終わった後の:ニイナ・ファレル③
次にニイナが目覚めた時には、全て終わっていた。
禍々しいノクスロスも、倒れたままだった離反者たちも、全て、処理された後だったのだ。
「はぁ……まさかあんな簡単に気を失っちゃうなんて……」
部屋の片隅で、壁を背凭れに座ったニイナは、目の前を忙しそうに行き来する増援部隊の魔法士たちを見ながら、大きく溜息を吐いた。
「……俺もだ。庇うつもりで飛び出してヤラレるなんて、我ながらアホすぎる」
同じく隣に座って落ち込んでいるのは和久。
ニイナが気を失った後、彼も同じタイミングでオチてしまっていたらしい。ちょうどさっき、2人して意識を取り戻したところなのだ。
「——いやぁ、あれは予想外だったからね。仕方ないって」
「っとか言いながら、しっかり活躍したのはどこのどいつだよっ、累!」
和久の八つ当たりに、あははははーと軽く笑う累くんは、紺碧師団の人たちと後片付けをしていた。
普段通りの落ち着いた緩い雰囲気で、魔法学校の制服は綺麗なまま。だいぶヨレヨレになっている自分たちと比べてしまうと、なんだか悔しい。
というのも、
「増援部隊が来るまで、堂本さんと時間稼ぎをしてくれたんでしょ? 凄いなぁ……」
「いやぁ、逃げるのが得意だったからね。堂本さんの邪魔をしないように動いてただけだよ」
「ふんっ、ま、そうだろうな。お前、模擬訓練でもすげぇ逃げてたからなー!」
「特技ですよ、特技」
「くっそ羨ましいわ!!」
素直に吠える和久に、楽しそうに笑う累くん。
あんな恐ろしいノクスロスと渡り合った後とは思えない、まったりした空気にほんわかする。実際は、そんな軽口が言えるような状況じゃなかっただろうに、ニイナたちの気持ちを汲んで深刻にはしないでくれているのだろう。
そんなさり気ない配慮に感謝しながら、累くんの作業をぼぉっと眺める。
なにもサボっているわけじゃない。吹っ飛ばされて気を失ってたんだから暫く休め、という堂本さんの優しさなのだ。が。
「あー、こんなとこで座って待っとけなんて……苦行すぎる……」
「せめてお手伝いぐらいしたいよね……」
「はいはい。穢れに接触したんだから、大人しく休憩しときなねー」
そう笑いながら片付けを続ける累くんたちは、証拠品の押収やら何やらで、ひっくり返した集会所を、地域の集会所として原状復帰しているところだ。
……他に仲間がいないか、魔法学校の生徒に声を掛けたのは本当か、手掛かりを探したのだ。まだ調査は始まったばかりだが、ヘルベルトや柚ちゃんはもしかすると……。
累くんは余裕のある笑みを浮かべて、散乱した備品を拾っては、同じようなモノが集められた一角へと持って行くのを繰り返していた。その所作は無意識なものなのだろうが、どこか余裕のある上流層の雰囲気が出ていて、思わず見惚れてしまう。
姿勢もキレイだし、ワンテンポずらしたような緩い動きが、凄く様になっているんだよなぁ……。なんて思いながら見つめていたのだが、……その手元が気になりすぎて仕方ない。
「……ごめん、累くん。仕分けるなら、それはあっちにした方が……」
手伝ってもいない自分が口を挟むのは失礼だと思ったのだが、それでも言わずにいれなかった。
「うわっホントだ、何やってんだよ、累。子供だって出来る仕分けだろーが!」
愕然とした表情の和久の暴言にも、思わず頷きたくなったのは許してほしい。それだけ簡単な仕分け作業の筈なのだ。
なのに、
「……え、何か間違ってた?」
「はぁ!? 冗談だろ、お前、それ何に使うやつか知らねーの?」
「……緩衝材?」
「はい出たー、どんだけお坊ちゃんなんだよっ! これすげぇ一般的な掃除用のスポンジだぞ!?」
「あ、これ、清掃用具なんだ……」
一般的に広く使われている拭き掃除のためのスポンジを、まじまじと見つめる累くん。発見でもしたかのような物珍しそうな表情で見つめる姿は、どこか可愛らしい。
……だけれども、常識とも言えるぐらい普通の掃除用具を知らないなんて、驚きを通り越して、どんな生活をしてきたのか聞きたくなるレベルだ。
ほんと、どこか一線違うんだよねぇ……。
「はぁ……丁度いいから、そこの祭壇でも拭いてこいよ。身を以て使い方を覚えろ」
「それもそうか。ちょっと行ってくる——」
和久の皮肉交じりの言葉を、大真面目に受け取った累くんが、スポンジを片手に足を踏み出した。
……のだが、
「——待て。待て待て待て。それは自分が……じゃない……あー、えっと、おい、そこのお前。拭いてこい……」
用事を済ませて来たらしい堂本さんが、何故か慌てて累くんの前を遮った。そして手近な師団員を指名して、代わりに拭き掃除を指示したのだ。
指名された師団員は、焦ったようにスポンジを受け取ると、小走りに祭壇へと向かう。
その突然の状況に、目が点になる3人。
「……え……堂本さん? どうしたんすか?」
「いや…………? ……今、あそこは聖遺物があるからな。拭き掃除は師団員に任せてくれればいい」
「あぁ。累がやって壊したら大変ですもんね」
「いやいや、まさか! 違う、そういう意味ではなく……」
なんだか酷く動揺している堂本さんに、和久と2人で首を傾げる。どうかしたのだろうか。
そういえば、現場はすでに、押収物の搬出と後片付けだけなので、和やかな空気のはずなのだが、なんだか此方を伺ってくる紺碧師団の人たちの顔が固いような……。ちょくちょく緊張気味な視線が向けられている気がするのだが、何なのだろうか。
「あー……いや、気にしないでくれ。今ここには、紺碧師団長がいるからな。気を張っていただけだ」
堂本さんの言葉に、そういえば、と思い出す。
意識を取り戻してすぐに、紺碧師団長が来られている、と聞いてはいたのだが、落ち込みすぎて何も考えていなかった。隠しきれない緊張も、頷ける。
「ぐあーっ、そんな時に一発で吹っ飛ばされてるとか、俺、情けねぇー……」
「私もだぁ……とっさの防御魔法が、展開できなかったんだよね……」
「あのスピードには間に合わねぇよ。……って、堂本さんの魔法は間に合ってたか。あのフォローが無けりゃ、俺たち無傷じゃなかったな。さすがっす」
「……え、いや、あれは俺の……というか……」
酷く困惑したような堂本さん。視線があちこちを動いているけれど、そんなに褒められ慣れていないのだろうか?
