第10話 神凪カルマと竜の女王は共犯者になる
「……えっと。アクシア、もう一回言って貰えるか?」
カルマは疲れ切った顔で言う。
(承知した……我が忠誠をカルマ様に捧げることを、どうか許して貰いたい!!!)
「今度は『カルマ様』かよ? どうして、そういう話になるんだ? おまえは償いをしたかっただけだろう? そこに忠誠を捧げる余地なんてないだろうが?」
(有形のモノを拒絶されたなら、無形モノを捧げる他はないではないか……いいや、済まない。それでは説明不足だな)
アクシアはじっとカルマを見つめる。
(償いだけが理由ではないのだ……カルマ様が話してくれた生き様と、この世界で行おうとしていることに感銘を受けて、忠誠を捧げたいと思ったのだ――我はカルマ様が行うことの行く末を見たい!!!)
真摯な視線を向けてくるアクシアに、カルマは疑わしそうな顔をする。
「俺は殺さなかったってだけで、おまえの身体を散々切り刻んだんだぞ? そんなサディストに従おうなんて全く理解できないな」
(……それこそ我を見縊らないで欲しい。カルマ様は我を殺さぬように手加減こそしていたが、無暗に傷つけて弄ぶような真似は一切しなかった。そもそもカルマ様自身が言っておったではないか? 全ての攻撃は、我に実力の差を見せつけて諦めさせるためのものだったのであろう?)
そのくらいのことは解っておるとアクシアは揺るがなかった。
(それに……我を単純に止めるだけであれば、もっと簡単な方法があった。我を精神支配することなどカルマ様であれば容易な筈だ。そうしなかった理由は……戦いに生きることを至上とする我の矜持を、汲み取ってくれたからではないのか?)
「おいおい、勝手に買い被るなよ――」
そう言いながら、カルマは誤魔化すことを諦めていた。
「だけどさ……俺が居た世界の話や神々と戦う理由なんて、言葉で説明しただけだろう? それだけで簡単に信用するなんて、竜族の王としては迂闊過ぎるんじゃないのか?」
カルマの問い掛けに、アクシアは豪快な笑みを返す。
(いいや、それは違うぞ!!! カルマ様は、己の名に賭けて誓ってくれたではないか? 名を賭けた誓いを信じぬなど、それこそ相手の全てを否定するに等しい行為だ!!!
それに、我は千年を生きる竜族の王だぞ? 相手の言葉の真偽を見極めることなど、造作もないことだ!!!)
そんなことを言っても、さっきまで俺の意図を全く理解しなかったよなと文句を言い掛けるが、これも繰り返しの種を蒔くだけだと諦める。
(無論カルマ様にも、色々と思う処はあろうが……この申し出こそ一切の不利益はないと断言できるぞ。カルマ様の力が圧倒的であることは疑う余地もないし、機知にも長けているとは承知しておる。しかし……一つだけ不足している点は、この世界に関する知識だな。そのたった一つの弱点を、我ならば補うことができる!!!)
意外なほど理論的な言い分に、カルマは少しだけ興味を持った。
しかし、そうは言っても、本当に竜族が世界に精通しているのか? 取るに足らない存在だと人間や亜人を切り捨てていれば、竜族の情報網など限定したものでしかない。
(ふふふ……カルマ様が何を懸念しているのか、我には解っておるぞ!!! 不遜な王である竜族が、下々の者のことを理解している筈がないと疑っておるのであろう? しかし、それは無用な懸念だ!!!)
自分の考えを言い当てられて、カルマはまじまじとアクシアを見る。
それに我が意を得たりと、巨竜は牙を剥きだしにして豪快に笑った。
(理由は二つある……一つは、我が版図に生きる者の全てが、我の支配下にあるということだ。我が版図の人間や亜人は少数だが、その他の生き物にも、情報を収集することに長けた者がおる)
アクシアは得意げに語り続ける。
(二つ目は、竜族の王たる者の絆だ……この世界には我を含めて十の竜王がおり、その全てが我が同胞だ。竜族の王の版図を全て繋ぎ合わせると、世界の半分になる。残りの半分の地域の情報を集めることも、我ら竜族には容易いことだ!!!)
