15.ハールの祠(4)
その後しばらく三人で話し合っていたが、闇を祓えば消えるかもしれないということになり、とりあえずホムラには黙っておくことにした。
その代わり、俺たちで赤毛の男の行動を見張ればいいだろう。
何となく胸騒ぎを覚えながらも眠りにつき……次の日。
ホムラが俺たちを元気よく起こしに来た。
「おらー、昼だぞー! 船出に持って来いだぞー!」
「だー……」
「うるさ……」
俺とセッカはぼやきながら目を擦った。水那も何やら辛そうだ。
「今日、あの手下三人衆は?」
「ああ、あいつらか?」
ホムラが窓を開けながら振り向いた。
肩には、サルの顔をした鳥が相変わらず乗っかっている。
「ジンは出かけたよ。国境付近で悪さする奴がいるからな。何かあれば知らせてくれると思うが……何もなければ、昼の間は戻ってこないな。他の二人は俺の船の準備をしてくれてる。普段使ってない小舟だから、ちょっと整備が必要でよ」
「ジンって……?」
「赤毛の男だ」
俺とセッカは顔を見合わせた。
(戻ってこないなら、今のうちに祠に行った方がいいかもしれないな)
(そうだね)
俺たちは小声で話すと、すっくと立ち上がった。
「すぐ出れるのか?」
「ん? ああ、多分」
「じゃあ、頼む」
俺たちは素早く準備をすると、ホムラと一緒に小屋を出た。
海岸まで出ると、辺りに並んでいる船よりかなり小さい舟がつけられていた。
十人乗りぐらいの、本当に小ぶりな舟だ。いわゆる帆船、というやつだろうか。
社会の教科書で見たような……と、それぐらい俺には大昔の原始的な舟に見える。
だけど、中央のマストにくくりつけられた白い帆がハタハタとはためいていてカッコよかった。
今から冒険に出るんだぞ、という感じがする。
その傍には手下の二人がいて、ホムラの姿を見つけると
「終わりましたよー、ホムラさん!」
「バッチリっす!」
と元気に叫んだ。
「おう、お疲れ。じゃ、ソータ、乗れ」
「ああ。……あの、どうもありがとう」
俺は二人に丁寧にお礼を言うと、舟に乗った。
水那、セッカの順に乗る。
俺たちがちゃんと乗れたのを確認すると、ホムラは頷き、肩に乗っていたサル顔の鳥を手下に預けた。
「じゃ、行ってくる。何かあったらオリガを寄越せ」
「了解っす!」
「気を付けて」
二人の手下が笑顔で手を振る。
ホムラは片手を上げて「おう!」と答えると、颯爽と舟に乗り込んだ。
ゆっくりと船を漕ぎ出す。
島は意外に遠く……水の流れの関係で、ぐるっと回らなければ着けないらしい。
「あのペット、オリガって名前なんだな」
「おう。俺が卵から孵したヤツでよ。離したら必ず俺の方に飛んでくるから、伝令にも使ってるんだ」
「ふうん……」
ジャスラの海は潮の香りが全くしないなと思ったら、塩水じゃなくて普通の水らしい。潮の干満もないそうだ。
本当に、いろいろなところが俺の住んでいた世界とは違う。
……鳥の顔がサルだし。
「祠もな、昔は番をする人間とかいたらしいんだ。だから今でも一応住めるようにはなってるんだけどよ。今は誰もいねぇな」
「そうなんだ……」
「でも、お前たちが言っていることが本当なら、もっと大事にした方がいいのかもしれねぇな。レッカもそう言ってたし」
「レッカ……ホムラの兄貴だよね。どんな人なの?」
セッカが興味津々で聞いた。
「レッカは賢いし、ずっと親父の補佐もしていたし……次の領主は絶対レッカだって、俺は思ってた。……というか、今でもそう思ってる。だけど、今から1年前……親父が死ぬちょっと前かな。レッカは身体を壊してよ。それ以来、全然家から出れなくなったんだ」
「え……」
「ずっと、地下に作った部屋に閉じこもっててよ。直接会えるのは、奥さんのキラミと息子のエンカと、俺ぐらいかな。そしたら、カガリの奴が急にレッカは相応しくないとか言い出しやがってよ。アブルはカガリに同調して、急に強気になりやがって、乱暴な奴らばっかり従えるようになって……何か、おかしなことになってるんだよな」
ホムラはそう言うと、溜息をついた。
カガリの「次の領主になりたい」という欲に闇がとり憑き、アブルも巻き込んで増長しているんだろうか。
だとすると、祠の闇を回収するだけでは収まらないかもしれないな……。
「まぁ、いつか決着をつけなきゃなんねぇんだけどよ。今んとこ、どうしたらうまく収まるか分かんねぇってとこだな」
ホムラは吐き捨てるように言うと、船を漕ぐ手に力を込めた。
そうこうしているうちに、島が目の前に現れた。岩穴がぽっかり開いている。
あの奥に、祠があるんだろう。
前にデーフィの祠の山で見た時と同じように、黒い触手がうにょうにょと蠢いている。
「さてと……」
俺が降りようとしたとき、遠くから何かが飛んでくるのが見えた。
「キキーッ! キーッ!」
さっき言っていたオリガだ。鳴き声は……今度は顔と一致してサルだな。
「ん? どうした?」
「キキー!」
何やら興奮している。ホムラの膝に止まると、翼をバサバサと揺らしていた。
ホムラはオルガをなだめながら、翼にくくりつけられた紙切れを開いた。
――途端に、グワッと目が見開き、鬼のような顔になる。
「どうした? 何があった?」
「アブルたちが俺の領地に攻めてきたらしい。昨日の仕返しだと……」
「えっ!」
