第3話

「……えっと、確かフィーアちゃんは黄色のメイドさんで活発運動部系元気印な娘さんで、ゼックスちゃんはピンク色なメイドさんなのにお嬢様系で、そして今度のノインちゃんが紫の獣耳けもみみメイドさんでクーデレ属性……? しかもみんなおっぱい大きいしぃ……。うわぁ、やっぱヤバいよねゆうクンってば……」


 なんかかえでさんが残念なヤツを見るような視線をオレに向けつつ、指折りながら一人でブツブツ言ってるみたいだけど、無視スルーしよう。うんそうしよう。


「じゃあ、ノイン。今回のミッションだけど」

『はい』

「このターゲットのシステムに侵入して、とあるファイルを探し出すことだ。探すファイルについては後で指示する。まずは侵入だけど、MTAのバージョンが古いことは確認した。たぶんセキュリティホールがあるヤツだ。そこからバッファオーバーラン使って侵入しちゃってくれ」

『マスター。差し出がましいことを重々承知でお尋ねします。……よろしいのですか?』


 モニタの中の獣耳美少女メイドが真剣な面持ちでオレに視線を向けてくる。


 ノインが聞いてきたのは、他のサイトへの侵入、しかも正規のログインではなくプログラムの不具合バグを突いての侵入というのは違法行為じゃないのか? ということだろう。


 差し出がましい、なんてとんでもない。

 そういうことに躊躇ためらいを持てるよう、そういうことを命じられた場合にちゃんと聞いてきてくれるよう、彼女たちAIの法令遵守コンプライアンスに関する学習がうまくいっていることが確認できて、むしろオレは嬉しいくらいだ。


「ああ、今回は構わない。これはちゃんと相手の会社と合意の上、契約書もちゃんと取り交わしている仕事ビジネスだ。大丈夫だから、遠慮せずやっちゃって」

『了解しました。ですが……』

「ん? どうした?」


 なんだ?

 まだ他に何か懸念があるのか?


 モニタに映し出されているスキャンプログラムのログに視線を向ける。

 特に問題はなさそうだが……


『マスターみずからそのような事前調査せずとも、命じてくださればわたくしの方で行いますのに……』


 あ、そういうことか。


「いいんだよ。自分でも多少は手を動かさないとね。全部お前たちに任せていたら、なんか仕事してるって気になれないし、それに今回はちょっと新しいスキャンプログラムを試してみたかったのさ」


 これはホントだ。

 サーバプログラムなどは日々改良され進化している。

 スキャンプログラムもそれに合わせて改良していく必要がある。

 だけどこういうのは合法的に実践テストする機会チャンスなど滅多にないんだ。

 今回はそういう意味で絶好の機会チャンスだったんだ。


 もっとも、バレずに実践テストする方法なんていくらでもあるんだけどな。


『そういうことでしたか。了解しました。差し出がましいことを申しました』

「気にしないでいいよ。それより、バッファオーバーランによる侵入は、ノインは初めてだろう? 大丈夫そう?」

『理論と手法は基礎知識に組み込まれております。問題ございません』

「オッケー。んじゃあ、よろしく」


 キーボード脇のマグカップに再び手を伸ばす。

 ここまできたら、もうオレの手を動かすことは殆ど無い。

 あとはコーヒーでも飲みながらノインの様子を見守ってモニターしていればいい。


『コンソール、オープン』


 ノインの朱唇しゅしんが僅かに開き言葉を紡ぐ。

 それに合わせて彼女の周囲に真っ白い制御盤コンソールが浮かび上がる。

 そこに手を載せ、彼女の指がなめらかに動き出す。


『ターゲットのIPアドレスを確認。MTA用ポート番号への接続を確認。プログラム名およびバージョン名を確認。同バージョンのバッファオーバーフロー問題に関する情報をソースコードレベルで確認。……全て完了。バッファオーバーラン実行の準備、完了いたしました。マスター、動作権限レベルツーを要請します』

「うん。許可する」

『マスターの許可を確認。動作権限をレベルⅡへ移行』


 モニタの中でノインの色のコントラストが増す。

 見方によっては僅かに輝いているようにも見えるだろう。

 これはレベルを上げたことによる視覚効果エフェクトだ。


『移行完了。状態再確認……全て正常オールグリーン。只今より、侵入を開始いたします』

「優クン、優クン」


 おや?

