第4話 天使に喧嘩を売ってみる(2)
「つまり……俺が言いたいことはだな? 自分の攻撃が効かないから馬鹿にされているって思ったのは、おまえの勝手な被害妄想だってことだよ」
そう言い終えると、カルマは再び空中に浮かび上がった。
いきなり何を始めるのかと警戒する赤竜を見下ろしながら、さらに上昇を続ける。
「……俺の話は終わりだ。用件は済んだから、もう行くよ」
(待て……まだ、我は……)
「おまえなら、まともに動けなくても、他の奴に殺されたりはしないだろう? まあ、食い物くらいは自分で探して、あとは勝手に回復してくれ」
(だから、待つのだ。我の話はまだ終わって……)
「ああ、それとさ。全快したら、いつでも復讐しに来いよ。だけど、何度もおまえの相手をするのは面倒だから、次からは簡単には見つからないようにするし、見つかっても全力で逃げるからな」
カルマの姿が次第に小さくなっていく。
赤竜は空を見上げながら、小刻みに身体を震わせて――
(……いい加減にしろ!!! この我が待てと言っておるだろうが!!!)
咆哮のように激しい思念を噴き上がらせた。
数百メートル上空から、カルマは意外そうな顔で見下ろす。
「さすがは竜族の王だ。思ったよりも回復が早いな」
だったら何の問題もないなと、カルマは再び赤竜に背を向けた。
(……おい。貴様は本当に我を無視して、このまま立ち去るつもりか? 我に馬鹿にしていないという言葉は、やはり偽りのようだな?)
嘲るような思念を背中に浴びて、カルマは動きを止める。
「……それとこれとは話が別だ。馬鹿にはしていないけど、面倒だから置いていくよ」
(そんな理屈が通る筈がなかろう!!! 良いから、すぐに降りて来い!!!)
自分の言いたいことだけを言って、一方的に話を終わらせて放置してきたのだ。赤竜の言い分の方が正しいことは解っている。しかし正直に言えば、頑なな相手と議論するのは面倒だった。
どうしたものかとカルマは逡巡するが――不意に何かに気づいて上空へ視線を向けた。
「……解ったよ。後でおまえの話を聞いてやるからさ、少しだけ待ってくれないか?」
カルマの視線の先――高度数千メートルの上空に、彼らは忽然と出現した。
鳥のような白い翼を広げる十三体の巨人たちは、白銀の甲冑を纏っていた。
鎧で隠れているために生身の姿は見えないが、その白い翼と、頭上で輝く光の輪が、彼らが何者であるかを物語っている。
(其奴らは……)
「あのさ。とりあえず少し黙っていようか? こいつらは俺のお客さんだから」
カルマの空間認識能力が、巨人の大きさを正確に把握する。
十二メートルを超える巨体は赤竜に比べれば小さいが、巨人族としては最大級だった。もっとも、単なる巨人の筈はないのだが。
巨人たちはすぐに行動を開始した。無言のまま一体がカルマの頭上に、残り十二体が、それを中心点とする巨大な円を描く位置に転移する。
一斉に腕を振り上げると、それぞれの手に金色に輝く巨大な槍が出現する。圧倒的な質量を感じさせる膨大な魔力が、金色の槍から放たれていた。
(何という力を……)
赤竜の思念を無視して、カルマは巨人たちを見据える――
間髪を入れずに頭上の一体が槍を投げると、それを合図として残り十二体が同期するような動きで同時に槍を投げ降ろした。
十三本の巨大な槍は音速の数倍の速度で大気を突き破りながら、正確な軌道を描いて一点へと収束する。約一秒後、最初の一本がカルマの頭に、一瞬遅れて残り十二本が同時にカルマのいる空間を押し潰すように直撃した。
「ホント、おまえら性格が悪いよな」
十三本の槍を全身で受け止めながら、カルマは鼻を鳴らす。空間認識能力によって、最初の一撃を避ければ、地上の赤竜に直撃することを把握していたのだ。つまりは、カルマが回避することを封じた上での一斉攻撃だった。
「ほら、邪魔だから返すよ」
カルマが魔力を込めると、全ての槍が弾かれたかのように逆向きに加速する。
軌道をトレースされて正確に持ち主の元へ――しかし、十倍以上の速度で投げ返された槍を巨人たちは掴むことができずに、身体の中心部を貫かれた。
顔が隠れているから表情は解らないが、巨人たちの全身は震えていた。
しかし、それも一瞬のことで、十三体の巨人は光の粒となって消失する。
「……まあ。宣戦布告にはなったかな?」
カルマは赤竜に背を向けたまま、強かな笑みを浮かべた。
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