第6話 神凪カルマの正体(2)


 余りにもあっさりと、カルマは自分の正体について説明を始めた。

 自ら語らなければ、決して相手が到達することのできない情報――それを口にすることは不利益でしかないが、そのデメリットよりも赤竜の覚悟の方が重いと思ったのだ。


「強大な魔力を持つ種族が同族を滅ぼすために、戦争に特化した魔道技術マナ・テクノロジーの集大成として創ったから、俺の戦闘能力が高いのは当然なんだ。

 それと、おまえが禍々しいと感じたのは、俺の魔力の源泉が混沌の領域だからだ。こっち側の世界でも正常に機能するか確かめるために発動させた生粋の力を、おまえは禍々しいと感じたんだよ」


 赤竜は一言一句を聞き漏らさぬように、じっと耳を傾けていた。

 聞きなれない言葉が多くて理解するのは困難だったが、大よその意味はどうにか理解できた。しかし、俄かに信じられる内容ではない。


「あとは俺の目的だったな――元居た世界で因縁のある奴らが、こっち側の世界で活動を始めたことを知ったんだよ。だから、そいつらに喧嘩を売りに来たんだ」


 砕けた表現で言うと気楽そうに聞こえるが、内容は決して軽くなかった。これまでに目にしたことを加味すれば、カルマが誰に喧嘩を売ったのかは容易に想像できる。


(その因縁のある相手というのが……先ほどの天使なのか?)


「いや、少し違うな。俺と因縁があるのは、天使を使役する奴らの方だ」


 言葉の意味を瞬時に理解して――赤竜は絶句する。


(それは……つまり貴様は、神に喧嘩を売ろうと言うのか!!!)


 普通に考えれば頭がおかしいか、誇大妄想だと切り捨てるところだが。強大な天使を瞬殺した相手を前にしては、全てを否定することなどできない。


(何故だ……何故貴様は、神に抗おうとなどと考えるのだ!!!)


 当然の疑問だった。神とは絶対的な存在であり、生きとし生けるものが争う対象ではない。神に抗うなど、自然法則を否定することに等しかった。


「あれ? 質問は重ねないって約束だったよな?」


 カルマは意地の悪い顔をするが、赤竜は引き下がらなかった。


(いや……我は、決して質問を繰り返したのではない!!! 貴様の曖昧な言葉では、質問に応えたことにならないと言っておるのだ!!! 応えぬのであれば、貴様こそ約束を違えたことになるぞ!!!)


 逆切れのような反応に、カルマは呆れた顔をする。


「そういうのも含めて俺は言ったつもりだけど……まあ、良いや。俺が喧嘩を売る理由は単純明快だ。奴らの陰謀で起きた戦争によって、俺の世界が焦土と化したからだよ」


 どこまで本当なのか疑わしいと思うほど、カルマは気楽な感じで応えた。


 赤竜は苦々しく思いながら、それでも自らの名を汚すことを覚悟して質問を続ける。カルマという危険過ぎる存在の本質を、どうしても掴む必要があるのだ。


(仮に、だ……貴様の言ったことが真実だとしても、戦うべき相手は他にいるのではないのか? たとえ、神に操られて起きた戦だとしても、戦を指揮した者たちの中には、神よりも責任を追及すべき相手がいるであろう?)


 何だよ。完全に質問を重ねているじゃないかと、カルマは揶揄うように笑う。しかし、それを理由にして立ち去る素振りは見せなかった。


「ああ、勿論そうだよ。直接世界を破壊したのは俺たち兵器と、その兵器を創り出した種族だ。操った奴らに文句を言う前に、操られた自分の間抜けさの責任を取るべきだよな。だけど――もう居ないんだよ。俺以外は、世界の全てが滅亡したからさ……」


 壮絶な内容にも拘わらず、カルマの口調は変わらなかった。


 『終焉戦争』という名の争いによって、カルマの世界は滅亡した。戦争を指揮した者も、指揮に従っただけの兵士も、巻き込まれた人民さえも、全て等しく無に帰したのだ。今さら責任を追及する相手は、どこにもいない。


 だから行き場のない怒りを神にぶつけるのかと――赤竜は深く考える。

 カルマの説明に矛盾する点はなく、事実であれば同情すべき境遇だろう。しかし――それでも神に恨みを抱いて戦いを挑むなど、どう考えても正気とは思えなかった。


「まあ、こんな話を信じられるとは思わないし、信じてくれと言うつもりもない。逆に話を聞いただけで、いきなり信るとか言われたら、そいつは何か企んでいると思うよ」


 冗談めかして言うカルマは全く掴みどころがなく、赤竜には真偽の判断に迷った。

 

(……もう一つだけ。別の質問をしても構わぬか?)


 赤竜は正面から、カルマの漆黒の瞳を捉える。


「……まあ、良いだろう。だけど、応えるかどうかは内容次第だからな?」


 今度もあっさりと応じるカルマに対して、赤竜は慎重に言葉を選んだ。


(天使を躊躇なく滅ぼした貴様が……我のことは殺すどころか命を救った。貴様は自身の責を認めたことと、感情的なものが理由だと言ったが――貴様がそう考えて、行動した根底にあるものは、一体何なのだ?)


 すでに幾度も約束を反故にしていることを、赤竜は自覚していた。

 自らの名を賭けた誓いを軽く見ているのではない。むしろ、赤竜族の王の名が地に落ちたことを悟っていた。だから、カルマとの話が終われば、全身全霊を賭けて責任を取るつもりだった。


 それでも――いや、だからこそ今は、カルマという存在を見極めることに全神経を集中する。竜の王と言えど『個』に過ぎない己よりも、カルマという存在は遥かに重い脅威なのだから。


「良いよ、応えてやる――」


 そんな赤竜の思いを見透かすように、カルマは目を細めた。


「戦うことも、殺すことも……俺は当たり前のように散々繰り返してきたけど。結局、後には何も残らなかった。俺にできるのは壊すことだけで、何かを創ることも、守ることも叶わなかったんだ……」


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