打たない筈がないだろう?」


 カルマも全裸であることを完全に無視スルーして、実に気楽な感じで応じる。竜族の感覚は理解できるし、ここに他者はいないのだから大した問題じゃない。


「さっきは奴らの反応を探るために、わざと感知させてやったんだよ。おまえも経験済みだろう? 認識阻害を発動させれば魔力なんて簡単に隠すことができる――ほらね?」


 カルマの見た目に変化はなかったが、魔力を感知できるアクシアはすぐに気づいた。


「……なるほど。カルマから魔力が一切感じられぬ」


 魔力の持ち主は微量の魔力を常に放出しており、魔力が強い者ほどその強さが増す。

 神々は魔力の性質によって個人を識別するのだから、今の状態のカルマを認識することはできない筈だ。


「アクシアを庇うところを見られたから、今度はおまえを標的にして襲撃される可能性も考えたけど――全滅させたから問題ないな。大天使の中には思念を遠距離に飛ばす能力を持つ奴もいるが、あのとき俺は広域結界を展開させていたから。おまえに関する情報が奴らに伝わった可能性は低いな」


 それでも、アクシアがカルマの近くに存在したという理由だけで標的にされる可能性もゼロではない。しかし、この世界の信徒たちに大掛かりな儀式魔法で召喚させる他はない大天使の数は限られており、不確かな情報のために投入する余裕はないだろう。


 それでも襲撃してくるなら――全部始末するだけの話だ。


「とりあえずは……天使の襲撃を警戒する必要はないということだな? うむ、承知した……それではカルマよ、我らはこれから何処へ向かうのだ?」


 カルマの思惑を全て理解した訳ではないが。つき従うと決めた以上は、カルマの望む場所ならば何処へでもついて行くと決めていた。

 そして、カルマであれば無駄な時間を費やすことはなく、今すぐ宿敵である神々の居場所を探しに行くと思っていたのだが――


「そんなに慌てるなって」


 カルマにその気はなかった。


「おまえの体力が回復するまでに、少なくとも数日は必要なんだ。まずはおまえの塒に戻って、ゆっくり休めよ?」


「いや……我のために出発を遅らせるなど……」


 とんでもないと首を振るアクシアに、カルマは苦笑する。


「だからさ、変な気を遣う必要はないから。今の時点で奴らを探し出す当てはないし、そもそも俺はこの世界に疎すぎる。基本的な情報収集から始めるしかないから、それなりに時間が掛かるだろう? だから数日なんて、誤差の範囲に過ぎないんだって」


 それにアクシアからも情報収集するんだから、おまえが休んでいる間も無駄じゃないとカルマは言う。


「承知した、カルマよ……かたじけない……」


 それでも申し訳なさそうな顔をするアクシアの身体を、カルマが不意に持ち上げた。

 横向きに抱き抱えられてアクシアは慌てる。


「なっ! ……い、いきなり何をするのだ?」


「何って、塒まで運んでやるよ。今のおまえじゃ、移動するのに時間が掛かるだろう? そういうのは俺にはかったるいって、おまえなら解るよな?」


 アクシアの同意を得る前に跳び上がり、一気に上空まで上昇した。


「しかし……其方は我の塒が何処にあるか知らぬであろう?」


「それは問題ない。おまえは俺の力に反応したとき、塒にいたんだろう? だったら場所は解るさ――落とすと後で面倒だから、しっかり捕まっていろよ?」


「うむ……」

 

 アクシアが首を抱えるように腕を回すのを確認してからカルマが発動させたのは――短距離転移だった。


 通常の転移魔法は数百キロを一瞬で移動することもできるが、移動先に制限がある。一度訪れた先に『転移門』と呼ばれるマーカーを設置しなければ、転移先に指定することはできないのだ。


 それに対して、短距離転移は移動する先にマーカーを必要としない代わりに、移動距離は二キロ程度までという制限がある。また転移した先に物理的な障害物があれば発動そのものに失敗してしまう。


 その制約を承知の上でカルマが常用するのは、非常にシンプルな方法だった――無詠唱で一秒に一回、短距離転移を連続して発動させるのだ。


 一定以上の高さであれば、障害物によって発動に失敗する可能性は非常に低い。

 一秒間に二キロ移動するのだから秒速二キロ。分速なら百二十キロ。時速で言えば七千二百キロがカルマの巡航速度だった。


 計算上は音速の約六倍の速度だが、実際に高速で移動する訳ではないから、空気の壁を突き破る衝撃もない。さらには点を繋ぐように移動するから、移動中に攻撃を受けても命中する確率が低いというメリットもあった。


 それでも転移先を予測して攻撃することは可能だが――カルマは一回ごとに距離と位相をランダムにずらしていた。だから予測で命中させることも難しいのだ。


「この辺りだよな?」


 僅か一分ほどで、カルマは目的地に到達した。


 周りは相変わらず険しい山岳地帯だったが、気温が不自然なほど上昇している。

 眼下に聳えるのは、噴火口から溶岩が見える活火山だった。


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