30.終焉(2)
ネイアに見送られ、俺と水那は親父の居る部屋に案内された。
セッカも「何か心配だから」と言って俺たちについてきた。
『……颯太!』
扉を開けると、親父が驚いた表情で出迎えた。そして俺達のところに駆け寄ってくる。
『親父……あの……』
『水那さん、颯太なんかのために苦労したそうで……本当に、すまなかった』
親父は俺を素通りすると、水那の前に来て頭を下げた。
『え、いえ……そんな……』
『で……これが、わたしの孫か?』
『……はい。十馬って……名づけました』
『そうか。颯太の赤ん坊の頃と似ているな』
親父がにっこり微笑んだ。
俺は、親父の予想外の言動にちょっと驚いた。
いつも厳しい顔してるのに……孫となると、やっぱり違うのかな。
「ソータのお父さん、嬉しそうだよね。やっぱり、孫は可愛いもんね」
セッカがこそっと俺に囁く。
「そうなのかな……。意外だ」
『あの……抱いて……』
水那が親父に十馬を差し出した。親父は嬉しそうに笑うと、十馬を軽々と抱き上げた。
『おお、いい目をしているな』
『あの……親父……』
恐る恐る声をかける。親父は俺を見ると、少し微笑んだ。
『お前は……無意識だったかもしれないが……』
『え?』
親父が十馬をあやしながら、ゆっくりと何かを思い出すように話し始めた。
『十年前、あんな形で水那さんと離れてから……時折、水那はどうしているんだろう、と呟いていた。ずっと……何年も、忘れずに』
『……!』
思わず顔が熱くなる。
俺……そうだったっけ?
もちろん、忘れたことはなかった。季節が巡ると、どうしているかな、と思っていたことは確かだ。
まさか、親父に聞かれていたとは……。
『だからわたしも気になって、お前に伝えることはできないものの……個人的に調べては、いた』
『そうだったんだ……』
『父親が現れて引き取られ、そして間もなく行方不明になったと聞いて……法律では結局何も守れない、どうすればよかったのか、と考えていた。もちろん、颯太に言うこともできず……』
『……』
親父は少し溜息をついた。
すると腕の中の十馬が親父を励ますかのようにパシパシ叩いたので、親父はハッとして十馬に微笑みかけた。
『だから……ここで会えて、よかった。本当に、申し訳なかった』
『いえ、そんな……』
水那が慌てたように手をぶんぶん振った。
『あの……嬉しい、です。その……こんなことになって……すごくお怒りかもしれない、と思って……』
『それはないよ。ネイア殿から話は聞いたのでね。それにさっきも言ったように、颯太はずっと昔から……』
『わーっ!』
俺は慌てて親父を制した。絶対、余計なことを口走りそうだったからだ。
『何を今さら……』
親父がちょっと呆れたように俺を見る。
そんなこと言われても、俺自身がまだ何も水那に……。
――そうだ。言ってない。
言おうと思ったときに十馬の出産になったから……俺は結局、言えてないんだ!
「セッカ!」
「え、何?」
俺たちの日本語の会話を必死で聞き取ろうとしていたセッカが、びっくりしたように俺を見た。
「俺はミズナに話がある。親父と一緒にトーマを見ててくれ」
「それは、いいけど……」
『親父。セッカが手伝ってくれるから、ちょっと十馬を見ててくれ。俺は、水那に話があるんだ』
『まあ、いいだろう。二人きりで話す機会など、ずっとなかっただろうからな』
『サンキュ!』
俺は水那の手を取った。
『水那、場所を変えるぞ』
『う、うん……』
水那は驚いたように、俺を見上げた。
* * *
廊下で待ってくれていた神官が、俺と水那をある部屋に案内してくれた。
ヤハトラは地下にある。なのに、その部屋はなぜか、窓があった。
覗くと、辺り一面の、海。
『……奇麗だな』
『うん……』
白い昼の光に照らされて……水面がキラキラ輝いている。
……シチュエーションはこれだけバッチリなんだ。
ちゃんと、水那に伝えなければ……。
恥ずかしくても、適当に誤魔化したりせずに。
――頑張れ、俺!