水那の顔が真っ青になり……ふらりとよろけた。慌てて支える。
俺は遠くの陸地を見た。確かに……闇が集中しているのか、真っ黒に見える。
アブルの手下とやらが引き連れてきた闇なのかもしれない。
「ホムラ! 俺とミズナを下ろしたらすぐ戻れ!」
「え、だが……」
「俺はとにかくここで闇を祓う。それで正気に返ってくれればいいが……」
「しかし、お前らは……」
「俺は闇を回収したあと、丸一日寝込んでしまうんだ。戦力にならない。かえって邪魔になる。そしてミズナは、俺の傍にいないと危険だ。だから……ここで休んでるから、明日迎えに来てくれればいい」
「……」
「セッカ、ホムラを手伝え。分かったな!」
「うん! 任せて!」
俺は水那を抱えると、島に降りた。
ホムラが物凄い勢いで船を漕ぎ始める。
間に合えばいいが……。
水那を見ると、ひどい汗をかいていた。デーフィの祠の時とは比べ物にならない。
『水那……どうした? 前より酷いな』
『私……私の……せいで……』
水那が胸を押さえながら苦しそうに呻いている。
『うっ……くる……し……』
『もう少しの辛抱だぞ』
俺は背負っていた荷物を下ろすと、代わりに水那を背中に背負った。
荷物から長い紐を取りだし、体にくくりつける。
とりあえず闇を回収するのが先決だろう。俺は岩穴に足を踏み入れた。
岩穴の床には、結構な数のジャスラの涙の雫が落ちていた。とりあえず目につく分だけ拾っておく。
全部集めたいが……まずは、闇の回収だ。
さらに先に進むと、途中の壁に横穴が開いていた。
覗くと、ベッドと机がある。ホムラが言っていた、番をする人間が寝泊まりする部屋なのだろう。
今日はここに泊まるしかない。
手に持っていた荷物をとりあえず放り込む。
弓だけ手に取ると、そのまままっすぐ奥に向かって進んだ。
闇の気配がどんどん濃くなる。
腕で払いのけながら進むと、前と同様、やがて天井が高い空間に出た。
見上げると、やはり上の方に祠がある。
「……よし」
呼吸を整える。
焦ったら……駄目だ。集中しなければ……。
徐々に……俺の意識が大きな宇宙みたいなものに飲み込まれるような感覚に陥った。
胸に……勾玉の力を感じる。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。……汝の聖なる珠を我に。我の此処なる覚悟を汝に。闇を討つ
宣詞を唱える。右手に、浄維矢が現れる。
俺は、祠の丸い穴に狙いを定めた。
心に焦りがあったら当たらない。気持ちが一つに定まるまで……弓を引き絞る。
「……はぁ!」
焦点がピタリと合った瞬間、俺は浄維矢を放った。
闇を切り裂き、矢が丸い穴に穿たれる。辺りが光に包まれ――闇が光に絡め捕られる。
丸い光の珠がものすごい速さで俺の胸の奥に入ってきた。
胸の奥がしめつけられる感覚に、思わずよろける。
これでどうにかなっただろうか……。なっててほしい。ハールは……あの集落は、無事だろうか。
陸の様子が気になったが、水那を背負ったままだったこともあって、俺は前よりも疲れを感じていた。
どうにか横穴に辿りつき、紐を外してベッドに水那を寝かせた。
前なら、闇を吸収したあと水那は楽になっていたはずだが……今日は様子がおかしい。
ずっと胸を押さえて苦しんでいる。
『水那……水那!?』
そう言えば、さっきから変だった。
前は意識が朦朧としていただけで、こんなに苦しそうにはしていなかった。
いったい、何が……。
『私……嫌……黒い……気持ち……』
『水那!』
そのとき、俺の胸の中からあの感触が蘇った。
“……ソータ。ハールの祠も無事に……”
「ネイア!」
ネイアなら水那の異常が分かるに違いない。俺は思わず叫んでいた。
“何だ。どうした?”
「ミズナ……ミズナが苦しそうで……」
“何だと? 何があった?”
「分からねぇんだ! いったいどうして……」
“落ち着け。……そこにミズナは居るのか?”
「ああ」
俺は水那を抱きかかえると、自分の胸に水那の顔を押しあてた。
『胸……黒い……抑えて……』
水那がうわ言のように呟く。
“胸……黒い?”
ネイアが水那の言葉を繰り返す。
“おい……ミズナはどこかで闇を吸ったか?”
「いや、そんな……」
そこまで言いかけて、俺はデーフィの森でのことを思い出した。
ネジュミが倒れた後、闇が一斉に水那に襲い掛かった。俺は間一髪祓ったつもりだったけど……。
もしあのとき、少し体の中に入っていたとしたら?
「ひょっとしたら……」
“覚えがあるんじゃな!”
ネイアが大声で叫んだ。
その声に、俺の心臓がドキリと音を立てて凍りついた。
かなりマズい状態だというのが、ネイアの様子から感じ取れたからだ。
“体内に潜んでいた闇が、何かのきっかけでミズナの心に喰らいついた。ミズナは浸食されないように必死で抑えているのだ”
「どうすれば……」
“ジャスラの涙の雫はあるか”
「ある。……えっと、十粒ぐらい」
さっきとりあえず拾った分を数える。
“十分だ。それをミズナに飲み込ませろ”
「それで守れるのか?」
“まだじゃ。そして飲み込んだら……ソータ、ミズナと契れ”
「――は?」
俺は一瞬、ネイアの言った意味がわからなかった。
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