「何を謙遜なさってるんですかー! 堂本さんの魔法、ホント的確で凄かったですよっ! ねぇ、累くん!」
「うんうん、さすがだったよね。見習わないといけ「——やめましょう?」ないなぁ……って……」
「やめましょう、この話題」
累くんの言葉を、笑顔で遮った堂本さん。
強引すぎる話の逸らし方に、全員がぽかんと堂本さんを見つめるも、取って付けたような笑顔は全然目が笑っていない。必死さすら感じる威圧感も露わに、口角だけ持ち上げた堂本さんの表情が怖すぎる。
今の話題に一体何の問題があったのだろう……。
皆目見当もつかなかったが、とりあえず笑顔が恐ろしすぎて、コクコクと頷いて賛成しておくニイナ。……が、和久には通じなかったようで、
「堂本さん、何で敬語なんすか……?」
「…………」
全く別の方向性で話題を変えた和久の言葉に、何故かサァァ……っと堂本さんから血の気が引いていく。
「あれ、堂本さん……?」
「…………ちょっと……報告し忘れたことがあった。戻る」
「え、あ、はい……いってらっしゃい……」
ひたすらに挙動不審な堂本さんが、心を無にしたような表情で、フラフラと部屋を出ていった。そんなに大変な急用でも思い出したのだろうか……。
パタリと閉じた扉を見つめた3人は、それから自然と目を合わせて、同時に首を傾げたのだった。
「どうしたんだ……?」
「さぁ……」
「……まぁ……いっか。……じゃあ、私も累くんを手伝おうかな」
堂本さんがいなくなり、どことなく静かになった周囲。何だか変な空気に耐えきれず、日用品が全く分からないらしい累くんの手伝いを買って出た。
よっこいしょ、と立ち上がってスカートのプリーツを直し、髪の毛の乱れを直す。
その間にも、やっぱりチラチラと伺うような視線が向いているような……いや、視線の矛先は累くん……?
不思議に思いながらも、最後の仕上げに髪紐を整えた時、
「えっ……ない……」
「ん?」
「どうしたの、ニイナ」
今度焦るのは、ニイナの番だった。
慌てて髪をほどき、髪紐を確認する……が、やっぱり無い。
「付けてたチャームが無いの……どこかに落としたのかも……」
大事なものだったのだ。大切な人から貰った、大切なお守り。
絶対に失くしたくない物だったが、実地訓練という重要な場面には、身に付けておきたかったのだ。
「あー、それってアレだっけ。育ての親から貰ったってヤツ」
「そう。……って言っても、孤児院だったから、みんな同じのを持ってたんだけどね……」
でも、あれは特別なのだ。
幼い頃、大好きなシスター達が、みんなで作ってプレゼントしてくれたアクセサリー。よくお菓子を作って持って来てくれたお姉ちゃんが、似合うから、と特別に髪紐にしてくれたのだ。
……本当だったら魔法士になっていた筈のお姉ちゃん……。だから今日の特別な日は、この髪紐で気合いを入れたかった。
「ノクスロスに吹き飛ばされた時かな……ちょっと見て来るっ!」
「——待って。ニイナの落し物って、コレ?」
涙目になりながら探しに行こうとした時、累くんが何かを差し出した。
その手のひらに乗っていたのは、紛れもなく、あの時期に孤児院の養い子だった証である、
「っそう、これだよぉおお! 有難うっ、累くん!!」
勢い余って累くんに抱き着いて喜ぶ。
「あ、良かった。さっき見つけて、どこに分類しようか悩んでたんだよね」
「おー、累ナイスー」
「えーん、本当に有難うー。こんな簡単に取れちゃうとは思わなくて……」
累くんから受け取ったチャームを、大事に握りしめる。
本当に良かった……。
実はこれをくれたシスターは、10年前、ノクスロスの穢れに倒れ、数年間眠り続けて一切の記憶を無くしていた。だからこそ、このチャームは2人の繋がりを示す大事な宝物なのだ。
……また、お見舞いに行くからね、シスター・アミナ。
いつか、あの時の魔法士様みたいに強くなって、街に戻るから……。
心の中で呟いたニイナは、チャームと髪紐をしっかりとポケットの奥にしまい、片付けを手伝い始めたのだった。
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