『えっと……』
『……』
『小5のときに、初めて会って……』
『うん』
『あんまり長い間一緒にはいなかったけど……俺は、離れ離れになってからもずっと水那のことが気になっていた』
『……』
『施設ってどんなところかな、とか……苛められたりしてないかな、とか……』
『……』
水那は窓の外を見ながら何も言わず、黙って聞いていた。
『……で、ここで再会して。すごく、嬉しかった。ここにいたのが水那じゃなかったら……俺は旅に連れて行かなかった、と思う。責任取れないし。水那だから、俺が守ろうって。一緒に旅をしようって思ったんだ』
『……』
よし……結構、ちゃんと言えたよな。
しかし水那が何も言わないので、俺はちょっと気になって顔を覗きこんだ。
すると……水那が静かに涙をこぼしていた。何を悲しませたのかと急にワタワタしてしまう。
『えっ……』
『あ、違う……違うの』
水那が少し笑って手で涙を拭った。
『私……ずっと、颯太くんは……旅の間、保護者としての責任感から私を守ってるんだと……思ってたの』
『え……』
『だから……ハールの祠で、気持ちがないのに……って呟いてて……』
『そ、れは……逆!』
『……逆?』
『……そう』
どう言ったらいいか分からず口ごもっていると、水那が首を傾げた。
『でも……そのあとも、二人きりにならないようにしたり……優しくはなったけど距離を感じたり、したから……。やっぱり、颯太くんは……私から離れたかったのかなって……』
そうか……やっぱり、俺がちゃんと言えなかったのが駄目だったんだな。
どんなに大事に思っていても……伝えなきゃ、意味がない。
『……それも逆』
『……逆?』
水那はまだ不思議そうだった。
『でも……十馬がお腹にいることがわかって……すごく謝ってたし、申し訳ない……みたいな……』
『――悪かった。本当に、俺が悪かった』
俺は水那の言葉を遮った。
水那は多分、全く悪気なく言ってるのだと思うが……どれをとっても俺の不甲斐なさが浮き彫りになっていて、いたたまれない。
せめて……今だけは、ちゃんと言わなくては。
『俺は……ずっと、水那が怯えてると思って』
『……私……が?』
『そう。……昔のこともあって、男が怖いのかな、と。だから……あまり近寄らないようにと言うか、何と言うか……』
俺は頭を掻きむしった。
『……というか! 近寄り過ぎると抱きしめたくなるし、もっと……ってなるから! そしたら……怖がって逃げられるんじゃないかと……』
水那はかなり驚いたようで、目を見開いて俺を見上げていた。
『……まぁ、つまり……俺にとって……水那は……大事で……何と言うか……』
俺はそこまで言うと、自分の顔が真っ赤になっている気がして思わず視線を逸らした。
……いや、多分、猛烈に赤いに違いない。すげぇ熱いし。
でも、ちゃんと言うんじゃなかったのかよ。しっかりしろ!
『……私……も……』
少しパニックになっていたところに、水那の澄んだ声が聞こえてきた。
『施設でも……苛められはしなかったけど、なかなか馴染めなくて……最後には……居場所もなくなって。ここに残っていたのは、いつも……あの、わずかな……颯太くんとの思い出だった』
驚いて振り返る。
……水那が、自分の胸に手を当てながら呟くように言った。
『ヤハトラに着いたとき……どうしようって思ったの。でも……ネイア様が、颯太くんが来るって言ったから……待ってようと思って』
『……』
『……颯太くんに……会いたかったから』
水那は俺の方を見ると、にっこりと微笑んだ。
俺が一番見たかった――幸せそうな笑顔だった。
『水那……!』
俺は思わず水那を抱きしめた。
遠い……近づきすぎたら、壊れてしまう。
そう思っていた水那が――今、こんなに近くにいる。
前よりずっと……強く、綺麗になって。
俺は水那の顎に手をかけると……そのままキスをした。
『無理だ……止められない』
唇が離れてから……俺は思わず呟いた。
『十年分の想いがあるから……無理』
水那は少し微笑むと……黙ったまま、ぎゅっと俺に抱きついてきた。
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