第83話 砕ける野望


 切田一家がストーナン邸を離れてしばらくすると、警備会社から派遣された男二人が駆けつけた。

 玄関のカギが掛かっていなかったので、一人はそこから大声で家主を呼び、もう一人は庭へ回った。


「ひどいなこりゃ!」


 庭に面した窓ガラスが割れているのを見た警備員は、ゆっくりとそこへ近づいていった。

 この時点ではまだ台風で何かが飛んできて窓ガラスが壊れたのだろうと思っていた彼は、いく筋かの靴跡が家の中へ続いているのを見て顔をこわばらせた。

 誰かが侵入した可能性がある。

 彼は腰のハンドマイクを手に取り、玄関に回った同僚に無線で声をかけた。


「おい、ちょっと庭まで来てくれ! もしかすると誰か押し入ったかもしれん!」


 もう一人の男が、慌てて駆けつける。


「ホントか? あっ、こりゃやばいな!」


「応援を呼んだほうがいいかもな?」


「いや、警察への連絡が先だろう」


 二人の警備員がそんなことを話していると、奥から人が出てきた。

 黒いローブを羽織った白人の青年は、血の気を失った顔をしており、足を怪我しているのかヨロヨロ歩いていた。左手は下腹の辺りを押さえている。


「ストーナンさん?」


「あ、ああ、そうだ」


「警報システムが反応したので駆けつけました。誰かが邸内に侵入した恐れがあります」


「……いや、窓ガラスは台風で何かが飛んできて割れたんだ。異常はないから、もう帰ってくれ」


「しかし、窓ガラスが――」


「うるさい! 異常はないと言ってるだろうが! とっとと帰れ!」


 目を血走らせた家主の剣幕に、警備員二人が壊れた窓から出ていく。


「警察へはこちらから連絡を――」


 好意から出た警備員の言葉は、しかし、青年の叫び声によって絶ちきられた。


「うるさい、うるさい、うるさい! 黙って出ていけ!」


 そうまで言われては、さすがにどうしようもない。二人の警備員はむっとした顔をしてストーナン邸を後にした。


「くっ、くそう! 本物の【力】を手に入れる千載一遇のチャンスだったのに!」


 そう叫んだ青年は、壁に掛けられた受話器を外すと、駐日米軍に在籍する知人へ連絡を入れた。

 

 ◇


 知らない人が多いが、東京の空はその大部分が日本のものではない。

 合衆国、もっといえば駐日米軍があらゆる権利を持っている。

 軍部の知人から飛行許可をもらったストーナン青年は、自邸の屋上に停めてあるヘリコプターに乗りこもうとしていた。

 今回は失敗したが、まだ彼は苦無少年の【力】をあきらめたわけではなかった。

 一度本国へ帰り、傭兵を集めて再び少年を手に入れるつもりだった。


 右手にスーツケースを持った彼がヘリコプターのステップに足を掛け、そのドアを開けようとしたときだった。

 台風が残していった黒雲に閃光がひらめくと、そこから真下へ向け稲妻が走った。

 ヘリポートから一段高い位置に避雷針があったが、稲妻はなぜかそこへ向かわず、ヘリコプターの尾翼へ落ちた。


 ドバシュッ!

 

 光の筋がぶつかった尾翼は、キイっというような耳障りな金属音を立て、その半ばからへし折れる。

 

 ガシャン!


 そんな音を立て落ちた尾翼の近くに、金髪の青年が倒れていた。

 雷の一部がヘリコプターを伝い、ドアに手を掛けていた彼をはじき飛ばしたのだ。

 完全に気を失った彼は、再び降りだした小雨にただ濡れるしかなかった。


 ◇


 翌日、ハウスキーパーに見つけられた彼は最寄りの総合病院に運びこまれた。

 やがて目を覚ました彼は、自分の左手に巻かれた包帯に気がついた。


「ここはどこだ? なにがあった?」


 個室担当の若い女性看護師が、それに答えた。


「ストーンさん、自分のことが分かりますか? あなた、ご自宅の屋上で雷に打たれたそうです」


「……今日は何日だ?」


「あなたがケガをされてから二日後です。風邪にもかかっています。熱も高いですから、よくなるまでは、あまり立ち歩いたりしないように」 

 

「雷に打たれた……」


「ええ、そうですよ。肩が二か所焦げて、穴が開いてたんですから」


 彼には、自分の肩にある傷の位置と、彼がスタンガンで少女に負わせた傷の位置とが同じなどと気づく余裕はなかった。

 看護師が部屋から出ていくと、彼は我が身に起こったことをだんだんと思いだし、怒りに震えはじめた。


「くそう! あいつら、死んだほうがいいと思うほど苦しめてやる!」


 そうつぶやくと、白い歯をむきだし呪文の詠唱を始めた。

 右の手のひらを上にむけ、そこに火の球が生じるのを待つ。

 しかし、蝋燭ほどの火さえともらなかった。

 

「ど、どういうことだ?!」


 次々と呪文を替え詠唱を始める。しかし、どの魔術も発現に至らなかった。


「そ、そんな馬鹿な! ど、どうなってる! 僕の、僕の魔術! おおおーっ!」


 犬の遠吠えにも聞こえるその叫びに、先ほど出ていった看護師が病室に駆けこんでくる。


「ストーナンさん、どうしました? ストーナンさん、私の言っていることが聞こえますか?」


「おおおおーっ!」


 頭を抱え叫びつづける青年は、医師により精神病棟へ移されることとなった。



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