第2話
右手の中指と親指でUSBメモリを挟み、くるくると回してみる。
「お、出たね。
「やだなー
「またまたご謙遜」
楓さんがまた指でオレの頬を突いてくる。
「……楓さん。それ、止めてくれません?」
「むふふふ。嬉しいくせにぃ」
大いなる誤解だ。
楓さんは確かにすこぶる美人だと思う。
そんな大人の女性と真夜中のオフィスに二人っきりというシチュエーションも、高校生の思春期真っ盛りのオレにとっては中々に刺激的だとも思う。
うん。それは認めよう。
だがオレはそんな、つんつんされて嬉しいだなんて、ひとっ欠片も思っちゃいないんだ!
……ホントだかんね?
別に、理性が決壊しそうだから止めてほしいってわけじゃ、全然ないからね?
オレは非難を込めた眼差しを楓さんに向ける。
「……帰りますよ、オレ? 身の危険を感じるんで」
「やぁーん。こんな夜中に誰もいないオフィスで美女と二人っきり。甘く切なくほろ苦いひと夏の経験? 大丈夫、優しくするし桜には秘密にしとくから……って、わー、ウソウソ! もう止めます、ホント! だから帰っちゃダメェ!」
USBメモリを胸ポケットにしまいつつ立ち上がりかけたオレを、楓さんが慌てて止めに来た。
ったく、もう!
何がひと夏の経験だ。何が桜さんに秘密しとくだ。
そういうのはむしろ桜さんから……言われたら……ゴクリ。
ハッ!
いやいや、何考えてるんだオレは。
楓さんに感化されちゃいけないいけない。
オレは椅子に座り直し、しまいかけたUSBメモリを取り出した。
別にオレだって本気で仕事放棄をしようとしたわけじゃない。
楓さんは冗談でオレをからかっているだけだって分かってる。
そもそもこんな割の良い仕事を放り出すなんて、そんな勿体無いことできない。
全てはオレの、大いなる
「コホン。で、優クン? 今日は誰ちゃんかな? 元気印の
「残念。どっちも外れです。今日は
「ノインちゃん? 私、初めてだよね?」
「ですね」
そう言いながらオレはUSBメモリをポートに差し込んだ。
キーボードを叩き、USBメモリに入れてあるプログラムにアクセスする。
立ち上がったウィンドウに二十文字以上からなるパスフレーズを打ち込む。
これでよしっ!
さあ、お目覚めの時間だぜ、ノイン!
『――パスフレーズの入力を確認。個体名ノイン。起動します』
スピーカーから抑揚のない女性の声が聞こえてくる。
同時に、パスフレーズを打ち込んだウインドウが消え、ゆっくりと女性の姿が浮かび上がる。
腰まで届きそうな
服装は極めて黒に近い赤紫色――いわゆる
そう、ヴィクトリアン型のメイド服だ。
当然ながら頭には白いフリルの付いたカチューシャ。
そして足元には濃紺のパンプス。
極めつけは髪と同じ色した毛に覆われた
そして後ろからちらちらと見える一部に白いメッシュが入ったフサフサの尻尾。
ふっふっふっ。
「お? おぉおおお! 紫ロングのメイドちゃん、キタァー! しかも
「ダメですっ!」
ダメに決まってるでしょ!
そもそもAIをお持ち帰りしてナニするっていうんだ。
もふもふなんてできないっての!
ったく。
こういう性格しているから彼氏ができないんじゃないのか?
以前桜さんも同じようなことを言ってたハズだ。
もっとも「桜だって彼氏ができたこと無いくせにぃ」と盛大なブーメランを喰らってたみたいだが。
二人ともルックスはすこぶる良いんだから、黙って立ってれば彼氏の一人や二人、サクッと作れるだろうにねぇ。
あ、いや。
桜さんにはそんなの作って欲しくないが。
「ね、優クン。フィーアちゃんもゼックスちゃんも獣耳は無かったよね? なのになんでノインちゃんは獣耳娘にしたの?」
「えっと、それは……」
「それは?」
「去年やってた深夜アニメに〝獣耳娘☆クライシス!〟ってのがありまして」
「あー、あのヘタレ準童貞主人公の話。へぇ、アニメ化してたんだ」
……ひどい言われようだ。
ってか、よく知ってるな。あんな超マイナーな作品。
「そこに出てくるイヌ耳メイドのユオンが可愛くて、ついそれに触発されて……」
「なるほど。よく分かった。優クンに彼女ができないわけだ」
――余計なお世話だよっ!
「ま、優クンのことはこの際どうでもいいや」
――おいっ! オレの扱いがぞんざい過ぎないか!?
「それよりこの娘もAIなんだよね? 会話できちゃうんだよね? ね?」
なんでそんなに興奮してるんだろうね、この人は。
オレのAIを見るのはこれが初めてじゃないだろうに。
「ええ、もちろん。ノイン、状態は? 問題無いか?」
『マスターの声紋確認いたしました。起動していただきありがとうございます。状態の自己確認が完了しました。
とたん、食い入るようにモニタを覗き込んでいた楓さんの動きがピタッと止まった。
エロオヤジというキーワードが、自分を指しているんだと瞬時に認識できたんだろうな。
オレも危うく吹き出しそうになってしまった。
コーヒーを口に含んでいたら、マジ危なかった。
ノインはきっと、さっき楓さんが言った「おっぱい大きーい」とか「お持ち帰りした―い」を聞いていたんだろう。
だから、その感想は至極ごもっともだとオレも思う。思うが……
「こらこらノイン。止めなさい。これでも一応、オレの大事な
オレの言い方も存外失礼かもしれない。
別に、さっき楓さんに彼女ができない云々を言われた腹いせなんかじゃないからね?
が、未だ固まっている楓さんの耳には入ってないようだ。
『大変申し訳ございません、マイマスター。以後気をつけます』
モニタの中でノインが、折り目正しく深々と頭を下げた。
――ゴクリ。
……誤解のないように言っておこうと思う。
今、生唾を飲み込んだのはオレじゃないぞ。
楓さんだからな。
なんか、楓さんの目の色がヤバい系統に変わってきてる気がするんだが、気のせいか?
「……な、に、この娘。もしかしてツンデレ? それともクーデレ? どっち? ねえ優クン、どっちなのっ!」
なんか間違いなく楓さんのテンションがだだ上がりしてるようだ。
何がツボだったんだろう?
でも、オレの両肩を掴んで激しく揺らすのは止めてほしい。
キーボードが打てんでしょうが。
「あー。ノインは参考にさせてもらったアニメキャラに合せてクールビューティーを目指したハズなんだけど、ちょっと調整が甘かったみたいで……」
「じゃあクーデレ? クーデレなのね! うわぁ……。優クンってば、業が深いわねぇ」
――んでだよ!
――つか、どういう意味だよっ!
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