 さっきまででブツブツ言ってた楓さんが戻ってきたみたいだ。


 なんだろう? このに。

 オレはゆっくりとコーヒーを一口飲んでから楓さんの方に視線を向けた。


「なんです?」

「……今自分はとっても忙しいんだって顔してるけど、作業はノインちゃんにやらせて優クンはゆっくりコーヒー飲んでるだけだよね?」


 ですから、ノインの様子を見守ってモニターしているのが忙しいんです。


「まあいいや。動作権限レベルって? フィーアちゃんやゼックスちゃんにそういうのあったっけ? それともノインちゃん固有機能?」

「いえ、最近新たに付与したんです。他のAIたちにも導入済みですよ。権限の段階を作って、マスターの許可がないと他サーバへの侵入とかリバースエンジニアリングとか、行動ができないようにしたんです。通常はレベルワン。一般的な行動しかできません」


 楓さんが腕組みしながら「へぇー」と感心したかのように頷き、そして言葉を続けてきた。


「ちなみに、最高レベルはいくつ?」

「レベルファイブ。これを解除したら、彼女たちは何の制限も受けずに

行動することができます」

「へぇ。ちなみに、それってどれくらい凄いの?」

「……さあ?」


 オレにも分からないので素直に首をかしげた。


「優クンでも分からないの? 優クンが作ったAIさん達でしょ?」

「確かにプログラムを組んだのはオレですけど、彼女たちが一切の制限も自重もせずに行動を起こしたらどうなるのかなんて、オレだって想像付きませんよ」


 そう言えば、とち狂った人工知能AIがやけくそになって人工衛星だか小惑星探査機だかを地上に落っことすアニメとかあったっけ。


 まあ、この手のフィクションは他にもたくさんある。

 昔の映画では、自己学習能力を持った人工知能AIが暴走して核戦争一歩手前、ってのもあったな。確か三目並べ――いわゆる○×ゲームだ――を通して戦争の無意味さを学習したんだっけ?

 まさか今どきの軍事拠点がインターネットと直に接続しているわけないだろうから、さすがにそんなことにはならないとは思うけど。……たぶんな。


「なるほど。優クンにも分からないくらい凄いことになっちゃうんだってことは、なんとなく分かった」


 楓さんが神妙な顔で頷いている間に、ノインからの報告が入ってきた。


『マスター。サーバへの侵入、無事完了いたしました。MTAを介して侵入したことにより、同時に管理者権限も確保いたしました』

「――早っ!? え? もう侵入しちゃったの? しかも管理者権限まで? マジで?」


 楓さんが驚きの声を上げるが、それに対しノインは極めて冷静に応えてくれていた。


『もちろんです。わたくしはマスターによって作られた存在です。マスターからサイバー関係の知識も十分にいただいております。これくらいはむしろ当然です』


 ……なんか、ノインがドヤ顔している気がする。気のせいかな?


「ノイン。よくやった。ハニーポットの可能性は無いか?」

『確認いたします』

蜜壺ハニーポット? って何?」


 後ろから楓さんが声をかけてきた。


 それはいいんだけど、オレの肩を揉むのは止めてほしい。

 別に肩は凝ってないんだから、くすぐったいだけですって。

 手持ち無沙汰なのは分かりますけど。


「不正アクセスを受けることを前提に、おとり用に設置される隔離領域ってヤツです。環境によっては閉鎖空間とか chroot jail とか言う場合もありますね。実際に使われた例としては、〝カッコウはコンピュータに卵を産む〟って本が有名かな。サイバースパイ追跡ドキュメントで、なかなか面白いですよ。楓さんも今度読んでみては?」

「それ知ってる。ずいぶん昔の本でしょ。コンピュータに侵入した犯人を追跡して逮捕する話。……って、私達は大丈夫なんでしょうね?」


 なんか焦ったように、楓さんのセリフの後半が早口になってる。


 そもそも相手の会社とちゃんと契約を取り交わしているんだから逮捕なんて話にはならないハズだ。楓さんが心配しているのは隔離領域ハニーポットに封鎖され、ターゲットに辿り着けなかったり偽物フェイクを掴まされたりしないか、ってことだろう。


「あははは。そんなヘマしませんって。既に管理者権限は奪取してあるし、ちゃんと確認すればハニーポットかどうか分かるもんですよ。だから今確認させてるんです。……どうだ、ノイン?」

『各種システムコールの反応、およびブロックデバイスや仮想ファイルシステムの状況などから、仮想化された領域ではないと判断。ハニーポットの可能性はほぼゼロかと』


 ノインからのその報告を聞いて思った。


 ……やっぱじゃん、ここのシステム。



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