31.終焉(3)

 ――どれぐらい時間が経ったのか……俺には分からなかった。


 目を覚ますと、窓からは白い昼の光が降り注いでいた。

 多分……丸1日が経って、次の日の昼なんだと思う。浄維矢を使ったときって、かなり長い間寝てしまうから。


 隣を見ると、水那はすでにいなくなっていた。……そりゃ、そうか。

 少し淋しく感じたが、俺はベッドから出ると服を着て部屋の外に出た。

 前は神官に案内してもらったから、どうやってあの部屋に辿りついたか見当もつかない。

 完全に迷子だった。


「……あ、ソータ」


 適当に歩いていると、セッカにバッタリ会った。


「よかった! もう、どっちに行けばいいのかわからなくて……」

「昨日よっぽど慌ててたんだね。……迷子?」

「うるさいな」


 確かに、水那に何て言おうか必死で考えてたから……周りの状況なんてまったく目に入ってなかったからな。


「トーマはどうした?」

「ソータのお父さんが見てるよ。かなり慣れてて、あたしの手伝いなんかいらないくらいだった」

「そっか」


 仕事柄、子育てなんて不得手だと思ってたけど……。結構、母さんを手伝ってたのかな。


「それで、ミズナは?」

「かなり前だけど……ミズナが自分の部屋に戻ろうとしてるとこに会った。部屋に用事があるからって。ここから真っ直ぐ行って、突き当たりを左ね」

「わかった。ありがと」


 俺はセッカにお礼を言うと、走って水那の部屋に向かった。

 セッカに教えてもらった通りに行くと、茶色の少し小さめの扉が現れた。

 そうだ……この部屋だ。水那に再会した部屋。


『……水那?』


 ノックをする。……何も反応がない。


『どうした?』


 親父が通りかかった。十馬を片手で抱えている。十馬の方も、すっかり親父に慣れたようだ。


『いや、水那はどこに行ったかな、と思って』

『ついさっき会った』

『えっ!?』


 親父の言葉にびっくりする。

 そして親父は、何だか眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。


『何だよ。……何か言ってたか?』

『十馬を抱っこして……歌を歌っていた』


 歌……あの、思い出の子守唄か。


『そしてぎゅっと抱きしめたあと、わたしに十馬を抱いててくれと言ってな。それから「十馬をよろしくお願いします」と言ってそのまま去って行ったから、何だか気になって。それでわたしも来てみたんだが……』

『……』


 猛烈に嫌な予感がした。


『水那、入るからな!』


 俺はとりあえず大声でそう言うと、水那の部屋の扉を開けた。

 案の定……そこには誰もいなかった。

 あったのは、簡素な作りの机の上の、1枚の紙切れだけ。日本語の文面だった。



   ◆ ◆ ◆



颯太くんへ

 私はずっと、自分は要らない存在だと思っていました。

 でも、颯太くんと旅に行きたくて……そして旅では足手まといになりたくなくて、それで、ちょっと無茶をしたり、返って足手まといになってしまったこともあったかもしれないです。

 でも……旅の中で、闇やジャスラの涙に触れて、私はやりたいことを見つけました。


 颯太くんと、ずっと一緒に居たかった。でも、それじゃジャスラは救われないから。

 颯太くんが颯太くんにしかできないことでジャスラを救ったように、私は私にしかできないことで、ジャスラを救います。

 それが、私の恩返しです。


 十馬をよろしくお願いします。駄目な母親で、ごめんなさい。

 最後に、颯太くんの気持ちがわかってよかった。

 颯太くんに会えて、本当によかった。

 さようなら。

           水那より



   ◆ ◆ ◆



『……ちょっと待て。どういう……』


 横から手紙を覗き込んでいた親父が呟く。


『……水那!』


 俺は手紙を握りしめ、部屋を飛び出した。


 水那にしか……できないこと。何だ? 何をしようとしている?

 ジャスラを救う……闇の浄化か!?


 俺は一年前にこの部屋に来たときの道順を思い出しながら……とにかく神殿を目指して走った。


「ソータ!?」


 通りがかったセッカが驚いたように俺を見る。


「おい、神殿はどっちだ?」

「こっちだけど……」


 俺につられて走り出す。


「ねぇ、何かあったの?」

「ミズナが独りで何かをしようとしている。さよならって……手紙に……」

「えーっ!」


 セッカは大きな声を上げると、スピードを上げて俺の前を走った。「こっち!」「ここを右!」とか指示しながら駆けてゆく。

 俺はセッカの後について必死に走った。少し後ろから、親父も走ってきているのがわかった。

 やがて……見覚えのある大きな扉が見えてくる。


『――水那!』


 俺は大声で叫ぶと、扉を開けた。

 ネイアと水那が、ハッとしたように俺の方を振り返る。


「ソータ! お前も止めるのだ!」


 ネイアが叫んだ。ひどく狼狽えている。

 神殿の前で、ネイアが水那の両腕を必死に掴んでいた。


「どうして、ソータと共にミュービュリに戻らぬのだ。以前とは……違う。ミュービュリに帰る場所が……お前の居場所が、あるのだぞ!」

「私にしか、できない……ジャスラを救う道が、ある、んです。もう二度と……闇が、蔓延はびこることの、ないように……できるん、です」

「それって……」

「……浄化です」


 水那は少し微笑むと、ネイアの手をそっと離し……神殿の方に向き直った。頭を垂れて、祈りを捧げる。

 ネイアは身じろぎもせず、突っ立っているだけだ。


『待て! 十馬の母親だって……お前にしかできないんだぞ!』

『……』


 水那は振り返らない。長くなった茶色い細い髪が背中を流れているのだけが、見える。


「【――……!】」


 まさか……強制執行カンイグジェ? 自分に!?


『待てって! 俺の女だって……お前しかいないんだぞ!』


 俺の叫びは、水那には届かなかった。

 水那の体がふわりと浮かびあがる。神殿から闇の触手が現れ、水那を攫った。

 神殿の中に……あっという間に吸い込まれる。


『水那――――!』

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