14.ハールの祠(3)
一番目の勝負が終わってから少し休憩した後、再びホムラに呼び出された。
心なしか、ギャラリーが少し増えている。
「じゃあ、二番目は石割りだ!」
「石……割り?」
「そこを見ろ」
ホムラが指差した方を見ると、砂浜と林の間に岩がゴロゴロ積み上がっている。
「ここから同じぐらいの大きさの石を二つ選んで、どちらが早く割れるか勝負だ。俺は拳と剣を使う。お前も好きなものを使っていいぞ」
これは、石じゃなくて岩って言うと思うんだが……。
まぁ、これは俺に分があるな。
「俺は弓を使う」
「わかった」
ホムラと手下があーだこーだ言いながら二つの石を選んだ。
あまりごつくない、墓石ぐらいの厚さの岩だ。どちらも同じ色だし……多分、固さも同じなんだろう。
卑怯なことしそうにないもんな、ホムラって。
俺は深呼吸すると、ダンさんが新しく作ってくれた鉄の矢を取り出した。
そして岩山を駆け上がって林の手前に陣取る。
「おい……そこから撃つのか!?」
ホムラが驚いたように大声を出すと、俺を見上げた。
多分、岩からは二十メートルほど離れている。
「そうだ!」
俺も大声で返事した。
上から打ち下ろす格好になる。でもこっちの方が、重力も考えれば威力が出るはずだからな。
手下が俺たち二人を見比べると、
「じゃあ、始め!」
と号令をかけた。
俺は深呼吸をした。意識を集中する。
弓を引き絞り……思いきり放つ。
カッ……という音がして、矢が岩に刺さった。だいたい、思い通りの場所に行ったと思う。
二射目……一射目のわずかに下。手応えがある。
何となく……岩の中心を捉えている気がする。
そう思った瞬間、岩にビシッと亀裂が入った。
何となく、ヒコヤの魂が乗り移っている気がする。普通ならこんな簡単にはいかない。
未知の力が俺に働きかけているような気がする。
俺は意識を集中すると、続けて三射目を放った。
三射目が亀裂を捉え……岩が真っ二つに割れた。
「うおー!」
「すげー!」
「弓ってカッコいい!」
見ていた子供たちの歓声で、ふっと我に返る。
岩山をゆっくり降りながらホムラの方を見ると……亀裂は入ったものの、まだ割れてはいなかった。
「……俺の勝ちだな」
砕けた岩から矢を取り出す。
「正直……驚いたぜ。弓にこんな威力があるなんてな」
「ダンさん特製の鉄の矢のおかげだ」
汚れを落とす。矢尻を見たが、ヒビが入ったりはしてないようだ。
確か、セッカが石を割るのに鉄の矢を使ったりしたと言っていたからな。イケるだろうとは思った。
俺はダンさんに感謝しつつ、鉄の矢を矢筒に戻した。
ヒコヤの力を受け止めるだけのものがこの矢になければ、こうも上手くはいかなかっただろう。
* * *
再びしばしの休憩を取ってか砂浜に戻ってくると、ギャラリーがびっくりするぐらい増えていた。
子供たちに交じって大人の女性が増えている。仕事はどうした、と思ったが、悪い気はしない。
「……何だ?」
「ソータがカッコよかったって話が回って、最後の勝負を見にきたみたい」
セッカが半ば呆れたように言った。
「まったく……お祭り騒ぎが大好きな集落みたいね」
「はは、ホムラらしくていいんじゃないか」
そんなに長い時間過ごしたわけではないけど……何となく、ダンさんがホムラを気に入っている理由が分かった気がした。
「さーて、三番目をやるぞー!」
ホムラがガハハと笑いながら陽気に現れた。
「何をするんだ?」
俺が聞くと、ホムラはニッと笑ってロープを取り出した。砂浜に円を作る。
これは、もしや……。
「おい……相撲か?」
「スモーって何だ?」
「何て言うか……組み合って押し出されたり、倒された方が負けっていう……」
「おお、それだ」
「おい! どう考えても体重差があり過ぎるだろ!」
俺はさすがに抗議した。
しかもホムラは腕一本で木刀を凌ぎ、砕けさせた怪力の持ち主だぞ。
「だから、ハンデをやる。俺は真ん中から一切動かないし、お前に攻撃したりもしない。防御はするがな。お前は俺を殴ろうが何しようが構わない。俺を倒すか押し出せば勝ちだ」
「……」
「やっぱり最後は、身体と身体のぶつかり合いだろ。それが一番、分かりやすいしな」
「……まぁ、な」
ホムラは、意気込みを見せろと言っていた。俺の本気をぶつけてこいってことなんだろうな。
しかしな~。これはさすがに厳しい気がするんだが。ま、やってみるか。
体育の柔道、もう少し真面目にやっておけばよかったかな。それに弓道にしても、体力づくりの方は結構怠けてたからな。
ああ、今まで適当に過ごしてきた自分自身が悔やまれる……。
――そうか。俺のこういうところを、親父は心配していたのかな。
「用意はいいか?」
ホムラが円の中心に立って腕組みをしていた。
「いいぞ」
俺は上着を脱ぎ捨てて、上半身裸になった。服とか掴まれて阻まれると面倒だからな。
本当はズボンも脱ぎたいところだが、さすがにそれは無理。
「じゃあ……始め!」
砂時計を持った手下が声を上げた。
「うりゃあ!」
俺は思いきり突進すると、ホムラの腰にしがみ付いた。
うわっ……やっぱりでけぇ! 二メートル近くあるな。
頑張って踏ん張って押してみるが……ビクともしない。
この身長差だし……下に潜り込んで足を持ち上げてみるか。
俺はさっと離れて距離を取ると、もう一度ホムラに突進した。ガッと左足を掴む。
そのまま持ち上げようとしたが、ホムラは
「おっとと……」
と言って、体が持ち上がらないようにうまく体重を移動させた。巨体だけど、かなり繊細なバランス感覚の持ち主だ。
でも……今の動きで分かった。ホムラの軸足は右だ。右足を攻めた方がいいかもしれない。左足の方が、脆いはずだ。
それに……あの、膝カックンだっけ? 子供の頃に友達とかによくやった、イタズラがあったよな。
背後から右膝の裏を攻めてバランスを崩したところを持ち上げる、というのはどうだろう。
俺は素早くホムラの背後を取ると、思いきり右膝の裏を拳でどついた。
「うおっ!」
ホムラがバランスを崩す。俺はすぐに右足を取ると、思いきり持ち上げた。ホムラの身体が仰け反る。
「うおっとー!」
ホムラは左足一本で自分の身体を支える。ここで思いきり右足を上げれば……!
