第7話 神凪カルマの敗北(1)
まるで他人事のような淡々とした口調だった。
しかし、そこにあるのは驕りではなく、ましてや強がりでも自暴自棄でもない。全てを受け止めた者の静寂だと、赤竜は感じていた。
「……それでも、もう戦わないとか殺さないとか、全てを否定するつもりなんてない。兵器の俺にとっては自己否定をするようなものだし、戦いは争いを解決する手段の一つだって思うからさ――
だけど、他に選択肢があるなら、俺はそっちを選ぶよ。殺してしまえばやり直しは効かないし、少なくとも俺にとって、戦いや殺しは目的じゃないからな――他の手段があるのに殺すことで解決するなんて、一番頭の悪いやり方だって俺は思うよ」
これはカルマ個人の考え方であり、他人に意見を押し付けるとか、共感を求めようなどとは思わなかった。他者が何を思い、何を考えようと構わない――
カルマは自分の思うように行動するだけで、他者を縛ろうなどとは考えなかった。だから俺がやろうとすることの邪魔だけはするなよと、漆黒の瞳が語る。
(……だから、我の命を救っただと?)
赤竜は全身全霊を込めて問い掛けた。
(我が貴様を本気で殺すつもりだったことくらい、理解しておるだろう? ならば自らの身を守るという目的から、我を殺す方が道理に適っているのではないのか?)
赤竜の問い掛けに、カルマは少し困った顔をする。
「おまえは気を悪くするだろうけどさ――はっきり言うよ。俺が自分を守るために、おまえを殺すことはあり得ない。おまえの力では、俺を殺すことは不可能だからな」
淡々と事実だけを伝えるように告げられても、赤竜は不思議と腹が立たなかった。
(それでも……貴様は神に喧嘩を売るために、この地に来たのであろう? その目的の邪魔になると考えれば、我を殺した方が正解ではないのか?)
自分で質問しながら赤竜には、既に答えが解っていた。
カルマもそれに気づいて、意地の悪い奴だなと苦く笑う。
「そこの選択基準が――正直、あんまり認めたくないけどさ――おまえを殺したくないっていう俺の感情だよ。確かに、おまえが俺の目的を邪魔する可能性はある。だけど、そういったリスクと自分の気持ちを天秤に掛けて、俺は感情の方を選んだんだ」
暫くの間、赤竜は正面からカルマを見据えていた。
それから、不意に思い立ったかのように表情を変える。
(……なあ、神凪カルマ殿よ?)
いきなり棘のない思念を向けられて、カルマは戸惑う。
「何だよ? いきなり『貴様』じゃなくなったのは、どういう心境の変化だ?」
カルマに一撃を食らわせたことを知って、赤竜は豪快に笑う。
(そのような嫌味を言うな、非礼なのはお互い様であろう……いや、我の方が分が悪いな。後ほど誠心誠意を込めて詫びるから、その前にもう少しだけ話をさせてくれぬか?)
「まあ、良いけどさ……それで、アクシア・グランフォルン殿は、今さら俺に何を聞きたいんだ?」
揶揄うような口調に苛立ちながら、赤竜は真剣な顔で続ける。
(神に喧嘩を売ると言うことは……つまり貴殿は、神に復讐したいのであろう? しかし……そもそも神を傷つける術など存在するのか?)
竜族の王の一人である赤竜アクシア・グランフォルンには、神々の大いなる力を感じ取る能力があった。
それでも……いや、たからこそ。神と戦うことが現実的ではないと考えるのだ。
竜族の王とて、神の存在そのものを感知することはできない。何故ならば、神々は世界の器の外側から全てを支配しているのだから――神界に身を置く神と戦う術を、神自身以外が持ち合わることは不可能だ。
「神を殺す方法は実在するし、俺はその手段を持っているけど――そもそも前提条件が間違っているよ。別に俺は、神に復讐しようとか考えてないから」
何を言っているんだと、カルマは事も無げに応えた。
「俺が居た世界だけで全てが完結していれば、世界が滅亡した時点で、俺は戦いを止めていたと思う。今さら神を殺したところで、何も戻ってこないからな。だけど――こっちの世界で奴らが新しい計略を始めたなら話は別だ。
勿論、この世界に義理なんてないから、滅亡しようが知ったことじゃないが――俺の世界と同じように、奴らの好きにやらせるのは嫌なんだよ。だから今度こそ、全てが思い通りにはならないってことを、奴らに教えてやる」
カルマは誤魔化すように軽い口調で言ったが――その根底にあるものを赤竜は理解していた。
(……神々の計略からこの世界を救うことが、神凪殿の本当の目的なのか?)
「おい、そんなことは一言も言っていないだろう? 俺は自分が気に入らないから、奴らの邪魔をしたいだけだ」
結局、同じことではないかと赤竜は思ったが、カルマが嫌がっていることを察して、それ以上突っ込まなかった。それに今は、他に聞きたいことがある。
(……神の計略とは何だ? 神凪殿は何を知っておるのだ?)
「いや、具体的なことは何も知らないよ。この世界に来る前に解っていたことは、奴らの活動する場所が、こっち側に移ったことくらいかな?」
惚けた調子で応えるカルマを、赤竜が睨む。
(……それだけで計略だと決めつけるのは、余りにも早計ではないか?)
カルマは当然だなと頷く。
「だから餌を蒔いたんだよ。この世界に転移した俺を、あえて奴らに感知させることで反応を探ったんだ――その結果が大天使による問答無用の襲撃だ」
個々が持つ魔力の色、波長のようなものを、神々は感知することができる。感知可能な範囲は正確には解らないが、少なくとも一つの世界であれば、何処にいようと位置まで特定できるのだ。
「大天使を現世に具現化する手段を、神々自身は持っていない。だから、こっちの世界の信徒に触媒と儀式魔法を使って召喚させる必要があるんだよ――信徒が自分から召喚するんじゃなくて、させるんだ。大天使の召喚術式を知っているのは神だけだからな。
勿論、召喚自体も簡単なことじゃない。時間も魔力も触媒も相応に必要だ。つまりは、大天使なんて危険な存在を、信徒を大掛かりに使って召喚させるだけの目的が、既に存在してるってことだな」
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