正直な感想を言えば――アクシアがここまで考えているとは思っていなかった。
戦うことことそ至上だと頑なに生きる竜族の王が、世俗のことを気にするとは思っていなかった。アクシアの申し出は、カルマの予想を超える完璧な回答だったが――
「アクシア。おまえの覚悟を湛えて、俺も正直に言うよ。おまえの申し出は魅力的だけど――一つだけ確認したいことがある」
(何なりと言ってくれ、カルマ様よ――)
自信たっぷりに応えるアクシアを、カルマは冷ややかに見る。
「おまえは忠誠を捧げると言うが――それは精神的な意味だと理解して構わないよな? つまり、おまえは俺のために協力するが、だからと言って、物理的につき従う訳じゃないだろう?」
アクシアはパチクリと瞬きする。
(何を言っておるのだ、カルマ様よ……我が忠誠を捧げるということは、精神的にも物理的にもつき従うこと以外にあり得ぬではないか!!!)
やっぱり、そういうことだよなと、カルマは溜息をついた。
「だったら……答えはノーだ。巨体のおまえと一緒にいたら目立ち過ぎるだろう? 俺はここにいるぞと宣伝しながら歩くのは馬鹿っぽいし、現実的にも居場所を教える行為はデメリット以外の何物でもない」
しかし、カルマはアクシアの覚悟を侮っていた。
(カルマ様の懸念は理解するが……本当に何度も言うが、幾ら何でも我を馬鹿にし過ぎておるぞ? 我がつき従えれば目立ち過ぎるだと? そのくらいのことは我も織り込み済みだと、そろそろ理解して貰えぬか?)
思念を放った直後に、アクシアの姿に変化が起きた。巨大な赤竜の姿が一瞬で掻き消える。
なるほど、そういうことか……仕方がないかと納得するカルマの前に、かつて巨竜であった者は姿を晒した。
背中まで伸びるのは血のように赤い髪。金色の瞳は竜族の姿のままに、黒い網膜を縦に長く伸ばしている。鱗がなくなった全身は、ほんのりと赤みを帯びた肌色をしていた。哺乳類ではあり得ないほど張りがあり、かつ圧倒的に豊かな胸は、重力に抗って攻撃的に聳えている。
「この姿であれば問題はないと思っておるが……カルマ様よ、如何だろうか?」
全裸の豊満な美女に妖艶な笑みを向けられながら――カルマは色気のない冷静な言葉を放つ。
「何だよ、普通に喋れるじゃないか。たったら初めから、そうしろよ?」
「申し訳ないが、カルマ様よ。竜の姿で言葉を発するのは難しいのだ」
首を垂れる美女を眺めながら、カルマは最後の課題について考えていた。
「……解ったよ、アクシア。おまえが俺がやることの結末を見たいなら、一緒に来ても構わない。だけどさ――一緒に来るなら『様』とか『殿』とか言うのはやめて、単に『カルマ』って呼べよ」
「いや、それは……」
アクシアが反論することなど当然予測しており、カルマは切り札を用意していた。
「この条件が飲めないなら、話は全部無しだ――いいか、よく考えてみろよ? 俺と一緒に来るってことは、おまえも同じ戦場に立つんだよな? だったら、戦場で隣に立つ奴に変な気を遣われるなんて冗談じゃない! ……おまえなら、俺が言っている意味が解るよな?」
カルマの漆黒の瞳が挑むように見る――アクシアは我が意を得たりと恭しく膝まづいた。
「承知した、その条件を飲もう――赤竜王アクシア・グランフォルンの名に賭けて誓おう。例え我が身が滅ぼうと、魂が消滅しようとも、我は最後の瞬間まで神凪カルマと共に生きよう!!!」
カルマは顔をしかめる。
「だから重過ぎるんだって……もういいや、解ったよ。おまえの全てを受け止めてやる――神凪カルマはアクシア・グランフォルンの全てを受け入れる。おまえが天界に葬られようが、地獄の底に落ちようが、そんなものは一切合切関係ない。幾千万存在する世界の果ての何処に落ちようが、おまえの全ては俺のモノだ」
まるで告白するような宣言を、アクシアも全てを賭けて受け止める。
この瞬間を以て、神凪カルマとアクシア・グランフォルンは共犯者になった。
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