殲滅完了
身体中に溶け込んでいく、穢れ。
歓喜した魔力がとめどなく溢れ、抑えきれないほどに昂ぶる力が冴え冴えと輝いている。
累は、小さく身震いしながらも、しかし酩酊するような満足感に、熱い息を吐き出した。
「……っふぅ……」
ノクスロスを餌にして、魔力が力を増していく。そしてそれが累の身体を維持するという
捕食する度により強く、より孤高になる宿命は、呪いだ。
——やがて。
累の支配下に置かれた穢れは、完全に喰らい尽くされた。
カナリアが望んだ通りの展開で満たされた身体に、言い表せない罪悪感を感じながら、魔力をおさめる。
濃密すぎる輝きは、最後にふわりと主人の黒髪を靡かせ、消えていった。
静寂の澄んだ空気の中で、悠然と立つ累。
異質であることの証明かのように、禍々しく主張する紅い双眸を前髪で隠しながら、一息ついた。
もう、ノクスロスはいない。累が完全に殲滅し、捕食したのだ。
発生源だった場所には、穢れに侵食され、抜け殻になった衣類だけが残されていた。
その慈悲のない残骸を悼むように、一度目を閉じた累。
少しして、穏やかな深淵色に戻った瞳をゆっくりと開けると、振り切るように衣類から視線を外し、周囲を確認し始めた。
部屋の中には、制圧されて転がったままの離反者一味と、ノクスロスに倒されたニイナたち。そして、平伏してこちらを見上げる堂本……。
仕方のない事態だったとはいえ、彼には少しの秘密を共有してもらわなければならない。既に、いろいろと気付いているだろうから、多くを説明する必要は無いだろうが……。
「……さ。撤収しましょうか」
ひたすらに畏れ敬うような堂本の視線に苦笑して、軽い調子で切り出した。ちょうど、部屋の壁の向こう側……つまり、外を歩く数人分の魔力の影に気付いたのだ。
集会所の奥の道を歩いて来ているらしい。ということは、
「……そろそろ増援が来そうですね……。申し訳ないんですけど今回の件、全部紺碧師団内で解決した、ってことにしておいて頂けますか……?」
「え、はい、それは構いませんが——」
「ちょ……堂本さんが敬語……っ!? キャラじゃ無いですよっ?」
完全に誰だかわからないレベルの返事に、思わず声を上げてしまった。違和感がありすぎて、真面目な敬語の筈なのに何故か面白い。
そんな累の反応に、一瞬恥ずかしそうに顔を赤くした堂本は、普段のノリで言い返そうとしたようだったが、すんでのところで口を噤んだ。
「……っ……先程までの失礼、お詫び申し上げま——」
「いやいやいや、違うんです! 今まで通り普通に話して貰えますか? 引率の師団員と、魔法学校の生徒ってことで」
「それこそお許しください。自分は長く師団にいる身です。立場の違いを弁えない不遜は出来ません」
「……えー、絶対ダメなんですか?」
「申し訳ありません」
「でも潜入調査中なので、ニイナ達には内緒にしておきたいんですよねー。堂本さんに敬語を使われたら、絶対怪しまれるじゃないですかー」
困るんですよねー、と悩む仕草をしてみれば、堂本は顔を引きつらせた。
「せっかく、バレないで済んだと思ったのに……」
ダメ押しとばかりに残念そうな顔を見せれば、ピクピクと眉を震わせた堂本が、不本意そうに口を開いた。
「……その時は、ご指示に従って善処します……」
「慣れるためにも、今から練習しといた方が良く無いですか?」
「本当にそれだけはご勘弁ください……」
食い下がってくる累に、降参の白旗を上げた堂本。本気で困っている雰囲気がアリアリと伝わってくる。
これ以上お願いするのは可哀想だと感じ、小さく笑って妥協を示す。
すると、あからさまにホッとした顔の堂本が、話の軌道を戻した。
「あの、先程のお話の件なのですが……和久達への説明は、適当に誤魔化すとしましても、師団への報告はどうしましたら……」
「そのへんはこっちで何とかします。……なんだか、知ってる人が来そうだから」
「……はい?」
話の途中から、壁の向こうをボンヤリ見つめ始めた累に、首を傾げる堂本。しかし、累が動かす目線と同じタイミングで、勢いよく扉が開くと、驚いたように目を見開いた。
「えっ、桐野師団長!?」
「ご苦労だったな、堂本師団員。ここからは私が引き取ろう」
豊満な肉体を強調するように、ぴったりとした師団服を身に纏った女性が、大股で室内へ入って来た。
この人こそ、桐野ミズキ・紺碧師団長だった。
紺碧師団の全てを掌握する、一番聡明で一番強い人。
その人が颯爽と堂本の前を通り過ぎ、魔法学校の制服を着た累の前で膝をついた。
「ご無沙汰しております、累様。紺碧師団・師団長を拝命しております、桐野ミズキでございます」
「知ってるよ。どうして貴女がわざわざこんなところへ?」
切りっぱなしの髪をサラリと揺らして礼をする、キビキビとした桐野は、女性らしい肢体に反して、男以上に男らしい格好良さを備えている。
滅多な事態では出てこないはずのトップの登場に、慌てて頭を下げる堂本。
「増援部隊の指揮と……少し、お伝えしたい事が……」
そう言って自らの配下をチラリと確認した桐野。伝えたい内容を、堂本の耳にも入れていいのか、と問いたいのだろう。
「あ、良いよ。堂本さんは気付いちゃったし。どうせ、呼び出しでしょ?」
「はっ、左様でございましたか……。はい。そろそろお戻りください、との伝言でございます」
「あーははは……さすがに不在にしすぎたかな……」
「紺碧師団本部にて、転移魔法の準備を行っております。このままご案内出来ますが……」
桐野の用意周到さを考えると、早めに同行してあげた方が良いのだろう。わざわざこんな所まで、呼びに来てくれたのだから。
「学校には、家の事情で帰省した、とでも連絡をお願いしてもいい?」
「勿論でございます」
「じゃあ……——後片付けをしたら行こうか」
「……は……?」
当惑の言葉に重なるように、累が周囲に視線を投げた。
冷然とした眼差しが、床を這う離反者を捉え——、
「っぐぇ……っ」
瞬間的に発生した尋常じゃ無い魔力が、ひっそりと意識を取り戻していた男を昏倒させた。
指先1つ動かす事のない制圧は、桐野ら手練れであろうとも、見逃してしまいそうなほど驚異的な速度だった。
再び瞬時に魔力を消した累は、唖然とする師団の2人に、涼しい表情を向けた。あの一瞬の魔力の発動を検知していなければ、到底信じられないだろう、穏やかな空気だ。
「……も、申し訳ありません。気付くのが遅れ……」
後手に回ったことを恥じるように謝罪する桐野に、累はあっさりと首を振る。
「え、いいよ別に。……今、ちょうど有り余ってただけだから」
そう言って小さく笑む累の周りが、何も無いのに蜃気楼のように揺らめいた。隠しきれない魔力の昂りが、滲んでいるかのようだった。
自然に魔法学校の生徒として溶け込みながらも、その立ち居姿だけで、絶対の存在だと疑う余地もない。
「……堂本。紺碧師団長の名において、この場の事は特級機密事項だ。……くれぐれも、他言無用だぞ」
呆然と、ただ畏敬の念で累を仰ぎ見ながら指示を出す桐野に、堂本は神妙な顔つきで返事をしたのだった。
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