第86話 小さな火(下)


「君、魔術師だったのか?」


 騒ぎを聞きつけ病室に入ってきた当山先生は、宙に浮く火の玉を見てそう言った。


「マジュツシ?」


「ああ、魔術がつかえる人のことだよ。坊ちゃん、いや、君のお父様も、お母様も魔術はつかえなかったはずなんだが……」


「苦無君、魔術の使い手は、魔術師の血縁者、つまり子孫に現れるの。急に発現したりしないはずなんだけど」


 ケイトが目の前でゆらめく火を見てそんなことを教えてくれた。

 彼女って魔術のことに詳しいのかな?

 それより、彼女、学校はどうしたんだろう?


「今は、とにかく体を休めてください。先生の話では、かなり質の悪い術を掛けられてたみたいですから」


 堀田さんは、ベッドに座るボクの右手を両手で包むとそう言った。すると、宙に浮いていた火がすうっと消えた。あの火って、ホントにボクが出してたのかな?


「あんた、なにげなく苦無君に触ってんじゃないわよ!」


「お見舞いだから、これくらいイイじゃない!」


「じゃあ……じゃあ、私も!」


 ケイトさんが、ボクの左腕を抱えて隣に座る。


「はあ、君たち、彼は患者でここは病院だよ」


 先生が、ひげもじゃの顔に呆れた表情を浮かべている。

 

「でも――」


「堀田さん、ケイトさん、あなたたち、すぐに病室から出なさい」


 なにか言いかけたケイトは、夏美さんの静かな声でぴょんと立ちあがった。

 いつの間にか、堀田さんも気をつけの姿勢になっている。


「じゃ、じゃあ、私、待合室にいます」

「私も」


 二人は、そそくさと病室から出ていった。

 なんでだろう?


「おそらく、そのストーナンとかいう男が君に掛けた術が関係してるんだろう。急に魔術が使えるようになったわけだから、心や体に影響がでるかもしれない。しばらくは、毎日ここに通いなさい」


 当山先生は、熊みたいな手でボクの頭をなでてくれた。


「このことは、お父さんとお母さんにも、きちんと話しておくんだよ。人前では、絶対にこの力を使わないこと。いいね」


「はい、そうします」

 

「もしかすると、火の魔術以外もつかえるようになってるかもしれないから、それも調べたほうがいいだろう。今日はもう帰っていいよ。さっきも言ったけど、明日からしばらくここに通いなさい。夏美さん、予約取ってあげてください」


「はい、先生。じゃあ、苦無君、待合室で待っていて。お薬を出しておくから」


「はい、ありがとう」


 夏美さんに背を押され、ボクは病室を出た。

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