第88話 新しい力の検証(上)


 九月にしてはまだ暑さが残るその日。

 土曜日の昼間ということもあり、街は人でにぎわっていた。

 道行く人が、男女問わず振りかえっているのは、金髪碧眼の美少女と長い黒髪の純和風美少女を目にしたからだ。

 二人の間には、どこにでもいそうな小柄な少年が歩いている。

 ただ、人々の目は両脇の少女二人を見ており、誰も少年になど注目していなかった。


「苦無君、ホントにいいんでしょうか? お食事なんかご馳走していただいて」


 堀田が苦無の方を向くと、絹のような黒髪がさらさらと流れた。

 その美しさに、近くにいた青年が思わず息をのむ。


「もちろんだよ。二人とも、命がけでボクを助けてくれたんだから」


「感謝していただけるのは嬉しいのですが、苦無君を助けたのはお父様たちですよ。それなのに、私たちがお食事をご馳走していただけるなんて……」


 ケイトが流暢な日本語でそう言い、苦無少年の顔をのぞきこむ。

 ラピスラズリを思わせる碧い瞳が彼の視線をとらえた。


「それでも、君たち二人が助けに来てくれたことは変わらないよ。それに相談したいこともあるしね」


「それって、新しく手に入れた、あの【力】についてですか?」


 堀田は手を伸ばし、苦無の右手に触れた。

 

「うん、そうだよ。でも、こんなところじゃ、あの話はできないから、どこか静かなところで食事しながらにしようか?」  


 すると、ケイトも少年の左手を握った。

 

「いいですね! 私、苦無君と一緒に行ってみたかったお店があるんです。そこでもいいですか?」

 

「うん、あまり高くないところなら」


 苦無は、そう言うとケイトに手をひかれ歩きだした。

 堀田も、彼の左腕に手を掛ける。

 美少女二人に連れられた少年は、男女を問わず嫉妬のこもった視線を向けられたが、新しく手に入れた【力】のことで頭がいっぱいで、それに気づくことはなかった。

 

 ◇


 三人が入ったのは、目抜き通りから一本奥に入った場所にある洋館だった。

 クリーム色の門柱には店名が掘られた目立たない金属製の看板があったが、言われなければ、ここがレストランだとは気づかなかっただろう。

 三人は柔らかい物腰の若い女性に案内され、個室に通された


「へえ、こんな場所があるんだね」


 個室の前には坪庭が整えられており、泉水と朝顔のツルが巻きついた立てすだれが涼し気だった。

 

「素敵でしょう? 夜は学生が来れるようなお店じゃないけど、ランチはそれほど高くないんですよ。それに味は同じですから」


 苦無の右斜め前に座ったケイトが、目を輝かせ説明する。

 

「あんたが選んだにしてはいい店じゃない」


 ケイトの左隣、なぜか少し離れて座った堀田が、そんなことを言った。

 二人は苦無の隣に座ろうと、先ほどひと悶着起こしたのだが、店員の女性に叱られ結局その席に落ちついたのだ。

 三人ともが同じランチを注文し、店員が水と、おしぼりを置いて部屋から出ていくと苦無が二人に頭を下げた。


「改めてお礼を言わせてね。二人とも、本当にありがとう」


「いえ、そんな!」

「苦無君、気にしないでください!」


 堀田とケイトが同時に声を上げる。

 

「苦無君が無事なら、それで十分なんです」

「私たちが好きでしたことですから」


「ありがとう。ええと、ケイトさんは、ボクが急に魔術をつかえることになった原因に心当たりがある?」


 苦無少年の顔はいつになく真剣だった。


「私、思いだしたんですけど、確かストーナンのヤツ、苦無君の能力を奪うだとか言ってた気がするんです」


「能力を奪う? そんなことできるの?」


「ストーナンが通ってたカレッジにイギリスから留学していた生徒がいたんですが、彼と喧嘩のようなことをした後、魔術が使えなくなったらしいんです。

 伝え聞いたことですから、はっきりしたことは、まだわかりませんが……」


「堀田さんは、どう思う?」


「多分、それは本当のことだと思います。私も、同じような話を姉から聞いたことがありますから」


「へえ、そうなんだ……」


「その人がストーナンに奪われたのは風の魔術だったらしいんです。そうなると、その能力も苦無君がつかえるようになっているかもしれません」 


 ケイトが美しいアゴに白く細い指を添え、そんなことを言った。


「先生の力をボクが奪っちゃったってこと?」


「多分、そうでないかと……」


 堀田が、テーブル越しに苦無の方へ身を乗りだした。   


「凄い! もし、そうなら、苦無君は火や風だけでなく、他の【力】も手に入れているかもしれません! 確か、ウイリアムのヤツ、他の力もつかえたはずですから!」


「そ、そうなんだ」


 苦無少年は、堀田の勢いに押され、たじろぐ。


「とにかく、その辺のことを確かめなきゃいけませんね」

「それがいいわ!」


 その時、ノックと同時に個室のドアが開き、ランチが運びこまれたが、苦無少年は、少女二人が絶賛したその味を楽しむことはできなかったようだ。



 

 

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