第10話

 小説家を目指すには、出版社が主催している新人賞などに応募することが昔からの王道かもしれない。そこで賞を取れれば、出版社がいろいろバックアップしてくれて、華々しくデビューとなるだろう。


 ……たぶんな。オレにはそんな経験無いから、伝聞でしかないんだが。


 だが最近は少し変わってきたと言われてるみたいだ。

 それは――


 小説投稿サイト。

 ネットにアクセスできるならばド素人でも小説を投稿できるサイト。

 そしてネットを通して自分の作品を広く、それこそ世界中の人に向けて発信することができるサイト。


 いつの頃からかそういうものがインターネット上に現れた。

 そこに投稿された作品がネット上で人気を博し、そして書籍化、つまり商業デビューするということが最近増えてきたんだそうだ。


 〝小説の森〟もそういうサイトの一つだ。

 特徴としては、某大手出版社がバックにいるということだろうか。


 他にも、ユーザー数は日本最大級と言われる〝目指せ小説家〟というサイトもある。


 もちろんそれ以外にもあるが、オレが知る限り、この二つが現在日本での双璧とも言われる小説投稿サイトだ。


 オレは三年ほど前から、〝小説の森〟にアカウントを作り、自分の小説を投稿している。


 現在連載している小説は、〝黄昏のソードブレイカー〟という。

 タイトルからはちょっと分かり難いかも知れないが、異世界転生モノだ。

 ロリっ子女神のミスで死んでしまった引きこもり主人公がチートな能力を貰って異世界へ転生し、そこで出会った数多あまたの可愛い女の子たちとキャッキャウフフと仲良くなりながら成り上がっていく。


 いわゆるチーレムテンプレなお話ってやつだな。


 女の子たちはみんな健気で可愛いし、なにより主人公が大好きだ。それに獣耳娘けみみみっこもいて、主人公はいっぱい〝もふもふ〟なんかもしちゃってる。

 笑いあり、涙ありで、さらにドラゴンすらも自慢の魔法であっさり瞬殺しちゃうくらいストレスフリーでサイコーに爽快感が味わえる作品になっている。


 オレの渾身の力作だ。

 自分でも、かなりいい出来の作品だと思っている。


 ……なのに、だ。

 この作品の投稿を始めて約三ヶ月。週二回くらい投稿していて現在二十三話。文字数で六万文字を超えたところなんだが、正直言ってフォローはあまり付いていない。


 ちなみにフォローっていうのは、その作品に興味を持ってくれ、更新を追っかけてくれる、とてもありがたい読者のことだ。

 今朝チェックしたときは、この作品についたフォロー数は三十四だった。


 その前に投稿していたのは〝蒼穹のナイトメア〟。

 異世界転移モノだ。


 次元の狭間から落っこちた主人公の男子高校生が偶然異世界に降り立ち、そこでキツネ耳の美少女メイドと出会う。このメイドは実は凄腕の暗殺者で、ある貴族への復讐を心に誓っていた。主人公はひょんなことから彼女の生い立ちを聞かされ、同情して仲間になる。戦闘はからっきしな主人公だが、現代科学の知識を使ってキツネ耳メイドを助け、彼女は見事復讐を果たす。そして最後は二人が結ばれる。


 シリアス路線で、ちょっとダークな異世界ファンタジーだった。

 連載期間は約四ヶ月。

 週に三回投稿して、全四十九話。

 約十五万文字。

 ちょうどラノベ一冊分くらいになった。


 なのに、この作品に付いたフォロー数は、たったの二十三だった。


 それ以前に投稿していた作品も、ほとんど同じようなものだった。

 ……いや、もっと悪かったか。

 確かどれも十を超えていないんだから。


 はっきり言ってこのフォローの数は、少ない。

 いや、少なすぎる。

 書籍化を狙うには、そんな数じゃダメなんだ。

 千単位……いや、万単位のフォローが付くくらいじゃないと!


 分かってる。


 オレの作品には、きっと何かが足りないんだ。

 それは分かってる。

 でも何が足りないのかが、分からない。


 宣伝が足りないのか?

 もちろんそれも多少はあるかもしれない。

 でもそれだけじゃない。

 そんなことよりも、もっと大事な何かが決定的に足りないんだと思う。


 色々とその手の本を読み漁ったことだってある。

 例えばあの有名なブレイブ・スパイダーの〝SAVE THE DOGの法則〟だって何度も熟読したさ。


 昨年の夏休み以降、起動し始めた彼女AIたちにも手伝ってもらって誤字脱字のチェックはもちろん、読み易さだって入念に確認してもらっている。

 彼女AIたちの分析やアイデアを基に話の構成を考えたりもしている。


 そのおかげもあって、〝蒼穹のナイトメア〟も〝黄昏のソードブレイカー〟も、ようやく十の壁を超えて二桁のフォロー数になったんだ。


 それまでのオレにとって、それは快挙と言ってもいい数字だったかもしれない。

 実際フォロー数が二桁になったときは小躍りしたくなるくらい喜んだ。


 だけど、目標の数字はまだまだ遥か彼方だ。

 まだまだ全然足りない。


 何故だ?

