第91話 意外な先生


 その日、夜遅く家に帰ると、いつも食事するテーブルを囲んで、さっそく家族会議が始まった。


「へえ、四属性か! 苦無、凄いじゃないか! こりゃ、いい先生から習わないとな」


 父さんは、口調の割に顔が真剣だった。

 うーん、魔術がつかえること、そんなに驚いてないみたいなんだよね。

 うちは、みんな異能があるからかなあ。

 

「魔術の先生ねえ……ぜひ、いい人を探さなくちゃ!」


 なぜか母さんはやる気になっている。


「ケイトさんが魔術を教えてくれるんだって。彼女、実家が魔術で有名らしいよ」


 ひかる姉さんがそう言うと、母さんはわけ知り顔で続けた。


「まあブリッジス家は、イギリスが誇る魔術の名門だからねえ。だけど、先生役としてはどうだろうね。苦無、父さんと母さんがいい先生を見つけておくから、それまで魔術を使わないようになさい」


「うん、だけど、別にケイトさんでもいいと思うよ」


「とにかく、先生が見つかるまでは、絶対魔術を使わないこと。当然、魔術のことは誰にも言っちゃだめよ。いいわね」


「うん、分かった」


「ひかるが、苦無の半分でも聞きわけがよければなあ」


「ちょっと、お父さん! 今は私の話じゃないでしょ!」


 こうして、魔術の修行は、先生が見つかってからということになった。


 ◇


 家族会議の翌日、夕方学校から帰ってくると、玄関のたたき前に小さな草履ぞうりがちょこんと置かれていた。

 どこか見覚えがあるそれは、とても懐かしい感じがした。

 リビングを覗くと、ソファーに意外な人物が座っていた。


「おばあちゃん!」


 父方の祖母である三春みはるおばあちゃんは、山陰の小さな村に住んでいるが都会が嫌いだとかで、今まで東京に出てきたことは一度もなかった。

 

「おや、お帰り。苦無や、大きくなったねえ。ほら、こっちへおいで」


 小柄なおばあちゃんが、細く小さな手でソファーをぽんぽんと叩く。

 ボクがそこへ座ると、小さな頃してくれたように、頭を撫でてくれた。


「ほんに大きゅうなって……」


 おばあちゃんの手は、もうボクにとって大きいとはいえなくなっているけれど、なぜか昔そうだったように、大きなものに包み込まれるような安心感があった。

 

「中学二年生になったんだよ」


「ああ、暑中見舞いに書いてあったから知ってるよ。もうわたしゃ、見上げなきゃいけんねえ」


「えへへ。

 そうだ、東京でなにか用があるの?」


「ああ、あるよ。おばあちゃんが、苦無の先生になるんよ」


「おばあちゃんが……ボクの先生?」


「そうだよ。なにかおかしいかい?」


「先生って、なんの?」


「魔術の先生に決まってるだろう」


「ええーっ!? おばあちゃん、魔術がつかえるの?!」


「まあ、生まれつきの力に比べたら大したことないけどね。本場イギリスで魔術学校へ通ったからね。四属性は全部つかえるよ」


「四属性って、【水風火土】ってやつ?」


「そうだよ、お前も全部つかえるらしいじゃないか」


「うん、でも、つかえるって分かっただけだから」


「そうらしいね。わたしゃ、しばらくこの家に住むつもりだから、魔術のことで分からないことがあったら聞いとくれ」


 こうして、おばあちゃんが、ボクに本場イギリス仕込みの魔術を教えてくれることになった。













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