第93話 魔術の技


 リビングでは、テーブルに座る堀田さん、ケイトさん、ボクの前で、おばあちゃん、いや、師匠の魔術が披露されようとしていた。

 お盆の上には、水を満たしたコップが置いてある。

 おばあちゃんは、どこからか木の枝のようなものを取りだすと、少しの間なにかぶつぶつ言ってから、その枝をぴゅぴゅんと振った。

 すると、コップの中から小さな馬が飛びだした。


 水でできた五センチほどの馬は、テーブルの上を円形に跳ねまわった。

 本物の馬が走るように、四つの足が絶え間なく動いている。

 筋肉が躍動するところまで、まるで本物とそっくりだった。

 タテガミが揺れる様子で、馬が走る草原に吹く風が感じられそうだった。

 テーブルの上をなん周かした馬は、コップの中へ飛びこむと、そのまま氷の彫像となった。

 あまりに凄かったから、ボクたち三人は目を丸くして黙っていた。


「凄い魔術だろう? マリアは、本物の天才だったよ。魔術の神様に愛されていたんだろうねえ。惜しい人を亡くしたよ」


 そう言うおばあちゃんの目じりには、涙があった。


「お母さま……」


 ケイトさんの目からは涙がとめどなくあふれていた。

 その背中を堀田さんが撫でている。 


「どうだい、苦無。真剣に魔術と取りくむ気になったかい?」


 おばあちゃんにそう言われ、ボクはドキリとした。

 棚ぼたで手に入れた力だから、いま一つ魔術の練習に気持ちが入ってなかった。

 おばあちゃんは、それを見抜いたんだろう。


「うん、真剣に取りくむよ」


「ストーナン家が相手なら、せめて護身用の魔術がつかえるようにしておかなきゃねえ」


 おばあちゃんは独り言のように言ったが、ボクにはそれがはっきり聞きとれた。

 ケイトは、おばあちゃんに自分のお母さんのことをいろいろ尋ねていた。

 そうか、ケイトさんのお母さんは、彼女がまだ幼い頃亡くなったのか。


 いつの間にか堀田さんがボクの後ろに立っていた。

 彼女が顔をボクの肩に寄せる。 


(苦無君、お部屋にお邪魔してもいいかな)


 彼女のささやき声といっしょに、息が耳にかかり、ボクはゾクリとした。

 ボクはそっと立ちあがると、堀田さんを連れ二階へ上がった。

 ケイトさんとおばあちゃんの会話を邪魔してもいけないからね。


 ◇


「おばあさまの魔術、本当に凄かったわね!」


「うん、凄かったね!」


「私も魔術が使えたらなあ。苦無君と一緒に、おばあさまから教えてもらえるのに」


 ボクはベッドに、堀田さんは勉強机の椅子に座っていたが、彼女がそう言いながら立ちあがるとボクの隣に座った。


 ぽふ。


 そちらから、そこはかとなくいい香りが漂ってきて、なんか落ちつかない。

 

「苦無君、さっきケイトのことじっと見てた……」


「えっ、そうかな?」


「ケイトのこと、どう思う?」 


「どうって?」


「かわいくて綺麗だって思う?」


「うん、ケイトさんは綺麗だね」


「……」


 なぜだか、堀田さんは悲しい顔をすると、うつむいてしまった。

 どうしたんだろう?


「堀田さんも、すごくかわいくて綺麗だと思うよ」


 堀田さんは、目を大きく開き、一瞬こちらを見たけど、またうつむいてしまった。

 黒髪から少し見える耳が桜色に染まっている。

 彼女、体調が悪いのかもしれない。

 熱があるかもしれないので、堀田さんの額に手を伸ばした。

 

 ボクの手が彼女の額に触れると、その体がぴくんとするのが伝わってきた。

 うーん、熱はないみたいだけど……いや、少しあるのかな?

 

 バタン


 部屋のドアが勢いよく開いて、ケイトさんが入ってきた。

 キリっとした表情の彼女は、綺麗というよりカッコよかった。


「あーっ! やっぱり、このカエル泥棒猫!」


 彼女が叫んだ。

 え? カエルなの猫なの、どっち?


「苦無、ケイトさんを部屋まで案内してあげたよ。感謝なさい。後は三人でごゆっくり!」


 ケイトさんの後ろから顔を出したのは、ひかる姉さんだった。

 外出してたはずだけど、いつの間に帰ってきたんだろう?

 それより、ケイトさんと堀田さんが、なんか変な雰囲気だよ。

 どうにかしてよ!

 

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