第4話

「……かえでさん」

「なーに、ゆうクン」


 オレの呼びかけに、楓さんはおどけたような声で返してくれる。

 オレはちらっと声の方に視線を向けて言葉を続けた。


「これで、ホントにここの会社のIT部門の部長さんは『セキュリティに絶対の自信がある』なんて言ったんですか?」


 正直、なんかちょっと信じがたい。

 だってそうだろう?

 セキュリティホールがあると広く知られているプログラムを使い続けていて、しかもハニーポットじゃないということは、それが囮というわけでもない。

 こんなの、オレに言わせれば素で無防備状態と同じだ。

 これで自信があるだなんて、正気の沙汰とは思えない。


 それとも、これは部長さんというより、その下の、実際に担当している部下が悪いのだろうか?

 ちゃんとやってます、と上には報告しておいて、実際は全然できてない、とか?


 個人や零細企業、中小企業なら、まあ、よくある話かもしれない。

 あっちゃいけない話だとは思うが、独自のサイトを立ち上げておきながら人手が足りなかったり、担当者の知識が足りなかったりしてセキュリティが甘いことになっているなんて。

 だからこそ、楓さん達のようなベンチャービジネスが成り立つんだとも思う。


 でも、上場企業のサイトが、これは無いだろう?


「言ったわよー、あのハゲオヤジ。IT担当の役員さんも同席しているとこで自信満々に。『破れるものなら破ってみろ。わっははは』って。だから今回の仕事が成立したのよ」


 その「わっははは」はホントか?

 楓さんの創作でなく?


 それはともかく、役員さんの前でそんなこと言ったのかよ。

 いや、むしろ役員さんの前だからこそ良いところ見せようと見栄を張ったのか?

 まあ、自信を持つのは悪いことじゃないかもしれないけどさ。

 でも実態がこれじゃあなぁ……


 その部長さん、クビかな?

 いや、日本の上場企業がそう簡単に首を切る訳にはいかないかもだけど。

 だとしても左遷、でなくても少なくとも今後の昇進の芽は消えたな。

 ご愁傷様だ。


「優クン。可哀想だなんて思って、手を抜かないでね? これもビジネスよ。厳しい世界なの。だから、ちゃんとあのハゲオヤジに引導渡してあげてね? むふふふ……」


 前半のセリフはともかく、後半は……私情が入ってない?


 なにかあったのかな?

 そのハゲオヤジと。

 たぶん、その「わっははは」にカチンッと来たとか、そんなとこかな?

 結構楓さんも沸点低いそうだからなぁ。

 さもありなん。


 まあ、可哀想だとは思うが、こっちもこれが仕事ビジネスだ。

 悪く思わないでくださいよ?


「じゃあノイン。ファイルを探してくれ。〝SecurityTest2019.png〟っていう画像ファイルだ」

『了解しました。少々お待ち下さい』


 探しているのは画像ファイルで、その中に書かれているという七つの数字を見付ければ、オレの仕事は全て完了コンプリートだ。

 それが、このサーバーに侵入できたという証拠エビデンスになる。


 そしてそのエビデンスを相手に突きつけ、このサイトのサーバにはセキュリティホールがあることを指摘し、今後のシステム管理体制や運用も含めた改善案を提示するなど、コンサルティングを行うのが楓さんの仕事というわけだ。


 もちろん勝手に侵入しておいて、無理やりコンサルティングするなんてことはしない。そんなの押し売りと同じだからな。しかもその場合、侵入した時点で明らかに法に触れてしまう。


 だからちゃんと事前に相手の会社と打ち合わせをし、期間を定めてその間の何時から何時までに侵入作業を行うということも契約に含めている。

 それによってオレの仕事はちゃんと合法になるわけだ。


 ちなみに、楓さんのコンサルティングだが、かなりぼったくるらしい。

 楓さんらしいと言えばらしいかな。

 それに、その一部がオレへの報酬になるわけだから、なんとも言えない。

 まあ、こんなサイトだったらお灸を据える意味も兼ねて、たっぷりふんだくってあげるのも世のため人のためってヤツかもしれない。……たぶん、ね?


「ノインちゃん、隠しフォルダとかも見逃さないようにね!」


 作業が順調なせいだろうか。

 なんか楓さんもすごく上機嫌そうだ。


「大丈夫ですよ。普通のディレクトリも隠しディレクトリも、デフォルトで表示するかどうかの違いだけであって、システムを検査する分にはそれほど違いはないですから」

「へえ、そういうもの?」

「そういうものです」


 少なくともノインにとっては、そんなもの大差無い話だ。


 それより、ここに来てちょっと気になることが出てきた。

 なんだかノインの顔が少し険しくなってきた気がするんだ。


 なんだろう?

 まさか、見付からない……とか?


『マスター』


 ノインが声をかけてきた。

 なんかその声が固い……ような気がする。

 おいおい。

 まさかだよな?


『ご指示いただきましたファイルを見付けました』


 思わずホッと息を吐いた。


 なんだ、見付かったのか。

 よかった。

 焦らせないでくれよ。


 だけど、だとしたらこれで今日の作業は終わりだ。

 ちょうどマグカップの中のコーヒーも無くなったことだしな。

 良い頃合い、ってやつだろう。


 その報告に、オレは笑顔で頷いた。


「ありがとう、ノイン。じゃあ……」

『該当する名前のファイルは、全部で七万八千五百二十二個ございました』


 ――はい?



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