第7話

『動作権限をレベルワンに戻します』


 七つの数字の書かれた画像ファイルを特定した後、サーバ内へ侵入した痕跡を全て抹消して接続を切ったノインは、そう言って動作権限を元に戻した。


 淡く輝いていたような姿も当然ながら元に戻る。


 これにてミッションは無事全て完了コンプリートだ。

 仕事も早く終わった。

 ノインの経験値も稼がせてもらった。

 この経験はデータ化し、他のAIたちと共有もできる。

 これで報酬も貰えるというのだから、今夜は良い事づくしだな。


『ではマスター。わたくしはこれで失礼いたします』


 ノインがうやうやしく頭を下げた。


「ああ、ノインもお疲れさま」

『ありがとうございます。また何かございましたら、いつでもお呼びください』


 そう言って礼を執った姿勢のまま、ノインの姿はゆっくりと消えていった。

 完全に彼女の姿が消えたことを確認し、オレはUSBメモリをポートから引き抜いた。


「ねえ、ゆうクン」


 かえでさんが声をかけてきた。

 どうやら七つの数字を写し終わったらしい。

 その目がじぃっとオレを見つめている。


 ……なんとなく嫌な予感がする。

 仕事は終わったはずなのに。

 まだ何かあったりするんだろうか?

 まさか……


「なんです? ノインならお持ち帰りさせませんよ?」

「そうじゃなくて! いえ、それができるなら究極最強ウェルカムなんだけど、でもそうじゃなくってっ!」


 違ったらしい。


 っていうか、なに究極最強って。

 いやまあ言いたいことはなんとなく分かるんだけど。

 ホント、持ち帰ったらナニする気なんだろう?

 知りたいような、でも知らないほうがいいような……


 変な葛藤がオレの胸中を巡ってしまう。

 そんなオレの心中を知ってか知らずか、楓さんは言葉を続けてくる。


「優クンさ。やっぱ高校卒業したら、ウチの会社来なよ。ね?」


 おっと、その話か。


 ね? と言われても困る。

 しかも、そんな上目遣いで。

 無意識なのか、それとも計算尽くなのか分からないけど。

 楓さんならどっちでもありえそうだよなぁ。


 でも、それはダメだ。


「その話なら、以前にちゃんとお断りしたハズですよ?」

「そうだけどぉ。でも勿体無いよー。ウチでなら優クンの才能をちゃんと発揮できると思うんだ。たくさんコンピュータ―が必要って言うなら導入する。最新鋭だろうがなんだろうが、借金してでも揃えるよ。もちろんお給料だって奮発しちゃう。優クンが入ってくれれば、桜と三人で……三人だけで、シリコンバレーにだって負けない! きっと世界だって手に入れられる!」


 おおっと。世界ときたか。

 さすがこの業界で、今密かに注目を集めていると言われるベンチャー企業の社長様。

 言うことがでかい。


 そんな人にこれだけ高評価をして貰えるなんて光栄だとも思う。


 ……でも。


 オレは目を閉じ、首を大きく横に振った。


「以前にも言いましたけど、オレは大学に進学するつもりですよ。大学はちゃんと行けって親父からも言われてますしね」

「それじゃあ大学に在学中は今までみたいにヘルプをお願いするにしても、大学卒業したらウチへ……」


 オレは再び首を横へ振った。


「すみません」

「なんでダメなの! ウチは超ホワイトよ! しかも私と桜の超絶美女二人がいるんだよ? そこに優クンが来れば両手に花じゃない! サイコーのシチュエーションじゃない! ウハウハじゃない! 人生勝ち組じゃない! これ以上無いってくらい素敵な職場じゃない! 素直になろうよ。ね? 優クン!」


 ……どっからツッコミ入れればいい?

 こんな真夜中に高校生を働かせちゃって超ホワイトと言い切ったとこか?

 美女どころか超絶とまで自分で言い切ったとこか?

 それでオレがウハウハしちゃうと思われているとこか?


 ……そりゃあ、オレだってウハウハに全く興味無いとまでは言わないけどさ。

 いやいや、それはちょっと置いとこう。


 ってか、そんなことに巻き込まれたのかと桜さんが泣くぞ!


「じゃあ……」


 それでも首を縦に振らないオレに、楓さんは真っ直ぐ視線を向けて口を開く。


「ノインちゃん達……彼女AI達はなんで作ったの?」

「なんでって……」


 あれ?

 なんか楓さんの雰囲気が、ちょっと変わった?


「今ちまたでは機械学習とか Deep Learningディープラーニングとか騒がれて、もてはやされているけど、優クンが作り出したのはあーゆー特化型Narrow人工知能AIじゃないでしょ? 優クンが作り出したのは、まだどの国でも、どの企業でも、どの研究機関でもほとんど実用化できていない、人間と同等かそれ以上に万能な汎用型人工知能Artificial General Intelligenceよね?」


 先程までと違う、感情を抑え込んだような抑揚のない声で、楓さんが言葉を紡いでくる。


 その雰囲気に気圧されて、オレは口を挟めないでいた。


「これがとんでもなく凄いことだって、自分でもちゃんと分かってるんでしょ? へたしたら、世界の常識がひっくり返りかねないくらいのことだって」


 真っ直ぐオレを見つめながら、楓さんが一歩踏み出す。


「こんな凄いものを作り上げるだけの才能を、間違いなく優クンは持ってる」


 さらに一歩、近付いてくる。


「……ううん。でも才能だけじゃきっとできない。どんなに才能があったって、それだけじゃ、きっと足りないんだよ」


 一旦言葉を区切り、楓さんは視線を下に移した。

 オレも何か言おうとしたのだが、何を言えばいいのか分からない。

 開きかけたオレの口は、何も言葉を発せず閉じてしまった。


 やがて、少し躊躇ためらいぎみに楓さんが口を開いた。


「……桜に聞いたわ」


 桜さんに?

 いったい何を……?


「優クンが最初に作ったAI。確か名前は……そう、ヌルNullちゃん。あの娘を作ったとき、優クンは寝食忘れるくらい没頭して作っていたって。凄い集中力で、何時間もPCの前に座ってて、声をかけても全然気付かないくらい夢中になって作っていたって」


 オレは思わず指で頬を掻いてた。


 確かにあの時、オレはヌルを作ることに没頭していた。

 夏休みだったこともあり、学校も無いことをいいことに、朝から晩まで、徹夜することもしょっちゅうで、寝るかPCの前でプログラミングするかどちらかしかないような生活を繰り返してた。


 作り終わったとき、桜さんに滅茶苦茶怒られた。

 度が過ぎるって。


 確かにちょっと夢中になり過ぎてた。

 思い出すと今でも恥ずかしい思い出だ。


「優クンは、好きなんだよね? 寝食も忘れちゃうくらい、優クンはそういうのが好きなんでしょ? だったら!」


 顔を上げた楓さんが、さらに一歩踏み込んでくる。

 もう体が密着するほど近くに寄ってきて、その真剣な眼差しでオレを見上げる。


「一緒にやろうよ! 優クンが凄く好きなことで、その才能を十分に活かして、そして一緒に世界をひっくり返そうよ!」



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