第5話 神凪カルマの正体(1)


 僅かな時間に起きた信じ難い光景を、赤竜は地上から呆然と眺めていた。


「悪い、待たせたな」


 カルマは何事もなかったように、平然と地上へ降りてくる。


(……彼奴らは、天使なのか?)


 赤竜は必死に状況を理解しようとしていた。


(しかし……天使如きが、あのような巨大な力を持っている筈がない……)


 金色の槍に込められた膨大な魔力を、赤竜は感じ取っていた。

 自分が全力で放つ力の方が勝ってはいるが、それでも槍の魔力は赤竜でも無傷で防ぐことのできるレベルではない。ましてや、今のように無力な状態で直撃を受ければ、確実に死に至るだろう。


「おまえが言っているのは、下級天使のことだな。神に名を与えられた大天使なら、あれくらいの魔力は当然持っている。だけどさ、自分が投げた槍で消滅するなんて、結構間抜けだよな?」


 カルマの説明を赤竜は懸命に咀嚼する。名を持つ大天使のことは知識としては知っていたが、実際に目にしたのは初めてだった。神の使徒たちの頂点に立つ大天使が現世に現れること自体、数百年に一度のことなのだ。


「それじゃあ、話を戻そうか? おまえは俺に、何か言いたいことがあるんだよな? とりあえずは聞くけど、あんまり長いのは勘弁してくれよ?」


 あからさまに嫌そうな顔をするカルマを、赤竜はまじまじと見る。


(先ほどの巨人が、本当に大天使だとしたら……なおさら貴様に問わねばなるまい。

 最初に我が感じた禍々しい力といい、我を歯牙にも掛けぬ圧倒的な魔力といい……天使に仇なす貴様は、いったい何者なのだ? 何を目的として、この地に来た?)


 赤竜の思念による叫びを真正面から叩きつけられて――やっぱりその質問かよとカルマはしたり顔をする。


「俺がおまえに正体を教えてやる理由なんて無いよな? 正体を知られることは、能力をバラすことに繋がるから、俺にとっては不利益でしかない。そのくらいのことは理解した上で、言っているんだよな?」


(……勿論だ。我は戦いこそ至上と思っておるが、馬鹿正直に全てを晒すことが正しいなどとは考えていない。能力を秘匿することは当然の戦略であり、戦略を否定するなど、愚の骨頂だ!!!)


 おまえには一番似合わない台詞だなと、カルマは冷めた目で赤竜を見る。


「だったら、さっきの俺の言葉に図に乗って、自分なら何を言っても許されるとか勘違いしているのか?」


(ふざけるな!!! その言葉こそ、我を馬鹿にしておる!!! ……確かに先ほどは貴様の言葉尻に乗って引き留めはした。しかし、それは貴様が無礼にも、我を無視して立ち去ろうとしたからだ。貴様が話を聞くというのであれば、それ以上、図々しく振舞うつもりはないわ!!!)


 赤竜は至極真剣に感情をぶつけてきた。


「だったらさ……自身が不利になる情報をあえて俺に話せと言うことに、どんな正当性があるんだよ?」


 ほら、真っ当な理屈があるなら言ってみろよとカルマが挑発する。


 赤竜は怒りを覚えながらも、当然の反応だと思う。理由はどうであれ、事実として二度も命を救ってくれた相手に対して、自分は不躾な要求をしているのだから。


(貴様が納得できるような理由など、我は持ち合わせてはいない。しかし――)


 それじゃ話にならないと一笑されることを覚悟して、赤竜は思念を放った。


(竜族の王の一人として、この地を統べる者として、あえて貴様に問わねばなるまい。余りにも強大な力を持つ貴様が、我らにとっての害悪となるのか……仮に貴様が害悪ならば、我は再び命を賭して貴様と戦おう……否。害悪である貴様に拾われた命など喜んで死神に差し出して、他の抗う者たちの糧となろう!!!)


 とうに覚悟など決めている。カルマに敗北した瞬間から、赤竜は生きながらえようなどとは一切考えてはいなかった。むしろ生き恥を晒すくらいなら死を選ぶと竜の金色の瞳が語る。


 本当に面倒臭い奴だな――カルマはそう思っていた。それでも、同じ理由から赤竜の命を救った自分も大概だなと、諦めたように苦く笑う。


「仕方ない、おまえの質問に応えてやるよ。だけど――条件がある。俺が説明した後に、内容が解らないとか、信じられないという理由から、さらに質問を重ねないとことだ。

 おまえが納得するまで全て一から説明するのは面倒だし、説明しても理解できるとは思わないからな。この条件を破ったら、その時点で話は終わりだ。俺は立ち去るけど、もう二度と引き留めるなよ?」


 赤竜は暫く考えてから、深く頷いた。条件というよりも最大限の譲歩だろう。カルマにとっては何一つメリットなどないのだ。


 だから、赤竜も最大限の誠意を見せる。


(……うむ、解った。赤竜族の王たる我がアクシア・グランフォルンの名に賭けて誓おう。その条件を飲む)


 竜族が名に賭けて誓うということは、文字通りに己の全てを賭けることを意味する。

 カルマがその意味に気づいているのか。表情からは読み取ることができなかった。


「解った――俺の名前は神凪カルマ。こことは違う世界で造られた自我を持つ兵器だ」


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