第87話 復讐の決意
その頃、はるか遠くニューヨークでは、ストーナン一族が所有する豪邸の一室で叫ぶウイリアム青年の姿があった。
「火の精霊よ! 盟約に従いて、我が元に来たれ!」
かつてほとんど無意識にでも生みだせた火は、伸ばした右手の上に現れることはなかった。
それどころか、あれほど身近だった魔力自体がどこにも感じられなかった。
「くそうっ! 僕に何が起こったんだ!」
ほんの少し前まで、力の弱さからあれほど不満を持っていた魔術だが、無くしてみて初めて、彼はそれがかけがえのないものだったと分かったのだ。
「どうして! どうしてなんだ!」
金髪を振りみだし、血を吐くような叫びをあげる。
ドアがノックされたが、青年はそれに気づかなかった。
初老の執事が部屋へ入ってくる。
「ウイリアム様」
「なぜ入ってきた! 僕は一人になりたいんだ! 出てけ!」
青年の気まぐれに慣れている執事は、そんな言葉にも眉一つ動かさなかった。
「もちろん、すぐに出ていきますとも。ですが、その前にこれを」
執事が差しだした手には、スマートフォンがあった。
家主の方針で、住人はこの屋敷内で端末を持たないことになっている。
掛かってきた通話には、まず執事が対応するのだ。
「電話になんか出ないぞ!」
「お電話は日本のイノウ様からです。 お爺様から、申しつかっております。 必ずウイリアム様が直接イノウ様とお話をするようにと」
「お爺様が……」
一族だけでなく、世間でも『帝王』として知られる祖父は、青年が唯一頭の上がらない人物だった。
彼は仕方なく端末を手にした。
『久しぶりだね、ウイリアム君』
聞こえてきたのは、伊能家当主である辰巳の太い声だった。
「ああ、あんたか」
青年の口調は、フィアンセの父親に対してというより、まるで同年代の相手に対するものだった。
『君、切田苦無に手を出したらしいね』
辰巳の声には、いつもの穏やかさがなかった。
「それがどうした? お前なぞに指図される筋合いはないぞ!」
『君は絶対に触れてはいけないものに手を出してしまったのだよ。娘との婚約は解消してもらう』
「なっ、なんだと! そんなことをすれば、ストーナン家との縁が切れるぞ!」
『そのことについては、おじい様とすでに話してある。君を除いて、両家の関係はこれまで通りだそうだ』
「ばっ、馬鹿なっ!」
『では、用件はそれだけだ。無くした力が一日でも早く戻るといいね』
通話はそこでプツリと切れた。
「くっ、くそう!」
青年は端末を床に叩きつけたが、毛足の長い絨毯が受けとめたそれは壊れたりしなかった。
執事がゆっくりした動作でそれを拾う。
「では、私はこれで失礼いたします」
彼は綺麗な礼をして、部屋から出ていった。
「く、くそう! 誰もかも、僕を馬鹿にしやがって!」
青年の奥歯が、ぎりぎり鳴った。
「絶対に許さない! 見ていろ! 今に、思い知らせてやる!」
そう言ったとたん、彼は自分が呪術までつかえなくなっていたことを思いだした。
「くそう! くそう! こうなれば、金の力にものをいわせてやる!」
ウイリアム=ストーナンは、机の上に置かれた写真を血走った目で睨むのだった。
その写真には京都の古寺を背景に、黒髪の美少女が写っていた
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