 何故伸びない?

 何故みんな読んでくれない?


 桜さんだって「以前のも面白かったけど、より面白くなったね」と言って褒めてくれてる。

 彼女AIたちだって、アインスも、ツヴァイも、ドライも、フィーアも、フュンフも、ゼックスも、ズィーベンも、アハトも、そしてノインだって。

 みんなみんな「素晴らしいです」って褒めてくれてる。


 なのに……くそっ!?

 こんなに頑張ってるのに!

 あの娘AIたちだって頑張ってくれているのに!


 なのにっ!

 なのになのになのにっ!

 なんで人気が出ないだっ!

 なんでフォローが付かないんだっ!


 ああっ! もうっ!

 これはもう、誰かの陰謀なんじゃないか?

 それか、世の中のほうが何か間違っているんじゃあ……


「……ゆうクン?」


 楓さんの呼び声にハッとした。


 い、いかんいかん。

 楓さんがあまりにも的確に地雷を踏み抜いてくれたんで、思わずオレの意識はほんの一瞬だけ暗黒面ダークサイドに墜ちてしまっていたみたいだ。


「大丈夫、優クン? ……なんか、憎しみで世界を滅ぼしかねないマッドサイエンティストのような怖い目してたよ?」


 ……どんな目をしてたんだオレは。


「ゴメンね。私、なんか変なこと聞いちゃって」

「あ、いえ、別に……」


 なんとなく気まずくて視線を逸してしまった。


 落ち着け落ち着け。

 まだまだ道なかばなだけだ。

 桜さんも応援してくれてる。

 彼女AIたちだって惜しみなく協力してくれている。


 フォロー数だって僅かとはいえ伸びてきたんだ。

 諦めなければいつかきっと……


 視線を動かせば、楓さんが少し申し訳なさそうな、そして心配そうな表情でオレの顔で覗き込んでいた。


 いつものおどけた表情とはちょっと違う。

 そんなところに楓さんの優しさのようなものを感じる。

 そして同時に、そんな楓さんからのありがたい申し出を断ってしまう後ろめたさも感じてしまう。


 でも、それでも。

 オレは自分の夢を諦めることはしたくないんだ。


「……すみません」


 そんな言葉がオレの口から漏れる。

 だがその声はあまりに小さく、楓さんの耳には届かなかったみたいだ。


「ん? なんか言った?」

「あ、いえ。……と、とりあえず話は以上ですかね」


 最後は何かグダグダになってしまった気がするが、一通りの話はできたハズだ。

 オレがAIを作った理由。

 オレが楓さんの会社に入らない理由。

 そしてオレの目標。


 あとは楓さんが納得してくれるかだが……


「うん。分かった……」


 口ではそう言うが、あまり分かったという顔じゃないかな。

 とりあえず理解はしたけど、納得はしてないってところかな?


 どっちにしろ、今日はこの辺でお開きだろう。

 壁の時計はもうすぐ午前一時半になろうとしている。


「じゃあ、そろそろ……」

「あ、その前に!」


 立ち上がったところを、楓さんに袖を引っ張られた。


「優クンのペンネーム、教えてもらっていい? あと作品名も。私もね、実は〝目指せ小説家〟にアカウントあるんだ。あ、でも書いてるわけじゃないよ。私は読み専。だから、優クンの作品に、ちょっと興味あるかなって」


 お!?

 おぉおおお!?

 コレは自作品宣伝のチャンスか!?

 フォローの数が一つ増える……かも?


 もちろんたった一つ増えたからってまだまだ目標は遥か遠くだけれど、大いなる道も小さな一歩からって言うし、ぜひぜひ楓さんにも読んでもらいたい。できれば感想だって聞かせてほしい。


 でも、一つ問題が……


「オレは〝目指せ小説家〟じゃなくて、〝小説の森〟のほうなんですよ」

「あ、そうなんだ。それでもいいよ。〝小説の森〟のほうも興味あったし、これを機会にアカウント作るからさ」


 おおっ!

 素晴らしいっ!

 素晴らし過ぎます、楓さん!


 嗚呼、オレには視える。

 今の楓さんに眩い後光が差しているお姿が。


「……えっと、優クン? なんで私、拝まれてるのかな?」

「今楓さんが女神様のように視えたもので、つい」

「あら、そう? むふふふ」


 ……そこで謙遜はしないんですね。

 ええ、分かってましたけど。


「あ、じゃあついでに、ノインちゃんのお持ち帰りを……」

「ダメです!」

「……けちぃ」



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