功勲在らねど首は存野―禱れや謡え花守よ・異聞―

冬春夏秋(とはるなつき)

第壱話〈迫間ノ退キ口〉

魔を狩る鬼


 夕京ゆうきょう迫間はざま区、秋橋あきばし丸奈川まながわに架かったレンガ造りの橋であり、かつて千本桜が咲き乱れ、慶永けいえい謳歌をそので示していた観光名所であった――今は見る陰もない。突如として日ノ国を襲った霊境れいきょう崩壊の被害を存分に喰らい、絢雅けんがを誇った千本の桜木はただの一本も残らず朽ちて折れ、中には歪なウロを目口とした霊障れいしょう憑き……〈霊魔〉と果て、居なくなった人々の代わりに迫間を闊歩するモノもある始末。


 なんとも地獄のような有様になってしまった帝都主街区の一つではあるが、その喩えは大筋において合っているが厳密に言うのなら名前が違う。


 ――死後に行き着く果ての一つで極楽ではないと言うのなら、まさに絵図は地獄のそれで。


 けれどもなった発端。『向こう』の世界は〈幽世かくりよ〉と呼ばれている。




 天照アマテラスの加護が途絶え、日中であっても薄ら暗く。渦巻く瘴気しょうきの濃さを示す霞掛かった視界。高台から秋橋の名残を見下ろしていると、後ろから声がかかった。


椿ツバキ様」


 呼ばれた青年――椿は秋橋から視線を切り、声の主へと振り返る。


「ご苦労。して、状況は?」


「は。……いたしました。迫間はざま家当主、賢一郎殿は自刃され、お世継ぎ不在の為、迫間の霊脈は断絶。賢一郎殿の刀霊とうれい八雲ヤクモ様より令をたまわっております」


 迫間は区の名前になっている通り、帝都守護の柱〈夕京五家〉の一つだ。それが堕ちたとなれば……


 椿は紙巻タバコを銜え、紙の燐寸マッチで火をともす。おそらくはこの苦みと似た言葉が伝えられるであろうと思いながら紫煙を一筋吐いて、続きを促した。


ままに申し上げます。『最早もはやこれまで。迫間にる〈花守はなもり〉は皆退き、榎坂えのざかにて再起を図れ』と」


「八雲殿はどうすると?」


「お残りになられる、と」


「……はッ。


「椿様、どうなされますか」


 ――空気が淀んでいる。カンカン照りのお天道様など、最後に拝んだのはいつだったか。


「決まっている。如何いかに五家の守護霊刀といえど主を亡くし、迫間に蔓延はびこる霊魔は底を見せん。これでは埒など開くまいよ。刃の誇りに殉じて折れるのは時間の問題。『退け』というのもそういうことだろう」


 それを証明するかのように、無惨な河川敷に黒いもやめいて影が幾筋も立ち昇り始める。



 コ、と洋靴ブーツの踵が高台の、錆びた手摺てすりに噛みついた。


「戻り、八雲殿に伝えよ。ままで構わん。『脇差一本では心許なかろう。百鬼ナキリ一門、退くにあたわず。どうか御刃おんみを大事に、ごゆるり考え召されそうらへ』と」




 ――跳んだ。裾の長い外套インバネスをはためかせ、眼下でまさに顕在せんとした霊魔をはるか頭上から急襲する。


薄氷うすらい


 鯉口を切る。


(いつでも。)


 抜刀。着地。舞い上がる砂塵と外套の裾。孤を描いた銀閃はとおったみちに存在した霊魔のくびをぽとりと落とした。


 たちどころに吼え上がる怨嗟えんさ、怨嗟、怨嗟、怨嗟。


 瞬く間にも取り囲まれ、かつて絢爛の千本桜の河川敷を霊魔の影が埋め尽くす。


そそぎ


(応。)


 椿は右逆手に脇差〈薄氷〉を握ったまま、左手でもう一振り――大刀を抜き放った。


「……六文は不要だ、仲良く並べ」



 慶永の世は堕ちた。幽世かくりよより溢れた霊魔どもにより日ノ国は斜陽の際に立たされている。


 これは、それに抗う者のった刀。払魔に奔走する〈花守〉が一。


功勲こうくん在らねどこうべ存野ありしの】と平安の時代より畏揄いゆされた、霊魔殺しのひとでなしの一門。



 百鬼なきり家当主、六十三代目椿ツバキとその刀霊が斬り拓く、暁を掴み取るまでの剣戟譚である。



「――彼岸を飾る、洒落シャレこうべとなるがいい」

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