「うおぉぉー! よいしょ!」
急にホムラの右足が重くなり、地面についてしまった。その勢いで、俺の方が吹き飛ばされてしまう。
「くそーっ! いい作戦だと思ったんだけどなー!」
思わず叫ぶと、ホムラがニヤッと笑った。
「お前、やっぱり見る力はあるな。すげぇぜ」
「ちっ……余裕ぶっこきやがって!」
俺の頭の中では、左腕の痛みとか、船を借りなきゃいけないとか、水那にカッコいいところを見せたいとか、何だかどうでもよくなっていた。
ただがむしゃらに、ホムラに向かっていて……気が付いたら、時間切れになっていた。
* * *
「はー……」
藍色の空を眺める。何だか体中が痛い……。
「あの冷静なソータをここまでムキにさせるなんて……ホムラの体力バカも、捨てたもんじゃないね」
セッカが俺の背後から現れた。水那も隣にいる。
三番勝負が終わったあと、集落の皆が俺たちに料理を振る舞ってくれた。
やっぱり俺が指摘した通り、最近は海の獣が荒れていて漁がうまく行かない日が多かったようだ。
それで結構沈みがちで……要するに、士気が下がっていたらしい。
でも、今日の三番勝負がすごく盛り上がったから、久し振りにみんな楽しめたようだ。
勝負が終わったあと、いろいろな人が俺のところに来て激励してくれた。
近寄ろうともしなかったのは、やはり、あの赤毛の男だけだ。
ついでにいろいろな人に聞いてみたが、赤毛の男はホムラの幼馴染で、この集落ではいわゆるナンバー2的な位置にいるらしい。
闇に囚われてるということは、裏切り者である可能性も高いと思うが……ホムラも集落の人も、かなり信用しているようだ。
どう伝えたものか……と考えているうちに、結局言えなかった。
ホムラは俺たちを使っていない小屋に案内してくれた。ホムラが寝泊まりしている小屋よりは少し広くて、どうにか三人寝られそうだ。
ホムラは豪快に笑って「じゃあ、明日船を出してやるよ」と言って帰って行った。
三番勝負で意気込みを見せろなんて言ってたけど……多分、集落を盛り上げるきっかけになれば、とでも考えていたのかもしれないな。
それに……余所者の俺たちが馴染みやすいように、という思いもあったかもしれない。
――いや、そこまで考えるタイプじゃないな……多分。何となく、いいと思ったことをドンドンやっていっただけなのかも。
「そうだな……。今まで適当にやり過ごしてたからな……」
セッカと水那が俺の隣に腰を下ろす。
「がむしゃらってのは忘れてたな。いい機会になったよ」
「適当って?」
セッカが不思議そうに聞いてくる。
まぁ、セッカにも縁のなさそうな言葉だよな。
「真面目にやってたのは弓道……弓だけでな。あとは、勉強も人付き合いもなすがままというか……」
さすがに女、と言ってしまう訳にはいかん。
「ふうん……。あ、そうだ。集落の女の子たちが何か騒いでたけど、間違っても相手しないでよね」
「分かってるよ。今はそれどころじゃねぇっつーの」
元いた世界の同級生の女子を思い出す。
適当に流してた俺に対して……あれはあれで、すごく一生懸命だった子もいたんだろうな。
中途半端な対応して、悪いことしたよな……。
『……ん……』
水那が胸を押さえながら少し呻いた。
『どうした? 具合が悪いのか?』
『……少し……』
この海岸は、デーフィに比べると闇が濃い。水那の身体にはキツいのかもしれない。
「明日には闇を回収する。それで兄弟間の争いも治まればいいんだけどな」
「そうだね……」
セッカが水那の肩を抱いて背中をさすってやっている。
闇にはあまり関係ないだろうが、人の温もりをあまり知らない水那にとっては、いいのかもしれない。
「あ、そうだ。多分、ミズナも気づいていると思うが……一人だけ、闇にとり憑かれている人間がいる」
「えっ!」
セッカが素っ頓狂な声を上げた。水那は小さく頷いている。
「あの、ホムラの手下三人衆の赤毛の男だ」
「本当に!?」
叫んだあと、セッカは何やら黙り込んだ。
「明日、闇を祓ったら無くなればいいんだが。ホムラもかなり信用しているみたいだし、どう切り出したらいいか……」
「……そう言えば」
セッカはじっと俺の顔を見た。
「今日の昼間、絡まれたじゃん。アブルの手下とかいう奴らに」
「そうだな。あいつらも闇にとり憑かれてたぞ」
「あの時さ……あいつら、右の林から現れたよね? 左側がアブルの領地なのに……」
「……ん?」
俺はその時のことを思い出した。確かに……そうだったかも。
「その……ソータが言っている赤毛の男と、通じてるってことじゃない?」
セッカの言葉に……俺たち三人は、思わず顔を見合わせた。
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