第6話

 オレのセリフに、ノインの目が一瞬大きく開かれた。


 真剣な顔。

 力が籠もった瞳。

 自分が試されているということが、ちゃんと分かっているようだ。


『承知いたしました。必ずやマスターのご期待に応えてみせます』


 白い制御盤コンソールに置かれたノインの指が動き出す。


『まずゼロバイトのファイルは除外いたします。これで二千二百九個のファイルが除かれます。次にマジックナンバーを確認いたします。少々お待ち下さい』


 ゼロバイト、つまりからのファイルまであったのか。

 ホント、やってくれるね、部長ハゲオヤジさん。


 だが七万八千のうち二千程度では焼け石に水だな。

 マジックナンバーの確認でどうなるか……?


「……ね、ゆうクン。マジックナンバーって?」


 かえでさんがモニタを覗き込みながら尋ねてきた。


「えっと、ですね。Windows系のシステムは、ファイル名の拡張子サフィックスでファイルの種類を区別するようにしているのであまり馴染みは無いかも知れませんが、拡張子サフィックスをそれほど重要視してないUNIX系のシステムでは、ファイルの種類を特定するために古くから使われていた手法なんですよ」


 モニタでは、現在ノインがチェックをしているファイル名が次々と、すごい勢いで流れていく。

 オレはそれらを指差しながら言葉を続けた。


「こういうバイナリファイルの先頭数バイトは、その種類によって決まってるんですよ。画像ファイルでいうと PNG とか JPEG とか GIF とか、種類によって全部異なります。つまりファイル名じゃなく、ファイルの中身、先頭数バイト読むだけで、そのファイルがホントに PNG ファイルなのか、ホントは違う種類のファイルなのか判断できるんです」

「へぇ……」

「七万八千ものファイルです。ホントに全部 PNG ファイルか怪しいですからね。実際、空のファイルも用意されてたみたいですし。そこから疑って、PNG ファイル以外があれば除外しちゃおうってことです」

「な、なるほど」


 七万八千というのは、とんでもない数だ。

 でも、だからこそ、その数は怪しい。


 それだけの数のファイルをいったいどうやって用意した?

 自分たちで作ったのか?

 インターネットから取ってきたのか?


 十や二十なら簡単にできるだろう。

 頑張れば百や二百だって集められるだろう。

 数人で分担すれば千や二千もいけるかもしれない。

 でも、数万ものファイル、しかもPNGファイルと限定して集めるのはけっして容易じゃないハズだ。


 だとしたら、そこには何かしらカラクリがあるハズだ。

 その可能性の一つが、偽物フェイク


 ファイル名の拡張子サフィックスなんて簡単に変更できる。

 実際ゼロバイトのからのファイルもあった。

 ならば、偽物フェイクがある可能性は極めて高い。


 七万八千ものファイルを全部読み込んで解析していたら時間がかかりすぎる。

 だが先頭の数バイトだけを解析すれば良いなら、それ程時間はかからないハズだ。


 ノインの判断は正しい。

 オレでもきっと同じことをする。


 横目で時計を確認する。

 あと、七分。


『……お待たせしました。マジックナンバーによる確認完了しました。五万一千八百九十一個は PNG ファイルではありませんでした。これらも除外されます。残りは二万四千四百二十二個になります』

「おお、だいぶ減った!」


 ノインの報告に楓さんが感嘆の声を上げた。


 五万もの偽物フェイクを用意していたとは。

 もう手当たり次第に、どんなファイルでも構わずかき集めたんだな。

 ご苦労なことだ。


 だがまだ気は抜けない。

 なにせ、まだまだ二万四千もある。

 けっして少ない数じゃない。


 楓さんが言ったように、ファイル一つに一秒かけて確認していたら、まだ四百分ほど、およそ六時間半はかかるという量だ。


 もちろんノインならばそこまで時間はかからないだろう。

 その数なら朝の六時までには確実に完了できると思う。


 だけど、さっきオレが設定した十分というタイムリミットには到底間に合わない。

 さて、この後はどうする? ノイン?


「そうだ!」


 いきなり楓さんが叫び出した。


「日付よ、ファイルの日付! 少なくとも先週より前の日付のファイルは除外できるんじゃないかしら?」


 ああ、この会社と打ち合わせをしたのが先週だからか。

 だから、それより前の日付のファイルは除外できるハズだ、と楓さんは考えたわけだ。


 でも、その考えはちょっと甘いと思うな。


「いいえ。ファイルの日付というのは簡単に変更できちゃいますからね。契約上でも、日付が何月何日以降のファイル、と言われていたわけではないんでしょ? だったらファイルの日付にはなんの意味も無いですよ」

「うっ! じゃあ、どうすれば……」

「大丈夫。ノインが頑張ってくれてますから。ノイン? あと四分」

『イエス、マスター。ファイルをそのサイズ順に並び替えソートし、同じサイズのファイル同士で差分を確認してみました。結果、二万三千九百一個のファイルが重複ファイルとみなされ、除外されます。残りは五百二十一個になります』


 おぉー!

 ちゃんと重複チェックもしたか。


 さっきも言ったが、これだけの数、全部別々のファイルを持ってくるなんて大変だからな。

 当然、コピーしただけのファイルがあると考えるべきだろう。

 そして、そんなファイルはオレたちが探しているファイルであるハズは無い。

 つまりそれらは除外することができる。


 いいぞ、ノイン。

 残りは五百ちょい。

 その数なら直接中身を解析しても、ノインの解析能力なら残り時間でイケるかもしれない。


 オレはマグカップに手を伸ばし、コーヒーを飲もうと口元に持ってきた。

 が、マグカップは空だ。

 コーヒーはもう飲み終わっていたんだった。


「優クン。新しいコーヒー、入れてこようか?」

「ありがとうございます。でも、もう終わりますよ、きっと」


 だよな、ノイン?

 残り、一分切ったぞ。

 五十四……五十三……五十二……五十一……


『……確認、全て完了しました。五百二十一個のうち、数字が含まれている PNG ファイルは百八十三個でした。そのうち、七つの数字が含まれていたファイルは、一つだけでした。それが、こちらです』


 ノインが凄く満足気な顔で言ってきた。


 表示してくれた画像ファイルに書かれていた数字は、

 〝103〟〝81〟〝3099〟〝4193〟〝26〟〝991〟〝578〟

 の七つ。


 うん。どうやら間違いなさそうだ。


 壁の時計は、たった今零時三十分になったところだ。


 ノインの頑張りは非常に満足できるものだ。

 オレも嬉しくて、つい顔が綻んでしまう。


「よくやったノイン。グッジョブだ」

『ありがとうございます。マイマスター』


 ノインは軽くお辞儀カーテシーをした。

 笑顔でするそのお辞儀カーテシーは、とても優雅で見事なものだった。



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