第92話 師匠


 おばあちゃんがボクの家に来た次の日から、魔術の修行が始まった。

 平日はボクが学校から帰ってから一時間、土日は、朝三時間だ。

 魔術の修行は、ボクが考えていたよりずっと地味だった。いや、信じられないくらい地味だった。

 時間の半分くらいは、魔術についての「授業」があり、おばあちゃんの話をノートに書きうつした。平日は三十分しか「実技」ができないから、時間を延長してほしいとお願いしたら、勉強に差しつかえるからダメって言われちゃった。


「ほら、水の玉が震えているだろう。それは魔力が安定していない証拠だよ」


 リビングのテーブルには、お盆の上にコップが二つ置いてある。

 片方のコップには水が入っていて、もう一つは空だ。

 コップの水を玉にして浮かせ、もう一方のコップに移していく。

 作れる水玉がビー玉より小さいから、全部の水を移すには、すごく時間がかかる。

 平日の三十分では、全く時間が足りなかった。 

 今日は土曜日だから、なんとかなったけどね。


「ふう、やっと終わったー」


「ほんじゃ、次は土魔術だね」


「えーっ、もう?」


「魔術には集中力が大事なんだよ。だから、すぐに次の練習しなくちゃね」


 今度は植木鉢に入れてある土で塔を作る練習だ。

 最初に魔力を土に流しておいて、それを鉢のまん中へ集めていく。

 やがて、鉢の中心辺りから、土がもこもこ盛りあがりはじめる。

 ただ、途中で集中が途切れると、できかけた塔が崩れてしまう。


「ああっ!」

 

「今日は調子が悪いねえ。指二本だよ」


 塔の高さを測るのに、なぜかおばあちゃんは横にした指を使う。なんで物差しを使わないんだろう?

 

 リビングの扉が開いて、母さんが顔を出した。

 

「苦無、堀田さんとケイトちゃんが来てるよ」


「お友達かい? しょうがないねえ。今日の練習はここまでかねえ」


「お母さん、ケイトさんはイギリスの魔術師ですよ。苦無が魔術をつかえるようになったのも知ってますから、そのまま練習を続けてもかまいませんよ」


「そうかい? でも、せっかく苦無の友達が来てくれたんだ。まず挨拶しとこうかね」


「じゃあ、お二人を通しますね」


「ああ、そうしとくれ。苦無や、植木鉢をかたずけとくれ」


「はい、師匠」


 おばあちゃんは、魔術の練習中は自分のことを「師匠」て呼ぶようにって。

 その方が上達が早いんだって。本当かな?


「失礼します」

「こんにちは」


 堀田さんとケイトさんが、リビングに入ってきた。

 眼鏡をつけない黒髪ストレート、美少女モードの堀田さんは、首まである白いドレスを着ている。

 ケイトさんは、胸のところがV字型に開いた黒いドレスが、肩までの金髪に合っていた。

 二人とも、結婚式にお呼ばれしたような格好をしている。


「おやおや、綺麗なお嬢さん方だね。お二人は苦無のお友達かい?」


「初めまして、堀田と申します」

「ケイトです。イギリスのスコットランドから来ました」


「おや、もしかしてケイトちゃんは、ブリッジス家のお嬢さんじゃないのかい?」


「えっ? どうして私のことを……」


「やっぱりそうかい。驚くほどマリアの若い頃に似てるからね」


「おばあさまは、母に会ったことが?」


「ああ、ずい分昔になるけど、あたしもイギリスに住んでたことがあってね。あんたのお母さんからいろいろ教わったもんさ。こっちの方がずっと年上だったけど、気兼ねなくつきあってもらってね。ほんと有難かったよ」


「そうですか、そんなことが……」


「ところで、そちらのお嬢ちゃんは、もしかして京都の……。まあ、それはいらぬ詮索だね。二人は苦無と仲良くしてくれてるのかい?」


「「はい!」」


「ほほほ、元気がいいねえ。そうだ、ケイトちゃんがいることだし、マリアから教えてもらった魔術をお見せするかね」


「ええ、ぜひ!」


 ケイトさんが身を乗りだす。


「苦無、水の入ったコップを頼むよ。お盆も忘れないようにね」


 そういえば、おばあちゃんの魔術は、まだ見せてもらったことがない。

 ボクは、どんな魔術が見られるかわくわくしていた。




 

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